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まったく同じ料理にならないように、料理に完成はない|卯月の献立

つい1週間前まで満開だった乃木神社の桜の花が、あっという間に散ってしまいました。待ち遠しかった春が終わってしまうのではないかという寂しさがある一方で、新しい芽はしっかりと膨らみはじめ、次の季節を探しています。

新年度になり新しい生活をはじめられた方もいらっしゃるのではないでしょうか。何かと忙しいこの季節ですが、ぜひバランスのよい食事で乗り切っていただけたらと思います。こんにちは、乃木坂しんの店主、石田伸二です。

去年と同じ料理でもじつは少しずつ変えている

乃木坂しんにとって5回目の春を迎えました。毎年春になると作る料理も出てきて、今年の卯月の献立の中にも、「焼き蛤と冷たい山菜のお浸し」や「ホタルイカと筍の飯蒸し」「牛肉の冷しゃぶ、筍と花山椒、八方出汁ゼリー」など、昨年から作り続けている料理もあります。

しかし、どれもまったく同じというわけではありません。たとえば「焼き蛤と冷たい山菜のお浸し」では、昨年まで潮仕立てにしていた蛤と山菜を、先月の蛤椀のように、蛤だけ別に焼いしてお出ししていますし、「ホタルイカと筍の飯蒸し」も筍の厚さや存在感などを、献立全体の流れのなかでどうお伝えするかによって切る厚さや形などを変えています。

昨年1年間は「もっと食材に向き合いたい」という思いで仕事をしてきました。産地にも積極的に向かったのはそのためです。食材に向き合おうとしてきたことで、より食材に寄り添った料理になってきているとも思います。

それは、おいしい食材を取り寄せてそのままお出しするのではなく、おいしい食材にひと仕事をすることで、さらに食材の味を引き立てる。手をかけすぎるのではなく、食材の味が引き立つような仕事をしていく。それが乃木坂しんらしい料理なのだと改めて思いを強くすることになりました。

そういった意味では、昨年と同じ料理は一つもありません。

もちろん毎年、その時の100点満点のお料理をお出ししたいと思っています。それでも、翌年作るときは「こうしたらどうだろう」と、少しでも良くしようと考えている。それは、1年の間にいろいろなお料理を食べてきて、料理について考え、たくさんの人と話をしてきて、僕自身で理解できることが増えてきたのだと思います。

まだ突き詰められることがあって、完成ではない部分が新しく見えてくるものがある。料理の終わりが、いっこうに見えません(笑)。

今回noteで紹介している料理も、1カ月の間で少しずつ変わっていくと思います。その時の最良の、その時しか食べられないお料理をぜひ味わいにお越しください。

乃木坂しん料理長 石田伸二

卯月(4月)のおまかせコース(22,000円)を紹介します。

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先附|焼き蛤と冷たい山菜のお浸し

それぞれお浸しに仕立てた山菜に酒と水、昆布、蛤でとった潮仕立ての出汁をはり、焼いた蛤を盛り合わせました。

昨年までは、焼き蛤ではなく、出汁をとりおわった蛤を盛り込んでいましたが、先月の蛤椀と同様に、別に焼いた蛤を使うことで、より蛤のおいしさを感じてもらえるような仕立てにしています。


大きな焼き蛤は、ひと口大にカットしてあります。蛤だけを召し上がっていただいてもいいですし、山菜と一緒に召し上がっていただくなど、いろいろな食べ方で楽しんでみてください。

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前菜|筍と蕗と新じゃが 芹餡かけ
揚げふきのとう 揚げ桜海老

筍と蕗、さらには乃木坂しんでは珍しい、ジャガイモを使った料理です。

このあとの炊き合わせでも、新タマネギが出てきます。どちらもご家庭で頻繁に使われる日常のお野菜ですが、乃木坂しんのように非日常を楽しんでいただくような日本料理屋さんでは、あまりメインで使われることがないように思います。

