見出し画像

タイで増してきた中国企業の存在感

僕の会社はタイで中国企業と長年競争しており、その中で思っていたことをツイッターに連投したら結構な反響をもらうということが昨年ありました。

相変わらずこのトピックは誰と話していても話題に出てくることが多く、投稿以降のアップデートも含めて一度まとめてみたいと思います。

(・・・と書いて実は8月末に一度アップしたのですが、内容がいまいち気に入らなくてツイッターで広めることもせず下書きに戻してました。そうこうしているうちに実際にBYDが工場建設を発表したり動きが活発になってきたのでやはり上げることにしました)

中国企業の進出が増えてきた気がする4~5年前

コロナの前、2017年とか2018年くらいでしょうか。多くの完成車メーカーや自動車部品メーカーが生産拠点を構えるタイ東部の大規模工業団地で建設中であったり出来たばかりの中国系企業の工場を見かけることが増えるようになりました。また大きな工業団地だと入口付近にちょっとした商店街のようなものがあって、その中に一軒くらいはある日本食レストランでランチするのが普段自社工場の食堂で限られたメニューのタイ料理ばかり食べている僕にとって外出時のちょっとした楽しみだったりするのですが、日本食レストランの並びに中華料理店ができてるな、と色々なところでふと思ったのもこの頃で、実際に僕の会社にも中国から進出してきた企業から声が掛かり商談に行ったりもしました。
確かに当時は米国のトランプ政権が中国と貿易戦争を始めており、国内で生産したモノをダイレクトに米国に輸出しづらくなった中国企業がタイなど東南アジアに生産をシフトしていたタイミングというのもありましたが、今思えばこの頃からタイにおける中国の製造メーカーの存在感が増してきたように思います。

僕の会社と中国系の競合

30年以上前にタイに進出した僕の会社は家電製品のパーツを生産しており、タイ市場においてはメイン顧客である日系企業の成長とリンクして業績が右肩上がりという時代が長く続いていました。しかし10年ほど前に中国から競合メーカーが進出してきてからは事業環境が大きく変わりました。
我々が争っている製品は短期間に組み付けないとすぐに変形を起こしてしまう上、かさばって輸送効率が悪いという特徴があり、輸送による負担を少しでも減らすため生産拠点はお客さんの工場に近ければ近いほど良いのですが、この中国メーカーは大胆にも顧客の工場が集積するエリア三か所に一気に工場を立ち上げました。

当初は「中国メーカーなんて安いだけ。品質は悪い」「承認を取るためにサンプルはちゃんと作るけど量産始まったらすぐに粗悪品を混ぜ始める」「日系メーカーが中国メーカーから買うはずない」「(タイ商務省が公開する財務情報を見て)ほらみろ最初から工場3か所も立てて投資額大きすぎ。毎年赤字だしすぐ撤退するよ」と当社の経営陣は楽観的でした。僕自身も家業に入ったばかりで右も左もわからず、「そうなるかなあ。にしても値段安いよなあ」くらいに考えていました。

が、しかし。蓋を開けると消費者市場での価格競争によって原価を下げることが命題となっているお客さんはこの中国メーカーからの猛烈な営業攻勢に当初半信半疑ながらも「そこまで言うならまずは一機種だけ」というような感じでお試しに使っていくことになります。そして使い始めると初期に若干の問題はあれども「なんだかんだ品質も満足のいくもの。これまで買っていた日系やローカル、その他のサプライヤーより明らかに安い」という話になっていきました。それも一社だけでなくあれよあれよと顧客全部でこれが起こりました。

結果どうなったかというと、見積もりがある毎に「今回も中国のほうが安いね」というプレッシャーが掛かるようになります。お客さんとしても新規参入の中国メーカーに全部シェアを振るということは基本無いわけですが、そこから安い値段が出てきてしまうと日系だから、古い付き合いがあるからと言って高い値段の我々からそのまま買うわけにもいきません。それからは入札の度に昔よりも一段階も二段階も下げた値付けになっていきますし、それでも敵わない場合にシェア移管という流れは止められませんでした。売上と利益が見る見る間に減っていく中、他に数社いた競合は事業撤退を余儀なくされたり債務超過に陥ったりと環境は一変しました。

もちろん僕の会社も例外ではなく非常に大きな痛手を受けました。ただこれがきっかけとなって本気のカイゼン活動が始まり、それまで右肩上がりの環境の中で本気で絞る機会の少なかった雑巾を絞ることで売上は減らしつつも利益はある程度キープという状態を続けることが一定期間はできましたが、先細っていく中でいつまでも継続できません。

なお中国から来た競合とお客さん側の動きはまったくもって経済合理性に適うものだと僕自身は納得しています。単純に自分達のいた市場環境が甘かったという事実を我々の小さな業界は突きつけられた形でした。実際にこの競合はあっという間にタイの業界トップになり今や独走状態です。

中国メーカー幹部「俺達は走っている。お前達はなぜ歩いてるのか」

我々日本人は中国企業、中国製品を「安かろう悪かろう」と見做すことが多いと思います。これは今までの事実に基づく見方なので決して偏見だけではない一方、我々が忘れてはいけないのが「日本もその昔は『安かろう悪かろう』だった」ということです。SONYの共同創業者、盛田昭夫さんが会社名を東京通信工業株式会社から英語表記に変更したのは、当時まさに「安かろう悪かろう」だった「メイド・イン・ジャパン」のイメージを変えたかったからというのは有名な話で、その後の同社と日系企業の発展は世界中で誰もが知るところです。同じことが中国企業に起こる、起こり始めているということは日本人に限らず世界の多くの人が肌で感じているのではないでしょうか。

