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「硬い殻のように抱きしめたい」

その少女は雨の中にいた。

手に傘はなく、雨は全てを隠すように打ちつける。
街路樹の影から、少年は全てを見ていた。
少女の頬を伝うものが何なのか、少年にはわからない。近づくすべがわからないまま、少しうつむくしか出来なかった、、、


和気あいあいという言葉を表現するのなら、おそらく今のこの教室の風景をいうのだろう。

あと1時限で学校は終わり。
放課後をどう過ごすか話す者もいれば、紙屑を丸めて遊ぶ者たちもいる。
天気も良く、放課後はどこへだって行ける。

漫画にするなら、ワイワイガヤガヤという擬音が必要になるだろう。

窓側の後ろから3番目の席に、飛鳥は座って窓の外を見ていた。
前の授業の板書を消しながら、堀はチラチラと飛鳥を見ていた。彼女の瞳は雲を見ているようにも見えるし、校庭を見ているようにも見える。

雲がいくつかたちを変えながら流れたのか、校舎の影はどれだけ伸びたのか、飛鳥の目はその変化に気づいたふうではなかった。

しかし、堀は飛鳥の目から一粒の雫が落ちるのを見逃さなかった。



堀は知っていた。
飛鳥が傘をささない理由を、、

生ぬるい風が雨を予感させた日の午後、飛鳥は赤い傘をもってある人を迎えにいく。
駅の近くの公園で、飛鳥は見てしまう。恋人の橋本が、白石と肩よせて抱き合っていたのだ。
飛鳥は息を呑み、傘をぎゅっと握りしめる。

雨が降り始め、橋本と白石は肩を抱いたまま駅へ消えていく。
次第に雨は強くなり、飛鳥を打ちつける。
手にしていた赤い傘を投げ捨て、飛鳥はじっと前を向いている。
どんなに髪が濡れても、雨が頬を伝おうとも、
飛鳥が傘を拾う事はなかった。

堀はその一部始終を、街路樹の影から見てしまったのだ。
赤い傘は地面に横たわったまま、打ちつける雨に身を委ねていた。



板書を消し終わった堀は、飛鳥の隣の席に座った。そこは堀の席である。
「今日さ、買い物ついてきてくんね?姉ちゃんが誕生日でさ、なんか服買ってやろうかなって。でも、おれダサいじゃん、服選んでよ!」
いつになく饒舌な堀。
「あんたさ、忘れ物ばっかりするのに、姉の誕生日は覚えてるんだね」
飛鳥が少し笑った。堀も少し笑みを浮かべた時、始業のチャイムが鳴った。
「あ、教科書忘れちった、また見せてよ」


それから、幾度となく2人は買い物に出かけた。
授業中も、堀は教科書忘れたり、消しゴム忘れたり、コンパス忘れたり、、、
「ホントバカ!」

飛鳥に少しでも笑顔が戻ることが嬉しかった。


だが、雨の日になると笑顔は消え、傘をささずに飛鳥は帰っていく。堀が傘を渡しても受け取らない。
にわか雨でも、大粒の雨でも、決して傘をささない。
何度傘をすすめても受け取らない、、、
濡れたまま歩く飛鳥、何かを思い出したいのか、それとも消しさりたいのか、、、、

堀はその後ろ姿を見ることしか出来なかった。



ある日の放課後、誰もいない教室に堀が入る。
手には赤い傘。
窓側の飛鳥の席に近づき、その端に赤い傘をぶら下げた。
静かに扉を閉め、教室を後にする。


翌日の朝礼、担任がまず言った。
「あー、堀なんだが、今日もう転校した。親の都合だそうだ。急なんだかな、、、みんなには言わないでくれとずっと言っててな、、、今はもう電車の中かな、、、」

ガタン!飛鳥がいきなり立ち上がる、、
赤い傘を両手で握りしめ、教室を飛び出した。

どこへ向かうというのか、飛鳥は走り出した。後ろで自分の名前を呼ぶ声がするが、無視して走る。
電車なら、、、、
まだ間に合うか、、、




堀は電車の中にいた。東京駅までのこの電車は比較的すいていた。4人席の窓側にすわり、リュックをその横の席に置いた。


「飛鳥!」
窓の向こうに見える堤防の道に赤い傘を広げる少女が見えた。
距離があるが、飛鳥に間違いない!大きく赤い傘を振っている。絶対間違いない!
見えなくならないよう堀はたちあがり、後ろの車輌へ走る。窓の向こうの飛鳥を見失わぬよう後ろへ、、後ろへ、、、

最後の車輌にきたとき、堀は窓に顔を寄せた。
飛鳥が何か叫んでいる。
何度も、何度も、、
堀は瞬きせずにそれを見ていた。

"もう一人で傘させるから!もう大丈夫だから!"

確かにそう言っているように聞こえた。

堀は涙を拭わないまま、何度もうなづいた。繰り返し、繰り返し。


飛鳥の姿が見えなくなった後、床に座り込んだ堀はつぶやいた

「忘れ物しちまったかなぁ、、」

涙を拭い、下唇を少し噛んだ。

その顔は、どことなく微笑みにも見えた。



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イメージ楽曲
乃木坂46「硬い殻のように抱きしめたい」
2017年発表 3rdアルバム「生まれてから初めて見た夢」収録

齋藤飛鳥 ソロ楽曲

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