見出し画像

短編 | 「憧れの人」 (3208字)

アヤノは通勤電車の中にいた。高校時代からずっと乗り続ける田舎の路線。大学時代に1度家から離れたが、卒業後は地元に就職し、再び同じ路線で通勤することになった。

そういえば、高校時代、いつも同じ車両に乗っている他校の男の子に憧れてたな。

そんなことをふと思い出す。

小さい頃から背が高かったアヤノは、中学高校とバスケットボール部に所属していた。アヤノが憧れていたのは他校のバスケ部の男の子だった。彼は小柄で、チームでも3年間控えの選手だった。ただ、アヤノが見ていたのはいつも電車の中。その男の子の学校は県下でも有数の進学校で、電車で見る彼は、いつも音楽を聴きながら参考書を眺めていた。アヤノは自分と対照的なその男の子の落ち着いていて上品な雰囲気に憧れていた。

ある日、アヤノは仕事の帰り道、駅で幼馴染おさななじみのマリに会った。

「よ、マリ。最近調子どう?」

「お、アヤノ。どうもこうもないっけよ。なかなかいい男がいなくってさ。」

「右に同じだ。いい男はもうすでに家庭を持っていたりする。」

「んだのよ。田舎は結婚早いからねえ。。。そんなことより、アヤノに言わなきゃないことがあるんだっけ。」

「何?また車こすった?」

「違う。ほら、あんた山ちゃんって覚えてる?」

「うーん、記憶にないわ。その店、美味しかった?」

「飲み屋の話じゃない。あんたが高校の時に電車で見て憧れてたっていう、バスケ部の。」

「ああ、山本くん!もちろん。マリ、同じ高校だっけ?」

「そうそう。その山ちゃんがさあ、先月からうちの会社で働いてんのよ。」

「うそ!マジで?彼女は?結婚は?つーか、一席設けなさい。今すぐに!!」

「アヤノ、顔近いよ。。。それがさあ、話を聞いたら山ちゃんも高校の時にアヤノに憧れてたんだってさー。」

「えっ!?ほんと!うわぁ、しくじった。時よ戻れ!!」

「そんでね、山ちゃんから是非、アヤノと飲みたいってオファーがあったんだっけ。」

「じゃあいつにする?」

「即答ね。ちょっと山ちゃんと調整する。あとでLINEするわ。もしかしたら、他の同僚も誘うかも。」

「とにかく山本くんに会えれば良いのだ。速攻でお願いしますッス!!」

マリと別れたアヤノは興奮を抑えきれなかった。あの憧れの山本くんにまた会えるなんて。しかも、なんと両想いだったとは。。。

数日後、待ちに待ったマリからのLINEが来た。飲み会は金曜日の夜。そうだよね、やっぱり決戦は金曜日だよね。アヤノは浮かれて歌ってみたりした。


当日。


アヤノは服選びに時間をかけすぎて電車に乗り遅れた。慌てて母親に頼み込んで街まで車で送ってもらった。

「ちょっと、何その化粧は?気合入りすぎなんじゃない?」

「お母さん。娘に結婚してほしいという気持ちは無いのかい?私は今日に賭けている。ちなみに下着もすごいよ。」

「ああ、そうですか。その台詞、2カ月に一回くらい聞いてっから。」

「じゃっ、行ってきます。今日は帰らないかも♪」

「それも聞き飽きた。自分で帰ってきなよ。迎えには行かないよ。」

アヤノはマリに指定された個室のある居酒屋に入った。店員にマリの名前を告げると、奥の個室に案内された。そこにはマリと、マリの会社の同僚と思われる小柄な女性の2人が座っていた。

「おー、アヤノ。ちょうど今ビール注文したところだよ。」

「ゴメン、着るもの決まんなくて遅くなってしまったわ。」

「まあ、座りなさいよ。アヤノもビールでいい?」

「一杯目はビールでしょ。山本くんはまだ来ていないのかな?あっ、初めまして。私、中村綾乃っていいます。」

アヤノはマリの隣に座っていた小柄な女性に挨拶をした。その女性は柔らかい雰囲気で、くっきりと大きな目をした可愛らしい人だった。

「初めまして。私、中村さんのこと存じてますよ。」

マリの隣に座っていた小柄な女性は、アヤノの目をじっと見つめながら言った。アヤノはどこで会ったのか、記憶の戸棚をガタガタと開けてみた。そういえば、こんな女性を電車で見かけた気がする。

