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大きな玉ねぎの下で(16)

「たくちゃん、食べ終えたらどこに行く?」
 僕は亜紀への質問を忘れることにした。聞いて欲しくないのか、それとも今は10年前のままでいたいのか、それはわからなかった。

「亜紀はどこに行きたい?」
「まだ、桜は早いよね。でも千鳥ケ淵の公園に行ってみたい」
「よっし、千鳥ケ淵へ行ってみよう」

 亜紀はジーパンの右後ろポケットからスマホを取り出し、テーブルの上においた。そして調べ始めた。右手の人差し指の動きの速さからスマホを使い慣れているのがわかった。

「たくちゃん、ここから歩いても30分くらいだよ。歩いて行こうか」
「道はわかるの?」
「これさえあればどこにでもいけるよ。10年前にもタイムスリップしていけるかも」

 亜紀は笑いながら言うが、その言葉に僕はドキドキした。亜紀の言葉は冗談なのか本気なのかよくわからないことがある。それは10年前もそうだった。冗談のように聞こえて、本気で言っていることが多かった。

 レジで会計を済まそうとした時、僕たちを10年前と同じ奥のテーブルに案内した方がレジのところにきた。

「お元気でしたか?」

 レジの女性が突然話しかけてきた。亜紀と二人で顔を見合わせた。お互いに思い出そうとしてもなかなか思い出せなかった。

「もう10年ほど前でしょうか。あの時、奥様が忘れ物をしたと泣きながらこのお店に戻ってこられましたよね」

 二人は顔を見合わせて笑いだした。そうだった。このお店で冷やし中華を食べて、その時、亜紀がつけていた誕生日プレゼントのネックレスが中華麺についちゃうといって、外してテーブルの上に置いて食べたのだ。
 そのまま僕たちは話しに夢中になって、お店を出てしまった。しばらくしてネックレスがないことに気がついた亜紀は、落としたのかもしれないと歩いてきた道を泣きながら下を向いて探したんだ。そしてこのお店まで戻ったのだ。

「あの時の奥さんの顔は忘れませんよ」

 笑いながら話すレジの女性に僕たちも笑い出した。ここでも僕たちは夫婦に見られていたのだが、それを否定もしなかった。

「たくちゃん、いっぱい思い出ありすぎて、もう頭から溢れちゃっているよ」
「俺もだよ。亜紀、あの時のネックレスはどうしたんだ」
「え、内緒、内緒。私についてきて。このスマホの示す通りに歩けば千鳥ケ淵につくから」

 さりげなく聞いたが、亜紀は話をすり替えてしまった。この亜紀の話のすり替えは驚くことではなかった。学生時代にもよくあり、それで喧嘩もしたが、今は懐かしく感じる。

「ねぇ、千鳥ケ淵に行ったらボートに乗りたいな」
「久しぶりだな。桜が咲いていればボートから見えるよな。カメラある?ボートからの景色を撮りたいよな」

 亜紀が笑い出す。そしてジーバンの右後ろポケットからスマホを取り出し、僕の目の前でちらつかせた。

「今はすべてこれよ。時間もわかるし、ナビにもなるし、写真も動画も撮れるし、たくちゃんとも話せるし」

 そう言いながら、さっき学士会館で撮影をした二人の写真を見せた。そしてその場で写真を僕のスマホに送ってきた。確かにスマホがあれば、ほとんど必要なことはできる。そう思いながら亜紀が送ってきた写真を見ていた。亜紀はこの写真を家族に見られても大丈夫なのか、削除する前に僕に送ってきたのか。知りたい、もっと亜紀のことを。学生時代はなんでも知っていたと思っていたのに、今は何もわからない。


「たくちゃん、また何か考えているね。もうー」

亜紀は頬を膨らますように僕に顔を近づけながら話しかけてきた。

「たくちゃん、もう九段下の駅よ。この辺りもよくきたね。もう堀が見えてくるよ。もうすぐよ」

 亜紀は楽しそうだ。僕も楽しいが、時間が経つに連れ、このままでいいのかと心のどこかでブレーキをかけるもう一人の僕がいた。このまま一緒にどこかに行ってしまいたい。でもそれは無理なこと。

「たくちゃん、ねー、たくちゃん」
「あ、ごめん」
「もう少しよ。学生の時より歩くのが遅くなったの?」

 無邪気に笑う亜紀。また会えるかわからない、もしかしたら二度と会えないかもしれない。だから亜紀は明るく振る舞っているのか。僕の悪いくせだ。一人で考え、一人で悩んでいる。それに比べていつも亜紀は明るい。そんな亜紀に惹かれたんだ。
(二人は思い出の場所をながら、心もその時にもどっていく。この10年は二人にとってなんだったのだろうか。 次回へ続く)



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