やはり普段とは違う特別なお食事を楽しんでいただこうと思うと、ご自宅ではあまり扱わない食材を多く使いたいと思ってしまいます。しかし、本来、野菜に優越はありません。その時期の旬の食材をおいしく召し上がっていただこうとするなら、ジャガイモやニンジンも積極的に使ってもいいのではないかと思い、新作料理として考えてみました。

食感が残るように細く刻んで湯がいたジャガイモと蕗、タケノコに、芹の餡かけ、揚げたふきのとうと桜海老を盛り合わせてあります。

芹の餡かけは、鰹節と昆布でとった出汁(二番出汁)に薄口醤油、味醂で味付けしたお出汁に芹を加えて炊いて風味を移してから、味を整えて水溶き葛を加えて餡にしています。

芹は、長野・妙高で天然のきのこや山菜を採る奈潟轍さんから届いたもの。味も香りも濃い奈潟さんの芹を活かした料理ができないかと思い考えたのが芹餡です。

じつは生まれて初めて作ったものなのですが、この芹餡の風味と香りがうまく筍や蕗、ジャガイモをまとめてくれる季節感のあるひと品になりました。

奈潟さんが採った芹でなければできないひと品。こういった生産者さんが意思をもってとったり育てたりした食材でなければできない料理も、これからどんどん作っていきたいです。

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椀物|海老進上 蓬麩 かぎ蕨
花柚子 花びら独活

海老真丈のお椀は、お客様からの評判もよく、仕立てを変えながら年に1、2回はお出ししていています。「石田さんの海老真丈は、海老の味が濃いね」といってくださるのはとてもうれしいことです。

海老真丈の生地は、魚のすり身に玉素(卵黄に塩を入れて油をいれて攪拌したもの)を合わせて生地を作り、車海老を合わせて海老真丈を作ります。

蓬麩(よもぎふ)にかぎ蕨、花柚子に花びら独活(うど)と春の食材と合わせて、鰹節と昆布の一番出汁でお召し上がりください。

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造り|鰹の造り
行者ニンニク醤油 喜界島の胡麻油

南洋諸島で産卵を終えた鰹は、春になるとエサを求めて北上してきます。初鰹は、そうした時期のものですので、エサをたっぷりと食べた秋の鰹とはちがって脂肪が少なくしまった印象があります。

鰹独特の鉄分の香りもありますし、酸味も強い。個人的には、脂がのった秋の戻り鰹もおいしいですが、初鰹の方が好みです。先月は藁焼きにした初鰹を、行者ニンニク醤油と鹿児島・喜界島の樋口さんの胡麻油、アサツキで作った薬味とともに召し上がっていただきます。

初鰹の魅力は、赤身の魚特有の血の香り、鉄分のニュアンスだと思っています。しかし、あまり強すぎると、これがマイナスになってしまいます。鰹がお苦手な方の原因も、これなのではないかと思っています。

そこで、普段はあまり使わない行者ニンニクの香りをバランスよく使うことで、初鰹らしい香りをポジティブにお伝えできるようになったと思います。

西からどんどんと北上していく春の鰹。先月は鹿児島県付近の鰹でしたが、今は和歌山県付近。もう少し季節が進むと、千葉県や宮城県沖の鰹になっていきます。回遊魚である鰹ですから、産地直送よりも魚屋さんから買った方がいい。鰹は、その時期に良いものを豊洲で買うようにしています。

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造り|金目鯛の滋味造り 湯霜仕立て

金目鯛は、藁焼き(たたき)にしたり、昆布締めの炙りにしたりと、さまざまな仕立てにしてきました。金目鯛は皮と身の間の脂がおいしい部分ですので、ここをうまく調理してあげるのがおいしさのポイントです。

今月は、皮目に熱湯をかけてさっと火を入れる湯霜という方法で、とろんとした脂の良さを引き出してみました。

皮目を焼いてうま味と香りを引き出した仕立てとは違って、金目鯛本来のやさしい味わいになっていますので、金目鯛の骨の出汁で作った滋味醤油をたっぷりつけてお召し上がりください。

