短編小説|「枝葉」 (第4話/全7話)
私と洋人は町に戻り、叔父さんの最後の住所地に行ってアパートのおばちゃんと大家さんに聞いた話を、洋人のメモとともに覚さんに伝えた。
「そうか、やっぱりいなかったか。最後の住所地にいないってことは、手続き上はこれでいけるかな。不在者財産管理人」
「これだけでいいんですか?叔父さんはまだどこかで生きているかもしれないじゃないですか」
「佳穂ちゃん、もしかしたらそうなのかもしれない。叔父さんは生きているかもしれない。でもね、今回の調査で、行方が分からないっていうことが改めて確認できたことになるんだ」
「そうか。そうなんですね」
「でもちょっと気になることがあってね。佳穂ちゃんと洋人くんに調べに行ってもらった日、私は愛子さんのところに話を聞きに行っていたんだ」
「愛子おばちゃん?どうして?」
「前に電話で話をしたときに、愛子さんが修治さんから何度か手紙を受け取ったことがあるって言っていたんだ。兄弟の中では、愛子さんが一番修治さんと仲が良かったらしい。その手紙を見に行ってきた。車で長野までね。いやあ、遠かった」
「手紙ねえ。それってどこから来てたんですか?」
「何通かあって、そのほとんどは佳穂ちゃんたちに行ってもらった最後の住所地からだった。ただ、その後、違う場所から送ってきたと思われる手紙があった。1つは新潟から」
「新潟か。叔父さん、新潟にも住んでたってこと?」
「それは分からない。消印で分かっただけ」
「アパートのおばちゃんの話していたことと流れは一致しているかも。奥さん、、、らしき人の故郷が山形。そこから新潟に行った、かもしれない」
「ただ、たまたま仕事かなんかで新潟に行ったときに書いて出しただけかもしれない」
「そうですよねー。」
「あと1つ、山形からの手紙。でもそれは修治さんからの手紙じゃない」
「じゃあ誰から?」
「愛子さんにも心当たりはないらしいんだけど、山形県米沢市からのもので、修治さんの知り合いらしき人から。しかも、修治さん宛てに」
「その手紙、今見れますか?」
「コピーは取ってきたよ、、、ああ、これだ」
私はまず封筒に記載された住所を見た。確かに山形県米沢市の住所だ。差出人は「手塚」とだけ書いてある。修治さんの行方を捜しているとの内容だった。今から7年前か。そんなに古くないな。
「他の手紙もありますか?」
「ああ、あるよ」
他の手紙は古いモノだ。差出人は修治さん本人。中身は愛子おばちゃんに自分が健在であることが短く書いてあるだけだった。文章の最後にはどれも「母さんによろしく」と書いてある。やっぱり米沢からの手紙が気になるな。私はスマホを取り出して愛子おばちゃんに電話した。
「あ、愛子おばちゃん?佳穂です。どうもー。あ、ちょっと今電話大丈夫?うん。ちょっと聞きたいことがあるの」
私は愛子おばちゃんに米沢からの手紙について尋ねた。
「ああ、あれね。急に届いたのよ。うちの実家に。修治と一番連絡取っていたのは私だったから、美穂さん、慌てて私に連絡してくれたの」
「それで、愛子おばちゃんは返事を書いたの?」
「知らない人でちょっと怖かったけど、無視するとまた手紙来るかと思って、一応、音信不通だってことを手短に書いて返信した。それ以降は何も来ないわね」
「そうなんだ、、、あ、おばちゃんありがとね。参考になった。また連絡する」
愛子おばちゃんとの電話を終えると、私は迷わず覚さんに言った。
「覚さん、私、米沢に行ってみる」
「え、その、手紙の差出人のところ?でも、差出人も誰だか分からないから、手がかりになるかどうか。そしてもう、米沢は雪に覆われていると思う。雪国だからね」
「たぶん、そこに何かがある気がする」
「何があるかは分からないけど、佳穂ちゃんが行きたいというなら、旅行がてら行ってみるといい」