とにかく市場規模のケタが違う彼の国では受注時の発注数、売上高、更に競合の数も比例して大きいです。例えばタイ全体で生産される冷蔵庫は各社合わせて年間約700万台(当社調べ)なのに対し、とある中国の家電メーカーは一社だけで年間2400万台を中国国内の2工場だけで生産するそうです。3倍以上。この規模の差たるや。
そんな中国でサプライヤーが生き残るためには安さを追求しなくてはならず、生産性がとことん追求されます。かといって品質が悪ければすぐに競合に切り替えられてしまうので、生産機械や設備は日進月歩で進化していき、技術がどんどん蓄積されていきます。成長も伴う環境であれば設備投資の手は緩まないわけで、ある大手日系メーカーの方が中国の同業他社の工場見学に行った際、最新スペックの生産設備を使い倒していて圧倒されたという話も聞きました。僕の会社で使っている機械も品質と価格のバランスが一番取れている中国製も結構あり、量産技術は需要=市場があるところに集まるというのを心底実感しています。

翻って我らが日本ではどうでしょう。技術力で世界有数のシェアを誇るようなニッチトップ企業は別としても、一般的な製造業で国内の需要が増えることは円安による国内回帰=海外向けの生産拠点としてのパラダイムシフトが起こらない限りは期待できそうにありません。
経営者の高齢化が進み、加えて後継者がいないということであれば「設備投資はせずに今ある資産を使って続けられるまではやる」という考え方になるのは必然で、令和の時代に昭和の設備と仕組みで細々と事業を続けることになり、ここに新しい量産技術が生まれるチャンスは限られるはずです。実際に数年前に日本で訪問した会社では驚くほど古いやり方でものづくりをしていましたし、僕の会社でも正直言って本社よりタイのほうが生産設備的にも組織的にも時代に合ったものになっています。

また中国企業はサプライヤーのサービスに対する要求水準も非常に高く、WeChatのグループで週7日24時間体制で対応することを求めるところもありました。土曜の夜に「生産計画が変わった。月曜朝イチで代替品が必要なので明日工場を動かして対応しなさい」とか連絡が来るわけです。
「本当の緊急事態でどうしても頼む!」という一年に一度とかのケースならまだしも、日常の事として一緒にやっていける日系メーカーは多くないのではないでしょうか。

この企業の中国人駐在員は娯楽の少ない郊外の工業団地付近に固まって住んでいて自由に使える運転手付きの車は無し、母国に帰る機会も少なく日々本社からのノルマに追われてサプライヤーとタイ人部下に指示を飛ばし続けるという猛烈な環境で馬車馬のごとく働いていました。対する日系企業は規模的にはるかに小さいサプライヤーでも運転手付きの車とバンコク中心部のコンドが与えられたりゴルフや会食を会社経費で、というのが昔からの常識ですので、このハングリーさと真っ向から勝負したら絶対に勝てないなと思わされました。この企業のお偉いさんが「俺達は走っている。お前達はなぜ歩いてるのか」とサプライヤーに問いかけていたのは今でも鮮明に覚えています。

自動車業界にも徐々に

こんなやり方の中国ですから、安さだけでなく品質も伴った形でこれまで日本が誇っていた地位を徐々に脅かす可能性があります。最近では新規進出企業の5割~7割が中国メーカーだとタイの大手工業団地デベロッパーのCEOが語っており、数字にも出てきています。

ここまで体験談として書いたエピソードは家電業界での話ですが、自動車業界でこれが起こらないとは決して思えず、EV化で先を行く中国企業の存在感はこれを広めたいタイの政府や財閥の思惑も相まって否応なしに増していくはずです。
完成車メーカーもMGとGWMに続いて出てくるところが今後も増えるのではないでしょうか。そうなると徐々にサプライヤーも中国から付いて来ることになり、元々の顧客だった中国系完成車メーカーだけでお腹が満たされない彼らは日系をはじめとする他国のメーカーに営業攻勢を掛けていく。簡単に採用されないのは間違いないですが、日系自動車メーカーが一社でも中国サプライヤーを使い始めたとしたらどうなるか。

僕は自動車業界のことは詳しくないので素人の憶測に過ぎませんが、冒頭に書いたような家電業界に身を置く僕の会社と同じような流れにならないとは言い切れない気がします。

そんな中で自分達はどうすれば?

少し前に書いたシンガポールの話と共通するトーンは「日系このままだとやばい」になってしまいますが、日本を貶めたいわけでも中国を礼賛したいわけでも全然ありません。日本、タイ、世界で自身を変革しながら成長する日本人や日系企業も沢山いらっしゃいますし、我々の先代、先々代が築いてくれた日本と日本人の強みはまだすべてが失われたわけではありません。

まずは止められないマクロの流れを現実のものとして受け入れること。そして日本の強みと経営の体力がまだあるうちに生存競争に生き残れるよう頭と手足を使ってあがいていくしかないと思っています。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?