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スグルさんの一日

他の国だとどうなのだろう。
この国は古い企業が非常識なクレーマーの育成を行い続けていると思う。

そして、社会のいじめられっ子は会社のいじめっ子に。

オモテ・ウラ・オモテ・ウラ……と立ち位置や表情を変える。

わたしはいつもマイムマイムのフォークダンスを思い浮かべる。

自らの掌を打ち、両隣りの他人の掌を打ち、集団は開いたり閉じたりして回転している。

チャッチャチャララ、チャッチャチャララ、チャッチャチャララ、チャララ♪~

……クレームの対応はしんどい。

会社の先輩のお友達にスグルさんという人がいた。

スグルさんは通信会社のヘルプデスクをしている。
冬のソナタ(……懐かしい)のヨン様に生ビールを30リットルぐらい注入したような大男だ。

ネット環境に不具合が生じたお客様の所に赴き、端末や周辺機器の設定などを行うが、中には激しいクレーム対応に向かうこともあった。

あきらかに会社側が悪いこともあるが、問題の解決より小さな言葉の上げ足をとってマウントを取り、客の自分が優位だということをひたすら感じていたいのではないか……と感じる客もいる。

その日も電話口で焚火から取り出したての焼き栗のように爆発寸前で怒り倒している客の家へ向かうこととなった。

スグルさんは表情を変えることなく案件を確認し会社を出発する。

いざ到着しても、怒りが収まることなく玄関先で数時間立たされることもある。
客側のパソコン自体が悪いのに何時間も監禁状態になることもある。
その問題とは無関係な、容姿の侮辱をされることもある。
悪臭が漂う部屋で汚部屋で長時間一人で問題に取り組むこともある。

しかし、その日のお客様宅は清潔だったし、作業に入ると次第に接し方も変わってきた。
担当者から聞いていた程の温度感はない。
こちら側・会社側の非もあった。
問題も解決し、直接誠実な対応さえみせれば、何とかおさまった。
この時のお客様は非常識なクレーマーなどではなく、まともな方だった。

無事に作業を終えた彼は、今度は応接間に通されお茶を出された。
知り合いからのお土産で悪いが……と饅頭まで出された。
彼もホッとひと安心して頬張る。

お客様(……どっちもお客様でややこしいが)もそのお菓子の中身をよく知らないままお盆に乗せて差し出したものだった。彼自身も気を抜いていた。

お土産の饅頭の原材料にはそば粉が含まれていた。

スグルさんは蕎麦アレルギーである。

それも重度の。

彼はすぐさま、ぶっ倒れた。
大慌てて救急車を呼び、車に同乗したのは電話口で声を荒げてお怒りだったお客様だった。

スグルさんには悪いがこの話を聞いた時、わたしはこのお客様にも同情してしまった。
何の気なしに、ほんの気持ちで(どっちだ?!)小さなお菓子を出した……だけだったのにそれを食った大男が目の前でぶっ倒れたのである。

わたしだったら泣いちゃう! ちゅうか恐怖で震える!!……。

こんなことになるだなんてぇ~っ!!!
(↑カラオケボックスだったらエコーのボリュームを上げてお読み下さい)

救急治療室でなんとか症状は治まり、(その間も暗く寒い廊下でお客様は付き添いずっと待っていて下さった……)

無事、病院を出ることが出来た。

今度は恐縮したお客様に何度も謝られた。

しかし、スグルさんの一日はまだ終わらなかった。
予定はまだ一件あった。
上司には勿論、事情を説明し、同じ課の人間にも話したが生憎、ほかに対応者はいない。
仕方なく、電話でお約束の時間から遅れたお詫びとこれからだと訪問時間がおそくなることをお伝えすると、待って下さるそうである。えー。

向かう→到着→こなす。

『いやあーさっきまで救急外来で処置受けておりまして』……と口に出す必要もそんな場面もなかったりする。そして何とか完了。

早く帰って家の布団で寝たい。

だが、既に時刻は終電の時刻を過ぎていた。

彼はヘトヘトになりつつも『まあ、そんなこともあるわな……』、とすぐさまいつものビジホに電話 → 予約いっぱい。え?

近所で学会だったかイベントがあるとかで、手当たり次第に連絡してみるがどのビジホも予約がとれず、なんちゅうかホンジャマカ!

その夜はさんざん探してよう分からん行ったこともないビジホが取れたそうである。

それでやっと彼は一日を終えた。

スグルさんの一日、わたしの一日、あなたの一日、誰かの一日。

それでも、わたしたちには休日がある。

晴れるといいね。

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