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アイ・イン・ザ・ファクトリー 世界一効率的な町工場(後編)

(前編はこちら

円盤は、直径6センチほどにすぎないものの、30個も並ぶと仰々しく、まるで地球外生命体が大量に産み落としていった卵のようだった。その上に無造作に放られた20センチ四方の厚紙には、「ユナイテッド・ファクトリー・テクノロジーズ」「スターターキット」との文言と、QRコードが記載されている。

浅和は、所属する商工会議所がユナイテッド・ファクトリー・テクノロジーズ社、通称UFTと共催した、同社サービスの実演会に参加したのだった。いまどき、オフラインのセミナーなど滅多に開催されないし、人間が説明を担当することもほとんど無い。しかし、UFT社の説明会はデバイスの稼働実演を伴うことから、ショールームならぬ「ショーファクトリー」で、生身の人間である説明担当者により実施された。

ショーファクトリーは、電気自動車用の小型部品の製造ラインを設置していた。説明を担当すると思われる女性は、小ぎれいな作業着に身を包んでいた。

「弊社は2020年に創業した製造現場のDXを支えるテクノロジー企業です。当初は、人間によるテキスト入力や音声入力を前提としたSaaSを提供していましたが、お客様における導入や運用の負荷を極限まで低下させるべく、ハードウェアデバイスも開発しました。現在においては、こちらのハードウェアデバイスが弊社のアイコンとなっています。」

説明担当者は、そう言いながら箱から取り出した円盤状のセンサーを製造設備たちに順番に貼っていった。一つの設備につき、おおむね3か所だった。しかし4か所に貼る場合もあり、浅和には、貼る位置にも規則性がないように思えた。

担当者は貼付作業を続けながら、慣れた口調で説明を続けた。「こちらのデバイスは、パールディスクと呼びます。パールディスクは出荷時からそれぞれが5Gネットワークに接続されているので、個別にネットワーク接続の設定をする必要はありません。パールディスクは、エッジコンピューティングで一定の分析を行い、そのままクラウドにデータを送信します。コンピューティングパワーを担保するため、電池ではなく給電にて稼働しますので、半径50メートル以内の位置にワイヤレス給電機を設置していただく必要がございます。スターターキットには、3体のワイヤレス給電機が付属してまいります。」

担当者は、設備を順次稼働させた。20秒ほど経過したとき、脇に置いてあったタブレットの画面が切り替わった。そこには、設備の種類や型番の一覧と、「設備を検知しました。以下の型番で間違いないでしょうか?」との確認テキストが表示されていた。同時に、タブレットは確認テキストと同じ文言を朗々と読み上げていた。

参加者が画面のメッセージを把握したことを確認して、担当者は口を開いた。「UFTは、この世に存在する主要な設備の形状、それが発する振動の波、熱、音の波形等のありとあらゆる情報を、ビッグデータとして保有しています。昔は難しかったかもしれませんが、この20年で製造設備メーカーの統廃合が進んだ結果、当社としても全ての型番をカバーすることができるに至りました。」

二本の指でつまんだパールディスクを高く掲げながら、担当者は続けた。「パールディスクは、振動センサー、温度センサー、X線カメラ、その他非公開の技術を内蔵した極めて高性能なセンサーです。貼付した設備の個体の形や稼働時の情報を収集し、ビッグデータと照合し、このように、型番まで特定します。経年劣化による振動の変化についても、データとして保有しているので、誤差2年の範囲で製造年も特定できます。」

再びタブレットから発せられた大きな声が、参加者の注目を集めた。「製造工程を以下のとおり特定しました。間違いない場合は、“はい”とお答えください。」

つまり、製造している品目と、利用しているすべての製造設備類の型番を特定すると、顧客が工場においてどのようなラインを組んでいるのかを複数工程にまたがって推測・特定してくれるのだ。

浅和は、学歴はないが機転の利く男だった。「あの滑らかな円盤を貼るだけで、古い設備も全てコネクテッド化することができる。いとも簡単に、オフラインの伝統的ハードウェアが、サイバー空間とつながった。もはや、融合したとも表現できる。ここから先の説明はだいたい読めたぞ。白い円盤が稼働状況を収集し、サイクルタイムとかの計測もしてくれるのだろう。画期的じゃないか!」

浅和が考えにふけっている間に、担当者はどうやらラインの稼働を開始していたようだ。タブレットには「トラッキング中」の画面が表示されていた。

それから2時間ほどが経過した。休憩時間として、食事をとりにいったんショーファクトリーから外出した参加者もいた。用心深い浅和は、トラッキングの様子をずっと観察していたが、そこにあるのは日常的な工場の風景だった。白い滑らかな円盤がいたるところで輝いていることを除いては。

