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愛犬家のSさん

同じマンションに暮らす年配女性の
Sさんと1Fガレージで遭遇。
犬を飼う者同士としての
シンパシーを込めて挨拶する。
すれ違い様にSさん、こんなことを言ってきた。

「あんたラーメン大好きやって言うてたなあ。
この辺でオススメのお店ってあんのん?」

「まー好みはあるやろうけれど、最近できた
『かたぐるま』さんちゅうお店があって、
そこ、めちゃうまかったわ」

「へえ、ほんま〜。おごってあげるし、
一回連れてってえなあ」

「うんわかった。いつでも言うてや」

それからしばらくして、事態は動き出す。
「ちょっと聞いてくれる!」とSさんから
何やら鼻息の粗い電話が。

「ウチの◯◯子(パグ)、もう歳やん。
最近食欲が無くて心配やし、近所のほらあそこ、
◯◯動物病院に散歩をかねて連れて行ったんやん。
診察室に入っていったから、
待合室の椅子に座って待ってるやん。
しばらくしたらな、受付に内線電話が鳴って、
受話器を置いたおねえちゃんが引きつりながら
『診察室へお入り下さい』って言いよんねん。
これは何かあったなと思い診察室に入ると、
ウチの子が何やら線にいっぱいつながれて
診察台の上に目をつぶって寝てんねん」

「ふんふん」

「いきなりやで。
『間もなくご臨終です』やて」

「・・・・・・?」 

「先生、手をやな、下の方で揃えて
毅然として言い切りよんねん。
わたし、耳疑うたわ。
連れてくる時はぴんぴんしてたんやで。
あのほら、
心臓のピコピコ、ハート♡する機械あるやんか、
あれがなんやかんやで数字下がっていって、
もうとにかく頼りないねん。
ボゥーっとしてんと何とかせんかいや〜!って
思い切り怒鳴ったったわ。
そしたら憑きが落ちたみたいにハッとして
マッサージやら何やら始めよったわ。
するとピコピコの機械がやな、
急に上がり始めて、ウチの子、
『けふっ』と息吹き返したんや!」

「ひどい話やなあ。なんか注射打って
容態が急変したんとちゃうか」

「もうこんな所に置いてたら殺される思てな、
ウチの子を抱えて受付まで走っていって、
はよ会計してと言うたんや。
そしたら『2万3400円です』って
悪びれもせず言いよってな。
『払えるか!!!』と怒鳴って
1万円だけ置いて病院飛び出したったわ」

吉本のようなホントの話である。
その後動物病院からは未払金の請求・催促は
一切無いという。

「そんでな、お金も払わんでよさそうやし、
あんた、ほれ、この間の、
かざ、風車やったかいな、
おいしいとこある言うてたんやん。
きょう、そこに連れてって欲しいねん」

「わかった、ええよ。行こ、行こ。
でも割り勘やで。次行きにくうなるし」

断る理由はなかったから、
お付き合いすることにした。
まっ、Sさんにすればラーメンは方便で、
犬仲間の自分に思いっきり
話を聞いて欲しかったんだと思う。

お店に到着するまでの車内で、Sさんの
動物病院への愚痴が止まることはなかった。
その合間を縫って、
かたぐるまさんのメニューや
その味、そのサービスなどを
かいつまんで説明したつもりだが、
多分、頭には入ってないと思う。

暖簾をくぐり、席についてからも
イチオシの【こくとん塩】が供されるまで、
Sさんは何かに憑かれたように愚痴り続けた。

「食べよっか」とこちらから促されても、
まだまだ話し足りない感じのSさんは
仕方なしに箸を使い始め、一刻も早く
違う意味での口を開きたがっていた。

が、すると、

「・・・・・! ちょっとあんた、ええぇ?
なんやのんこれ、メチャクチャおいしいやん!」

【こくとん塩】を
いたくお気に入りになられたようで、
もう夢中になってがっついている。

世の中にこんなうまいもんが
まだあったなんて奇跡や〜とか、
お父ーちゃんにも食べさせなあかんとか、
後は割愛するが、もう子供に還った様に
唐突に訪れた喜びを、思いつく言葉で
表現し始めた。

「あーおいしかった、ごちそうさま!」

Sさんはそれまでの愚痴が嘘の様に、
十分満足しきった表情で楊枝を咥えはじめた。

「よかったなあ、お口に合うて」

「ありがとうな。うん、ありがとう」

憑きが落ちたように、と獣医の事を愚痴ってた
Sさんの憑きもまた、落ちた様に思う。

そしてそれは、
負の感情を笑顔の勘定へと昇華させた、
正真正銘の "カタ・グルマン" が 
誕生した瞬間でもあった。

【あいつのラーメン かたぐるま】



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