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侠客鬼瓦興業 第52話「めぐみちゃんナンバーワン」

初めての高級ソープランドでの大騒動に加え、めぐみちゃんとの約束を破ってしまった罪の意識から、僕はグッタリ疲れはてて鬼瓦興業の寮へ戻った。

「それじゃ、お疲れさん」
「お疲れ様でした~」
銀二さんたちと分かれて部屋の前に立った僕は、ふっと何かに襲われる恐怖の予感を感じ取った。

「そういえば、追島さん先に戻ってたんだ、まずい寝てるところを起こしたりしたら・・・」
寝ぼけ眼で、恐怖の孫の手をぶんぶん振り回す追島さんを思いうかべ
「ここはそーっと、た、ただいま戻りましたー」
小声でささやきながら、恐る恐るふすまを開けた。

「あれ?」 
そこに鬼瓦興業の鬼軍曹、追島さんの姿は無かった。
「何だ追島さんも出かけてるのか、あの予感は勘違いだったんだ。ははは」
僕はほっとしながら部屋に足を入れた、と、その時だった。

ムゥワァ~!! 
「うぐおーーーーー!?」
僕に向かってすさまじい悪臭が襲い掛かってきた。
それは今朝、出がけに追島さんがぶっ放した強烈なおならが、時間をかけて熟成されたものだった。 

 「ぶわー、く、臭い~!あの予感は、これだったのかー!?」
僕は、慌てて部屋の窓をあけると、顔を外に突き出して、必死に新鮮な空気を吸った。
「ぷわー、はあ、はあ、しかし、こんな時間まですごい匂いが残ってるなんて、まるで獣なみのおならだ~。ぶはあ、ぶはあ」

「ふふふ、戻ってそうそう、何て顔してるの?おかしい・・・」
「え?」
「ここよー、ここ」
「その声は!?」
聞き覚えのあるやさしい声に、窓の外をキョロキョロ見まわした。

「ここ、ここー、上だよー吉宗君」
「あー!」
親父さんの盆栽が並ぶ壁の先、隣の家の二階のバルコニーで、何とめぐみちゃんが僕を見て微笑んでいたのだった。

「め、めぐみちゃん!?」

愛しのめぐみちゃんを見つけて、僕の顔はおならを嗅がされた渋い顔から、ほんわかした幸せな顔にかわっていった。

「お帰りなさい、吉宗くん」 
めぐみちゃんは、髪の毛を可愛く束ね、パジャマ姿で僕にささやいた。

「あ、た・・・、ただいま」

(あー、やっぱり可愛いなーめぐみちゃん、ナンバーワンだ)
僕は、彼女の可愛いパジャマ姿に見とれていた。

「遅かったね」
「あ、うん、高倉さん達と飲みにいってて」
「なんだ飲みに行ってたんだ」
「う、うん、高倉さんたちの知り合いの人の喫茶店で」 
「ふーん、それじゃ待ってても戻らない訳だ」

「待ってた?」
 
めぐみちゃんはニッコリ微笑んでうなずくと
「さっきまで、そっちにいたんだよ私・・・、おじちゃんとおばちゃんと、吉宗君のこと待ってたんだ」

「・・・え!?」

「連絡もくれないで、すごーく心配したんだからね」
「ご、ごめん!」 
「ううん、、付き合いだもの仕方ないよね」
めぐみちゃんは首を振りながら、やさしく微笑んでくれた。
「・・・・・・・・・」
僕は彼女のやさしい笑顔を見て、ソープランドに行ってしまったという罪悪感から言葉を失ってしまった。

「どうしたの?吉宗君、急に黙っちゃって」
「え?あ、いや」
「遅かったから疲れたんでしょ」
「う、うん」
苦し紛れにうなずいた。

(めぐみちゃんは僕を待っていてくれたのに、僕は約束を破ってあんなエッチな所に)
そう思うと純粋な彼女の顔がまぶしすぎて、直視することができなかった。

「そうだよね、一日仕事がんばったんだもんね・・・。でも、吉宗くんに会えてホッとした」
めぐみちゃんは、手すりに腕と顔をのせながらうれしそうに微笑んだ。

「実はさ、ちょっとだけ不安だったんだ」
「え?」
「鬼瓦のおじさんが、吉宗君たちお風呂屋さんに行ったんじゃないかなんて冗談言うもんだからさ」
「お、お風呂屋さん!」
「うん、川崎のお風呂屋さん」
「・・・川崎のお風呂って、あ、ははは、そ、それは悪い冗談だね・・・、ははは」
「そうでしょー、ひどいでしょおじさん」
「はは、ははは・・・」
僕は苦し紛れに笑いながら、冷や汗を流していた。

「吉宗くんが、そんな所に行くはずないのに、ごめんね勝手に疑って不安になっちゃって」
めぐみちゃんは恥ずかしそうに舌をだした。

(め、めぐみちゃんが、こんな思いで待っていてくれたのに、こんなに僕を信じてくれているのに、僕は・・・。駄目だ、やっぱり僕には彼女を裏切って嘘をつくことは出来ない)
気がつくと僕は真剣な顔で、彼女を見上げていた。

「め、めぐみちゃん!」
「え?」 
「じ、実は僕・・・」
「・・・僕」 
「な、何、どうしたの急に?」
「めぐみちゃん、僕、実は今日」 
「きょ、今日?」
僕の様子に、めぐみちゃんは何時しか不安な顔にかわっていた。