浅和はつぶやいた。「意外と地味だな。」

タブレットは、トラッキングの完了を宣言した。ダッシュボードに表示されていたのは、この2時間の操業の実績値としての、ラインの稼働率、設備の停止時間、サイクルタイム、時間当たり生産数だった。加えて、“稼働偏差値”なる数値も表示されていた。これは、同一または類似のラインにおける標準的なサイクルタイムなどをもとに算出されたものであり、担当者はこれを「工場経営の通信簿」と表現した。

「今回は発生しませんでしたが、万が一設備が停止した場合には、その停止要因についても、センサーが収集したデータから推測して、いくつか候補を提示いたします。5年以内に停止要因を特定できるレベルまで精度を上げるべく、現在アルゴリズムを改良中です。」と、担当者は補足した。

その上で、タブレットの画面には、6項目の改善策が表示された。担当者いわく、生産効率性の改善の基本に即して、設備同士の距離の是正と、待機時間削減の2軸を基礎として整理されているとのことだった。どうやらセンサーのカメラは、設備の形状の認識だけでなく、傍で作業をしている人間の挙動も検知して、その効率性も分析しているらしい。「ここまでくると、UFTの指導員に見張られているようなものだな」と浅和は少し気味が悪くなった。

画面を左にフリックすると、各設備に紐づいた「故障リスク」という数値も表示されていた。設備が発する異常な振動や音を察知して、3カ月以内、6か月以内に故障するそれぞれのリスクを表示している。その横には「相談する」というコマンドも用意されており、おそらく、設備メーカーか、UFT社にデータが転送されて、設備の修繕か部品交換に駆けつけてくれるのだろう。

担当者は説明を続けた。「費用は、基本使用料としての月額7万円に加えて、円盤デバイス1つあたり2,980円の従量課金となります。初期費用はかかりません。設備のサイズにもよりますが、1体あたり平均して3〜4つのデバイスを貼付することをおすすめしています。改善策の提案も基本使用料に含まれております。毎日しっかり計測し続けることで、効率性を維持することができます。さらなる深い分析や改善を行いたい場合には、別途お見積りとはなりますが、プロフェッショナルサービスとしてコンサルタントを派遣いたします。」

ここで、横で説明を聞いていた男女ペアの参加者は、何やら険しい顔つきでひそひそと話をして、そのまま会場を後にしてしまった。

「身なりからして、おそらく比較的大手のメーカーの人間なのだろう。課金形態からすると、大手にとっては、こういったサービスを利用するより、設備を入れ替えてしまった方が安く済むのだろう。あるいは、他に何か気になることがあるのだろうか。」しかし、浅和にはそれ以上深く考える余裕はなかった。他に選択肢はない。「見える化」という初歩の初歩すら手を付けられておらず、そのせいで、現場改善などの先行投資ができずにいた。その負のスパイラルから、ようやく脱出できる。

その夜、浅和は、久しぶりにミルクティーを楽しんだ。

UFT社は、パールディスクを用いた設備の遠隔検査技術を転用して、不動産設備管理領域や、小売や飲食のチェーンストアの什器管理の領域にまで事業を拡大していった。社名も、「ユナイテッド・ファシリティ―・テクノロジーズ」に変更されたが、略称はUFT社のままだった。

一方で、浅和が経営から退いた後も、工場は順調だった。浅和の後任として経営についたのは、和田という人間だった。和田の実務経験は浅かったものの、UFT社がダッシュボードで自動的に提示する改善策に従うだけで、工場の効率性は高い水準で推移した。そのおかげで、先行投資するためのキャッシュフローを生み出すことができた。

資金に余裕ができたため、和田は、UFT社に対してコンサルティングも発注した。その成果として、稼働偏差値は67まで上昇した。UFTの傘下の金融子会社は、稼働偏差値が65を超えた工場に対しては無審査・無担保、しかも低金利で、5億円を融資してくれる。和田は、喜んで借入を実行した。その結果として、アーム型の汎用型ロボットも導入することができ、生産性はさらに向上した。

ひと気はないのに、そこには活気があった。時を経て、2045年1月某日、工場内のスピーカーデバイスが、音声通話の着信を知らせた。近くの従業員が溌剌とした声で応答した。「はい、こちらUFTグループ、関東第18工場でございます」

(完)

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