京都で散財してしまう 24/07/15

今朝は3時半に起きた。何故かと言うと、父親と京都まで歩こうという計画があったからである。本当は昨日歩きたかったが昨日は雨が降っていたので行かなかった。そして明日こそ行こう、という話になったのであった。また、敢えて京都へ行くのには理由があった。一つは、例の法蔵館書店で欲しい仏教書があった為、一つは、丸善京都本店で欲しい本の下見をする為、そしてもう一つ理由があったのであるが、それが本題なのであった。実は10日程前にとある街を歩いていた時、イヤホンのイヤーピースを何処かに落としてしまったのである。あっ、と気が付いた時にはイヤーピースは完全に行方不明になっていた。背負っていた荷物の中に安物のイヤーピースが一応入っていたので「音楽が聴けない」という状態こそ回避はできたものの、元々使っていたイヤーピースはそれなりに高価なものであったらしく、安物イヤーピースでは遮音性や音の響きが悪く、その落としてから今日に至るまではあまり快適に音楽を楽しめていなかったのである。そこで今日は、京都のヨドバシカメラを訪問して、新しい上質なイヤーピースを買おうと思っていたのであった。それが第三の理由である。

まだ太陽が登る前に家を出たし、雨が降っていた影響か湿度は高かったものの気温はかなり低い、涼し気のある歩き出しになった。道中パラパラと雨が何回か降ったが、基本的には外出が可能な天気ではあった。ただし、空はずっと曇っていた。それは夏の沈黙のようであった。ギラギラと騒がしい道中ではなく、落ち着いた、どこか不気味さがあるとも言えるような、これからの猛暑の前の静けさとも捉えられるような道中であった。また、今日の道中で今季初めて、蝉の鳴き声を聞いた。曇っていたし気温も然程高くなかったが蝉が鳴いていたので、この何やら若干アンバランスな雰囲気が今日という日の特徴であった。兎も角、ゆっくり休憩をしながら歩いていたら、昼前には河原町周辺に着いた。丸善に入ったら、早速欲しい本の下見をした。

そして、法蔵館書店にも寄って欲しい本(親鸞聖人の「御消息」を味わう)を買った後、ヨドバシカメラへ向かった。祝日なので大勢の客がいる中二階へ向かい、イヤーピースの売り場へ足を運んだ。結果を端的に言うと、予想外の出費になってしまったので、本当にこれでよかったのだろうかと、現在はやや不安に陥っている。如何せん、数々のイヤーピースで試聴をしてみた結果、イヤーピースによってイヤホンの音質が変化するという事を知ってしまったのである。そしてつい、かなり高価なイヤーピースの音質に気持ちを奪われてしまったのである。1000円以下の出費で済むだろうと思っていたのであるが、4300円も消費してしまった。

そもそも、当たり前であるが、仏教書もかなり高価であった。今日で合計7000円程の出費をしてしまったと思う。こうして出費への後悔と贅沢による不安を抱えながら京都駅から列車に乗るという経験を、これまで何度してきた事だろうか。そして、後悔や不安と十分に向き合う間もなく地元の駅へ到着するというのもまた、毎回恒例なのである。地元の駅に着いて外へ出てみると、パラパラと雨が降っていた。しかしなんと、この雨は毎秒毎に激しさを増していったのである。帰宅間近になってのまさかの大雨との遭遇で大変困惑した。次第に道路は川のようになっていったし、用水路の水かさは人を不安にさせる程になっていった。勿論雷も鳴っていた。私は思わず、この豪雨は天の怒りではないかと、しょうもない三流作家の考えそうな事を頭に浮かべながら、結局今日という日がよくわからないまま、帰路を進んだのであった。

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