湯霜は、さばいた金目鯛の皮目を上にして、アツアツの熱湯をお玉などでさっとかけたらすぐに表面の水分をペーパーなどでとり、余熱で身に熱が入らないようにすぐに急冷します。こうすることで、皮目と身の間の脂にだけ瞬間的に火が入った状態になります。

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凌ぎ|ホタルイカと筍の飯蒸し 木ノ芽

酒と塩で蒸しあげたもち米と炊いた筍を筍の皮に盛り込み、お出しする直前に蒸してから、富山県産の蒸したホタルイカと木の芽の葉を添えてお出しする温かいお料理です。

土から生え出たように2枚の筍の皮をかぶせてお出しします。その皮を外すと中から蛍烏賊と筍が現れる。春から初夏の楽しみである筍堀りを思い浮かべて楽しみながら、お召し上がりくださいませ。

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八寸|桜マス塩焼きに桜塩、
平貝と唐墨磯辺焼き、うすい豆旨煮、
茗荷甘酢漬け、白海老、白魚かき揚げ

乃木坂しんの味をいろいろ楽しんでほしい」というのが私たちの八寸の考え方です。そのため、少しずつ盛り付けたお料理を食べながら、お酒が好きな方でしたら、お酒をもう1杯飲んでいただけるような内容を目指しています。

焼物は、桜マス塩焼きです。その時期に良いものをと思っていますので、もしかしたら甘鯛やアカムツなどに変わるかもしれません。何になるかお楽しみです。

3月には、愛知県・知多半島の先端に浮かぶ日間賀島(ひまかじま)に行ってきました。三河湾に注ぐたくさんの河川が山の栄養を運んでくるため、魚介類のエサになるプランクトンが抱負で、しっかり育った魚や貝類が獲れるそうです。

日間賀島の漁業は、定置網漁が盛んだそうで、魚市場の競りも見ることができました。大きな鯛がたくさん上がっていて、いい漁場であることが伝わってきました。

そこで出会った平貝を自家製の唐墨で挟んだ平貝と唐墨磯辺焼きは、ぜひ食べていただきたいひと品です。

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強肴|クリの冷しゃぶ
筍と花山椒、八方出汁ゼリー

神戸の「ゆさか精肉店」さんの黒毛和牛のなかでも、クリ(ウデ)という部位を、暖かくなってきた春に合わせて冷しゃぶ仕立てにしました。花山椒と筍と一緒にお召し上がりください。

クリは筍を炊いた時のお出汁でサッと火入れをして、冷たい割り下で冷やしながら10分ほど漬け込んでいます。軽くお肉のまわりに割り下の味をまとわせるイメージです。

お肉と筍を盛り合わせてから、二番出汁に塩と薄口で作ったお浸しの出汁で作ったゼリーをかけて、花山椒をたっぷりと添えています。

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炊合|長芋、鯛の子、菜の花、新玉葱

岩手県大久保農園さんの長芋や菜の花、新玉葱、鯛の子を食材に合わせて別々にお出汁しで炊いてから最後に盛り合わせる、一見地味に見える「炊き合わせ」ですが、じつはとても手の込んだ料理屋らしい料理です。

関東の方には、「鯛の子」は珍しく感じるかもしれません。関西では、お正月のお節料理の定番で、子宝祈願や子孫繁栄の願いが込められています。関東でしたら数の子などと同じような意味で盛り込まれていると思います。

今回の「鯛の子」は、文字通りこれから産卵の時期を迎える鯛の卵巣を使っています。「では正月の鯛の子はどこからきているの?」と不思議に思いますよね。じつは、お節の鯛の子は、スケトウダラなどの卵巣を鯛の卵巣に見立てて使っていることが多いんです。

