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短編|『季節はめぐり、僕らはどこかでまた出会う』 第6話(全6話)

エピソード6 「運命の人」


 僕は全国チェーンの居酒屋で小島環こじま たまきと一緒に酒を飲んでいた。僕は小島環との会話に疲れて日本酒をがぶ飲みして酔いつぶれて寝てしまったようだ。その間におかしな夢を見た。夢の中で僕は夢を見ていたようだ。一度目に目を覚ました時には小島環が店からいなくなってしまって、僕は慌てて店を飛び出して小島環を探したが、その姿を見つけることはできなかった。でも、二度目に目を覚ましたときには、小島環は僕が眠る前と同じ場所に座って携帯をいじっていた。

「環、帰ったんじゃなかったのか」

「あ?飲み代払う前に帰れるかよ。割り勘だからな。ちゃんと払え」

 僕らは財布から一万円を出して小島環に渡した。

「こまかいの無いのか?」

「せっかくこっちに来たんだ。僕が出すよ」

「そうか。じゃあ有難く受け取るわ」

 小島環と僕は会計を済ませて店を出た。足跡一つない、真っ白な歩道の上を二人並んで駅に向かって歩いた。少しの間、沈黙が続いた。それはたぶん1分程度だったと思うけど、僕にはあまりに長い沈黙に感じた。

「僕が寝てしまったから、君が怒って帰った夢を見たんだ」

「ん?お前、寝てなんかいなかったぞ。なんだかよく分からない話はしてたけどな。光がどうとか、笑ってたとか、光に吸い込まれたとか」

「え、じゃあ幻だったのか?もう何だか分からなくなってきた」

「分からねえのはこっちだ。とにかく、お前はずっと起きてた」

 そんなはずはない。僕は眠りに落ちて、夢を見て、起きたときには小島環は消えていた。はずだ。

「まあ、とにかく良いじゃねえか。美味い酒も飲めたことだしな。あ、電話だ。悪い、ちょっと出るわ。ああ、深雪みゆきか。何してるって、飲んでたんだよ」

 電話は小島環の娘からだった。

「何?誰と飲んでんのって、あれだよ、高校んときの同級生。高橋真人たかはし まさとっていうやつだよ。お前も小さい頃会ったことあんぞ。父ちゃんの葬式にだって来てくれた。まあ、覚えてないか。とにかく、もう帰るから大丈夫だ。最終電車には間に合うよ。もう切るぞ。じゃあな」

「娘さんか?」

「ああ。母親がしっかりしねえもんだから、変にしっかりしちまってな。どっちが親か分かんねえよ」

 環には心配してくれる家族がいるんだな。僕は環の隣を歩きながら、孤独感を覚える。

「真人、なに黙ってんだ。気持ち悪いな」

 僕は何も答えない。二人の足が、交互に積もった雪を踏みしめる音だけが聞こえる。駅に着き、環は券売機で帰りの切符を買う。僕は改札口で環を待つ。

「じゃあな、真人。美味い酒だったよ」

「そうか。なら良かった」

 環は切符を片手に持ち、切符を改札機に通して駅構内へと進んでいく。それを見届けて僕は改札口を背にして駅の外へと向かう。

「真人!」

 振り返ると、改札口のあちら側で環が僕の方を見ていた。

「真人。お前、地元に帰ってきても良いんだからな」

「え?」

「お前の居場所は、まだあるからな!」

 僕は口をポカンと開けたまま環を見ていた。

「お前を待ってるやつがいるってことを今日は伝えに来たんだった。危うく一番大事なことを言い忘れるところだったわ。じゃあ、またな!」

 環は高校時代と変わらない笑顔を浮かべて僕に大きく手を挙げた。僕も環に負けないように高く手を挙げた。
 駅前のロータリーまで歩き、バス停の看板で自宅方面へ向かう最終バスがあることを確認する。しばらくすると、駅のロータリーに黄色いバスが入ってくる。そして僕のいるバス停に乗車口をピッタリと合わせて止まる。

「じゃあまたな、か」

 バスに揺られながら、環の言葉を頭の中で繰り返し再生した。社交辞令だったかもしれない。でも、僕はその言葉に救われた。だから今こうして愛する人の前でこんな昔話ができるんだ。君がこうして話を聞いて、それを物語にしてくれる。これ以上、何を求めろというんだい?






 雪が降ったその日、私の父である高橋真人が話した内容は以上だ。この作品を仕上げる前に、彼は別の世界へと移行してしまった。彼の話したことがどこまで事実なのかは分からない。もちろん、施設に厳重に保管されている黒い箱にアクセスすれば、それが事実か嘘かを検証すること容易いことだろう。でも、私にとってそれは何の意味も価値も持たない。私が分かることと言えば、父の話に出てきた人たちとの交流が、父という人物、そして彼の人生を作り上げてきたことだけだ。そして、彼の記憶の糸で紡いだこの作品は一つの宇宙になった。この物語を読んでくれる人がいる限り、彼の宇宙は永遠に失われることはない。

 父は父の、私は私の信じる「永遠」を手に入れた。

 いずれ、近いうちに私もこの世界から姿を消すことになる。できることなら私も誰かの記憶に残り、その中で生き続けたいと願う。そして、父が紡いだ物語のように、永遠とわにめぐる季節の中で、愛する人たちと再び出会いたいと思う。

 ああ、主よ。夢や幻でも構わない。どうか、また、愛する父に会わせてください。それが、この世界での、私の最期の願いです。




おしまい

サポートいただけたら、デスクワーク、子守、加齢で傷んできた腰の鍼灸治療費にあてたいと思います。