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日記【 ケープ・カナベラルで神隠し 】

なんかふらふらしてない?
ソファに座るなりカウンセラーさんが言う。

暑い。カウンセリングルームは駅徒歩10分。キツイ。風があるので日傘も差せない。
しかし太陽は悪くない。
木炭みたいな格好をしている私が悪いのだ。

最近、重力に負ける。
引きこもっておよそ5年くらい。
体力が落ちているのは間違いない。筋肉が失われた足は入院しているおばあちゃんのようだ。多分50m走れない。
そこに重力が増し増しなので、2、3mで音を上げる。
穴があったら入りたい、布団があったら倒れ込みたい。
地球のコアが私を呼んでいるのだから仕方ないのだ。
私は何を言っているんだろう。

そんな感じで、ここ最近の私はずっと床にくっついている。
座っているのが辛い。
べたっと潰れていたい。疲れた、疲れた、疲れたよ、と独り言を呟いている。廃人だ。
ケープ・カナベラルに行けば少しはマシになるだろうか。
昔の漫画で、「重力1000倍っ…!!!」とかいう技に耐えてる人がいたけどどうやるのか教えて欲しい。や、別にいい。

重力といえば、よく考える。
バッグとか、おぼんとかっていうのは
重力ありきで作られた道具だ。
もし人類が月に生まれていたとしたら、どんなバッグやおぼんを作っていたのだろう、と。
私は何を言っているんだろう。

とにかく、体が重い、というか
上から何かに押さえつけられているような。
それで、
なんかふらふらしていたのかもしれない。

その疲れの原因になにか心当たりはないか、とカウンセラーさんがいう。

正直分からない。
人生全般において私は重力に負け続けてきた気がしないでもない。
強いていえば、最近の「上機嫌でいようキャンペーン」だ。
空元気は得意だ。
ただこのキャンペーンの根幹にあるのは、
「私は家族にいない方がいいと思われている」
「いない方がいいと思わせない人間にならないと」だ。
必死&虚しい。
だから一人になると、疲れた、疲れた、疲れたよ、になるのだ。

遺書の話になる。急展開。
カウンセリングっていうのは、ちょっとした引っかかりから何かを芋づる式に引っ張りあげて、芋の親玉を掘り当てるような作業にも感じられる。
「私は家族に居ない方がいいと思われている」
だから
「私はいなくなって欲しいと思われていることを知っていました。死ぬのが遅くなってすみませんでした」と遺書に書く。
どうだ。嫌味だろう。世にいうメンヘラだ。
だからこんなことは書けない。ただ、心の底からそう思っている。涙が出てくる。
「のがのさんはいつも、メンヘラになりきれないんだよねぇ」
カウンセラーさんが笑う。

後は、感謝か謝罪か、何も書かないか。
なんて遺書の相談をする嫌なクライエントだ。とんだハズレを引いてしまったカウンセラーさんに謝りたい。
カウンセラーさん宛の遺書は書くと思う。
カウンセラーさんがいたから、ここまで生きてこれたと。
ただ、私の力が足りなかったと。

「感謝と謝罪、どちらかというと?」
んー。謝罪。
感謝もあるけど、謝罪の言葉ばかりが浮かんでくる。
親にはまあ、お金かかったのにすみません、くらい。
姉妹には、色んな謝罪、色んな感謝が浮かんでくる。

「でも、別れたくはないでしょう?」

私はフリーズした。
姉と妹。私は2人とは違いすぎて一緒にいたくないと思うし、
2人とも私のことを邪魔だと思っているだろうな、とも考える。

でも、別れる、と考えたら
2人の笑ってる顔ばっかりが浮かんでくるのだ。

カウンセリングルームはマスク必須だ。
カウンセラーさんが呼吸器に何か問題があるらしく、
いつマスク無しになるかは不明だ。

そのマスクの中で、私の口が震える。わっと泣き出してしまわないように、表情筋をコントロールする。
眉間に皺を寄せたり呼吸を止めたりため息をついたりしながら、落ち着いて話せる瞬間を待つ。
カウンセラーさんも、じっと待ってくれている。

長い長い沈黙。

他人との会話の中で、1分間の沈黙があったらどうか。
どちらかがたまらず話し始めるだろう。
しかしカウンセリング場面では、その沈黙にも意味がある。沈黙は破られない。
沈黙を破らず待ってくれる人なんて、現実には居ない。
やっぱり、カウンセリングはファンタジーなのだ。

「…そうですね」

息を吐きながら、かすれた小さい声で、やっっと言えた言葉。泣かないでよく頑張った。感動した!(このフレーズ覚えている人いるのか?)
フリーズしながら、私の頭の中にはずっと姉と妹が笑っている姿が明滅していた。走馬灯かよ。

「でも、別れたくはないでしょう?」
カウンセラーさんは、とても断定的な言い方をした。
今までの私の言葉や態度の端々に、死ぬことと家族と別れることへの葛藤が現れていたのだろう。

「でも、このまま生きていくことは出来ない」

重力に負けて床にくっついている不安、罪悪感。
猫ちゃんの世話すら億劫に感じてしまって、申し訳ない。

ケープ・カナベラルに行きたい。
体を軽くすれば、仕事を探すなりなんなりアクションを起こせるかもしれない。
ケープ・カナベラルでNASAに就職したい。

今日からお前は「の」だよ。
嫌だとか帰りたいとか言ったら子豚にしちまうからね。

「ここで働かせてください!働きたいんです!」

名前を取られようが豚にされようが
やる気だけで採用されるならいいのになぁ。

やる気わかないけど。

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

ケープ・カナベラルは、地球の中で比較的重力(正確には引力)が弱く、ロケットなどの打ち上げに有利な場所です。

ありがとうございました。


 


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