そういった意味では、本物の鯛の子が食べられるのはこの時期。貴重な珍味をお楽しみください。

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①毛蟹と筍の玉子とじ(月替わり)。
ご飯は、料理長の石田の親戚が減農薬で栽培する「ヒノヒカリ」です
②炊き立て白米 鯛の地味造り。鯛の胡麻ダレをお付けします。
ご飯は玉子とじ同様「ヒノヒカリ」です。
③そば米雑炊。料理長の石田の故郷・徳島県の郷土料理で、
鶏でとったお出汁でいただく素朴な料理です。

食事|毛蟹と筍の玉子とじ
または、鯛の胡麻ダレ、またはそば米雑炊

お食事は、以下の3つのなかから選んでいただけるようにしています。

【お食事】
①毛蟹と筍の玉子とじ(月替わり)
②炊き立て白米 鯛の胡麻ダレ
③そば米雑炊

①月替わりの玉子とじは、「毛蟹と筍の玉子とじ」です。ふんわりトロリの玉子とじはやみつきになりそうです。

また、②の炊き立て白米は、普段鯛の滋味造りをお付けしておりましたが、今月は献立のなかで金目鯛の滋味造りをお出ししていることもあり、鯛の胡麻ダレでお召し上がりいただきます。

鹿児島・喜界島で栽培している樋口さんの珍しい国産胡麻のペースト(練り胡麻)に、煮切り酒、濃い口と砂糖を混ぜた胡麻ダレを鯛のお造りにしいてあります。

お野菜にかけてもおいしいですし、このままチビチビとお酒のアテに食べてもおいしい胡麻ダレの食材は、意外とシンプルなのですが、じつは練り胡麻を食べやすい濃度にまでのばすのが難しいポイント。ちょっと手間がかかっています。

基本的には、ペーストに煮切り酒を少しずつ加えながらのばしていくのですが、練り胡麻の状態の変化が独特なんです。なかなか、言葉で伝えるのが難しい作り方ですので、「ぜひ作ってみたい」というお声があれば、YouTubeの「乃木坂しんチャンネル」でレシピを公開しようかと思います。

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菓子|桜あんみつ


あんみつですので、小豆餡や白玉団子、寒天、季節のフルーツに黒蜜をかけていますが、牛乳のアイスクリームの下に抹茶のプリンがありますので、あんみつというよりも、「プリン・ア・ラ・モード 乃木坂しん仕立て」とした方が、お味としては伝わりやすいかもしれません。

乃木坂しんでは日本料理店としては珍しく、最後のお菓子までしっかりと印象に残るものをご用意しようと考えています。お客様のなかには「しんさんの最後のデザートが楽しみ」といってくださる方も多く、とてもうれしく思っています。

ぜひ最後まで、旬の食材と、その魅力を引き出したお料理をお楽しみください。

色の濃さが印象的な黒苺は、「軽井沢ガーデンファーム」さんの黒いちご「真紅の美鈴」です。牛乳に練乳で甘味を加えたアイス、僕の故郷・徳島県の発酵茶である阿波番茶の寒天と桜の花の塩漬けを合わせた桜の花寒天、愛媛県のブラッドオレンジを盛り付けています。

ミルクアイスに振りかけてあるのは、桜の花の塩漬けのパウダーです。

今月も、魅力的な様々な食材を取り揃えながら、みなさまのご来店を心よりお待ち申し上げております。

乃木坂しん」店主 石田伸二

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乃木坂しん
東京都港区赤坂8-11-19 エクレール乃木坂1F
☎︎03-6721-0086
【2021年11月1日よりコース料理の金額が変更になりました】
ランチ(水〜土) 12:00〜15:00(13:00LO、*前日までの予約制)
  おまかせ 10,000円、18,000円、22,000円
ディナー(月〜土) 17:30〜23:00(21:30LO)
  おまかせ 18,000円、22,000円、30,000円
※消費税、サービス料10%別
※緊急事態宣言中などは、夜の営業時間を変更して営業しておりますので、店舗までお問い合わせください。
インターネット予約:https://www.tablecheck.com/ja/shops/nogizaka-shin/reserve

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構成・文・撮影=江六前一郎

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