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今週の一冊『西の魔女が死んだ』

魔女になるのには修業がいるらしい。ほうきで空を飛ぶとか、薬草を煮込んでスープを作るとかそういうことではない。現代の魔女が持つ力はもっと意志の力とも呼べるもので、自分が本当に聞きたいと願った声を聞けるというものらしい。動揺せずに強く生きるということが、魔女になる過程でもあり極めれば魔女になれた結果でもある。

本については、ただ感じたことを放出する場としてここを設けているつもりなので、話の展開のネタバレの心配がなければ一方で読破と同様の知見が得られるわけでもないと先に述べておく。


さて、私は少年少女とはみんな天才だと思っている。

衝動に相当正直で歯に衣着せない物言いができる天才もいれば、花や動物にまで感情移入できるようなどこまでも繊細な天才もいる。導かれるように自分に合ったスポーツを見つけ日々時間を忘れて取り組める天才もいる。

天才たちが一つの教室に詰め込まれるのだから、生き抜くのは本当に大変だ。

人間は元来生存のために自分と異なるものを排斥しようとする。強くあるためにはある一定の自分を脅かさない仲間を見極め、群れることが必要だと細胞レベルに刻み込まれているらしい。

しかし人間はもう少し、いやもしかしたら際限なく、高尚な生き物でもある。

だから、成長の過程で人と出会って歓びを見つけ、一方で無残なほど傷つけながら、元来組み込まれたものを利用しつつ調整しつつ高尚になろうとしていくようだ。

小学校、中学校の教室では、歴史の教科書に載らない、はたまた近くの大人すら気づけていない戦いが日々繰り広げられている。これは時代が変わろうと場所が変わろうと普遍の事実なのではないだろうか。駆け引きは常日頃。いじめと名の付くものが起きることもある。

個性豊かな天才たちが一堂に会して知恵をつけようともがいている。

そう思うと、私はいじめてはだめとか簡単に言えない。無理じゃん。必死だもん。

もし彼らに声をかけられるとしたら。
子供でも保護者でもない地点にいる私は、片手を振り上げている少年少女に、あなたは何でその人を傷つけようとしているの?と問いたい。

その人にある才能が怖くて、自分を守るためかもしれない。

その人の反応が面白いという、まだ自分も相手も同様に人間だということを気づけていない故かもしれない。

その人への憎しみが生まれてしまい、ほかの解決する術が分からないからかもしれない。

その人について特別な感情はないものの、時の権威に従うのが最良の判断だと感じるからかもしれない。

一度深く考えてみてほしくて。だめと咎める代わりの考えるサポートならいくらでもしたい。

そんなことが繰り広げられる教室の中、そこまで何にも悩んでいないよ、のびのびやってるよという個性の少年少女はそのまま貫いてやっていけばいいかもしれないが、そうはいかない感性の豊かな少年少女が確実に居て。傷つけられる側に回りやすくて。辛いだろうな。将来飛びぬけて素敵な人間になれるよと伝えたい。

将来はすぐには来ないから、今を生き抜く一つの策として魔女を目指すことは心からお勧めしたい。

聞きたくない声に振り回されないことや自分の内面の声を大事にすること。かといって事実を見聞きしていないのに内面の声を過信しすぎて思い込みが激しくなっているような人物が、あまり上等ではない魔女の中に多いということ。魔女になるのは奥深い。


私は小中学生の頃に実際にこの本を読み、奥深さまでは読み取れなかったかもしれないけれど、この本は良い本だ。いろんな人の味方になる本だ。と感じた覚えがある。

大人とされる年になって読み返してみるとさらに温かみを感じた。

自分にとって、素敵に生きようね。


菜々子








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