「はい」
なぜ私はこのとき米沢に行くと言ってしまったのか。考えるよりも先に言葉が出てしまっていた。もうこうなったら行くしかない。たとえ何も手がかりを得られなかったとしても、行かないと後悔すると思った。後悔は、、、もうしたくない。
∞
12月も下旬に入った土曜日、私は新幹線のホームにいた。今回の旅も洋人と行くことにした。前回の旅で、洋人の仕事ぶりは思ったより良かったし、経緯を知っている人のほうが良いと思ったからだ。
「佳穂、やっと気が付いた?おれが仕事ができる人間だって」
「まあ、それは否定しない。前回も助かったし。でもねえ、あんたのその無駄な元気は疲れんのよ、付き合うのが。だからなるべく黙ってて」
「はいはい、またそれですか。分かってますよ。2mルール、守りますよ」
今回の目的地は、米沢から送られてきた手紙に書いてあった住所。前回同様、覚さんからその住所の住宅地図のコピーをもらっていた。私も洋人も米沢は初めてだったが、駅からそう遠くもない場所なので、あまり心配はいらないだろう。
「米沢って、もの凄い雪降るんだってな」
「そうみたいね。寒いの、苦手なんだよな、私」
「おれだって苦手だ。ああ、南国行きてえ。あ、新幹線来た!」
私たちは予め買っておいた離れ離れの指定席に座って米沢へと出発した。米沢駅までは約1時間40分。お昼前には着く予定だ。まずはお昼を食べてから行動になる。と思っていたけど、福島駅に近づくあたりから雲行きが怪しくなる。読んで字のまま、山は大雪、線路の除雪のため福島駅で3時間の足止めをくらった。仕方なくお昼は福島駅構内で軽く済ませた。ああ、米沢ラーメンが食べたかった。
結局米沢に着いたのは午後の4時近く。駅周辺も大雪で、住民はみんな雪かきに追われている。時間もないので、私と洋人は急ぎ足で目的地に向けて歩いた。
「うわあ、こんなに降るんだ。雪国ナメてたわ。長靴必須だな」
「洋人、あんたスニーカーで来たの?せめてブーツでしょ」
「その辺で長靴買う」
洋人は駅から少し歩いたドラッグストアで長靴を買った。迷ったが、これから歩くことを考えると長靴は必要だと思い、私も買った。とんだ出費だ。目的地まではそれほど時間がかからず着いたが、雪で覆われた街の中で、どの家が目的の家なのかを判別するのに時間がかかった。洋人とあれこれ話し合い、その家が目的地であると確信し、家の前で雪かきをしていた若い女性に声をかけた。
「あのー、突然すいません。ちょっとお話いいですか?」
「えっ、あ、はい。何でしょうか?」
その女性は雪かきの手を止め、被っていた防寒着のフードを外した。
「私、長谷川というものなんですけど、長谷川修治という人を探しているんです。ご存じないですか?」
「長谷川、、、知らないですね」
「私の叔父なんです。行方不明で探しているんですけど、昔、この辺に住んでいたことがあったようなので。これ、ここの住所からの手紙なんですけど、何か心当たりありませんか?」
私は持っていた米沢からの手紙のコピーをその人に見せた。
「、、、知らないです。ちょっと今忙しいのでお引き取り願えますか」
「佳穂、行こう」
私はもう少し話をしたかったが、洋人に呼びかけられてそれ以上話すのをやめた。そしてお辞儀をしてその場を離れた。
米沢駅に戻ってみると、大雪の影響でその日の新幹線はそれ以降全て運休とのことだった。
「うわ、マジか。運休じゃあ帰れねえな」
「マジで最悪。あんたと泊りの旅行になるなんて、悪夢だわ」
「仕方ねえだろう。諦めてホテル探すぞ」
叔父さんの手がかりも掴めず、帰りの新幹線にも乗れず。私は暗い気持ちで洋人の後ろを力なく歩いた。
つづく
サポートいただけたら、デスクワーク、子守、加齢で傷んできた腰の鍼灸治療費にあてたいと思います。