「もしかして、電車で見かけた、、、」

「そうです!覚えててくれたんですか!?」

「えっ、覚えててって、、、」

不思議に思ったアヤノは、マリの顔を伺った。マリは笑って頷いていた。

アヤノはハッとした。

「もしかして、山本くんですか?」

「ハイ!山本です。」

その女性は元気に返事をした。

目の前にいる可愛らしい女性。それがアヤノが高校時代に憧れていた山本くん本人だった。

「山ちゃんさあ、女性になったんだよ。あ、どうだろ、もともと女性だったって言った方がいいのかな?」

「えっ、ちょっと状況が呑み込めない。ゴメン、どういうこと?」

「私、男性だったんですけど、今は女性として生きてるんです。法的にも女性です。」

「山ちゃんはね、男性として生まれたけど、心は女性だったんだって。いろいろ悩んだ末に女性として生きることを決めて、今、ここにいる。」

「マリちゃん、今はもう悩んでないよ。こうして憧れの人とも再会できて、今、すごく幸せ。中村さん、今もスラッと背が高くて素敵!」

「うーん。ちょっと待って。じゃあ、高校生の時に私に憧れてたっていうのは、、、どういうこと?」

「そうだねー、当時はまだ自分の心が女性だってはっきりした確信がなかったからなー。それまで人を好きになるって経験が無かったから、中村さんへの憧れを女性を好きになることだって自分では思ってた。でも、今考えると、それは女として、純粋に素敵な女性だと思っていただけなのかもしれない。」

「そうか。私はね、山本くんのこと、男性として憧れていた。素敵な男の子だなって。」

「そうなんだ。嬉しい。男時代の私を好きになってくれる女性もいたなんて。でもごめんなさい。ガッカリしたでしょ?こんな私に会って。」

アヤノはそう言われて、再び彼女の目をジッと見つめると、くっきりと開いた二つの大きな目に吸い込まれそうになった。大きいだけでなく、その瞳は深く、何処までも澄んでいるように見えた。

「山本くん、、、いや、何て呼べば、、、山ちゃんでいい?」

「いいよ。」

「私、山ちゃんに会えて嬉しい。だって、こんなに素敵な大人になっていたんだもの。白い肌や澄んだ瞳は、高校生のころと変わらないよ。ガッカリする?そんなわけないじゃん!憧れの山本くんと再会できるだけでも奇跡みたいなことなのに、一緒にお酒も飲めるなんて、、、マリ、乾杯だ!!」

「お、いいねアヤノ。いつものアヤノに戻ってるね!山ちゃん、今日は飲もう!」

「よし、飲もう!私たちの再会にカンパーイ!!」

3人は高校時代の話や恋愛の話、山ちゃんのこれまでの人生の話を聞いたりして盛り上がった。居酒屋をはしごして、最後は同級生が勤めているスナックで朝まで歌いながら飲み明かした。

3人がスナックを出る頃には、東の空が明るくなっていた。こんな田舎の明け方にタクシーなんかは走っていない。3人は山ちゃんを真ん中にして肩を組んで支えあい、駅に向かってトボトボ歩いて行った。

「山ちゃん、、、こんな私だけど、お友達でいてくれっかな?」

「アヤちゃん、、、当たり前でしょ!やっと再会できたんだから、、、一生飲み友達だからね!」

「アヤノも山ちゃんも飲みすぎだよ。冷静なのは私だけだな、、、おうお、、、気持ちわる。」

駅に着くと、ちょうど駅員さんが改札口のシャッターを上げるところだった。

「お嬢ちゃんたち、おはよう。いい朝だね。あと20分で始発だから。それまでベンチで休んでな。おっと、吐くならトイレで頼むよ。」

 

フラフラになりながらもベンチにたどり着いた3人は、肩を組んだまま座った。しばらくすると、山ちゃんはスースーと寝息をたてて寝てしまった。アヤノとマリは山ちゃんのキレイな寝顔を見たあとで、お互い目を合わせて笑った。

東の空から上ったお日様が3人を強く照らした。

今日もきっと良い日だ。

お日様の顔色を見たアヤノは、心の中でそう呟いた。


おしまい

サポートいただけたら、デスクワーク、子守、加齢で傷んできた腰の鍼灸治療費にあてたいと思います。