「僕は、今日・・・」 
と、その時、僕の頭に銀二さんの言葉が
(吉宗、お前間違っても風呂に行ったこと、めぐみちゃんに話したりするんじゃねーぞ)
「!!」
(そ、そうだった)

「ねえ、どうしたのよ吉宗君、今日なにがあったの?」

「え!?」
「あ、じ、実は、美味し~い、ご馳走いっぱい食べてきちゃったんだー」
僕はとっさに作り笑顔で、彼女にそう告げていたのだった。

「ご、ごちそう!?」
「う、うん・・・、すっごいご馳走、はははー」
めぐみちゃんはきょとんとした顔で僕を見たあと、ケラケラと笑いはじめた。
「もう吉宗くんったら、真剣な顔で何を言うかと思ったら」
「ははは、ごめん、ごめん」
「からかわないでよ、私ずーっと不安で、吉宗君のことを、ここで待ってたんだからね」
「ずーっとそこで?、」
「うん」
めぐみちゃんは恥ずかしそうにバルコニーでうなずいた。

(めぐみちゃんが、そんな所で僕のことを、それなのに僕は、彼女に嘘を)

「でもホッとした、やっぱり吉宗君は私の思ったとおり・・・、うふ」
めぐみちゃんは嬉しそうに微笑むと同時に、大きなあくびをした。
「なんだか、ホッとしたらねむくなっちゃった」
そう言いながら、彼女は部屋の時計を見た。
「大変、もうこんな時間だったんだね」
その言葉に僕も時計を見た。
「あ、もう二時か!」 
「ごめんね遅くまで、それじゃおやすみなさい、吉宗くん」
めぐみちゃんはそう言いながら手をふった。

「あ、おやすみ、めぐみちゃん」 
めぐみちゃんは一度部屋に入ったあと、ちょこんとカーテンの間からイタズラに顔を出して
「また、明日・・・おやすみ、よ、し、む、ね・・・くん」
微笑みながらウィンクをすると、カーテンの向こうに消えていった。

「か、かわいい・・・、やっぱりめぐみちゃんは、スーパー可愛い」
僕はでれーっとしまりのない顔で、今までめぐみちゃんがいた、バルコニーを見つめて立ち尽くしていた。

(あんなに可愛いめぐみちゃんが、僕のことを思ってくれている・・・、それなのに僕は、彼女を裏切って嘘をついてしまうなんて)

「ご、ごめん、めぐみちゃん」
僕は、静かにつぶやいていた。

と、そのとき

「ういー!飲んだーーー!!」
僕の後ろで猛獣のようなうめき声が、振り返るとそこには、酔っ払った追島さんが楊枝をくわえて立っていた。

「あ、お疲れ様です」 
「んー?何だお前、まだ寝てねーのか」
追島さんは、ぶっきらぼうにそう言うと、ふらついた足でズボンを脱ぎ始めた。僕はふっと喫茶慶の近くで見た、追島さんの背中を思い出し、思い切って訊ねた。

「あ、あの、追島さん」
「あーん?」
「あの、追島さんさっき堀之内にいませんでしたか?」 
「あー!?」 
追島さんは、一瞬目を見開いて静かに僕をみた。しかし直後にむっとした顔で、
「俺が何で堀之内に行くんだバーカ、明日も早いんだ早く寝ろー!!」
そう言いながら、ごそごそとポケットから手帳と数枚の小さな名詞をテーブルに放り出し
「ぐおあー!!飲んだーー!!」
猛獣のようなうめき声を上げながら、布団に倒れて大いびきを掻きはじめた。

「もう寝ちゃった、やっぱり見間違いだったのかな」 
僕は酔った巨体に布団をかけると、ゴリラそっくりな顔を見ながら、お祭りで見せた追島さんの悲しい泣き顔を思い出していた。

「何とかならないのかな、追島さんとお慶さん・・・、そうすればユキちゃんも・・・」 
「でもお慶さんは婚約・・・」
僕はいたたまれない気持ちで追島さんから目をそらし、テーブルの上の小さな名詞に目をうつした。

「桜ヶ丘キャバクラ キングハーレム瞳?」

「な、何だよ追島さん、隣町のこんな所で飲んでたのか」
僕はあきれた顔で名詞の裏を見た。

(オイちゃん また来てね LOVE・・・瞳)

「オイちゃんLOVEって、おまけにキスマークまで」
僕は追島さんの顔を笑いながら見ると
「心配して損した」
そう言いながら別のキャバクラのお姉さんの名詞に目をうつした。

「緑ちゃん、葵ちゃん、るみちゃん、あ~あ、これじゃお慶さんも愛想つかすか」
そう言いながら数枚の名詞をめくっていた僕は、一枚の小さなレシートを手にしてはっとした。

「川崎フラワーショップ!?」 
「スイートピー・・・、10本」

「スイートピー!?」

(それじゃ、お慶さんの店の入り口に置かれていたあの花束!)

「ぐうおー、ぴゅいー、ぐうおー、ぴゅいー」
僕は手にした小さなレシートの先で、豪快にいびきをかいて眠っている追島さんのゴリラ顔を無言で見つめていたのだった。

つづく

最後まで読んでいただきありがとうございます。
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※このお話はフィクションです。なかに登場する団体人物など、すべて架空のものです^^

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