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侠客鬼瓦興業 第51話「めぐみちゃんには秘密!」

「吉宗、お前なかなか運転うまいじゃねーか」
助手席でほろ酔い加減の銀二さんが、話しかけてきた。
「そ、そうですか?」
僕は鬼瓦興業の若頭、高倉さんの高級車を緊張しながら運転させられる羽目になってしまっていた。後部座席では、へべれけに酔った高倉さんと、久しぶりのすべーるすべる、ソープランドに身も心もとろけてしまった鉄が、気持ちよさそうに眠っていた。

「しかし、まさかお慶さんの店で飲むことになるとはな」
銀二さんが懐かしそうにつぶやいた。
「料理、美味しかったですねー」
「ああ、昔、追島の兄いと一緒だったころ、よーくご馳走になったけど、あのころもうまかったからな」

「あ、あの銀二さん、一つ聞いていいですか?」
「ん?」
「追島さんとお慶さんって、夫婦だったんですよね、なんで解れてしまったんですか?」
僕の質問に銀二さんの表情が、一変して恐い顔にかわった。

「あ、すいません・・・、話せないわけがあるんでしたら」
「いや、そんなもんは無えけどよ、ただきっかけは俺みたいなんだよな、追島の兄いは詳しく教えてくれねーンだけどよ」
銀二さんは眉間にしわを寄せながら、窓の外の夜景を見つめていた。僕はそれ以上質問を返すことが出来ず、黙って土手沿いの静かな道を運転していた。

「でもよう、婚約してたなんて・・・、追島の兄い聞いたらショックだろうな、めちゃめちゃお慶さんに惚れてたからよ」
銀二さんはタバコに火をつけ、窓を開けながらつぶやいた。

「あの、銀二さん」
「ん?」
「こんな事をいったら、すごく失礼なんですけど、僕、あの婚約者の人嫌いです」
その言葉に銀二さんは驚いた顔で
「お前も?」
「え?お前もって、それじゃ・・・」
「俺もよ、挨拶された時、何だかむかつく野郎だなーと思ってよ、別に意味は無えんだけどよ、まあ、兄いのことがあるからかも知れねーけどな」 
「僕も、追島さんやユキちゃんのことが、頭にあったからかも知れないけど、でも、あの沢村って人の目を見たとき、笑顔の下にすごく寒いものを持ってるみたいな気がして」

「寒いものか?」
「はい、何ていうか、妙な恐さっていうか」
「恐さじゃ、高倉の若頭だって恐いだろ?」
「高倉さんは恐いですけど、寒い目じゃないです、なんていうかその逆で、ギラギラした目の中に暖かいものが隠れている感じがして・・・、それに親父さんも、銀二さんもです。それから追島さんもそうです」
「はー、これは驚いたな」
銀二さんはビックリした顔で、僕を見ていた。

「お前、ただボーっとした天然かと思ってたけど、なかなか鋭い目を持ってたんだな」
「そ、そんなことは無いですよ、はは・・・」
「いや、たいしたもんだ。若頭や親父さん、それに追島さんのそんなところを見てたなんて只者じゃねーよ、お前・・・、いろんな経験がなきゃ、ただ恐いとしかおもえねーぞ、みんな」
「経験ですか?」
「ああ、いろんな人間を見てきた経験っていうのかな・・・」

「・・・いろんな人間か・・・」

僕は銀二さんの言葉で、ふっと子供のころ覚めた氷のような笑顔で僕たちを見ていた、親戚のおじさんの顔が頭に思い出されてきた。

・・・・・・・・・・・・

(お姉さん、桜子ちゃんも、吉宗も、これから学費やら何やらかかるんだから、前に話しこと考えてみた方が良いんじゃないかな?)
おじさんはそう言いながら、子供のころの僕と姉さんを見た後、お母さんに優しく微笑んだ。

(そう言われてもね・・・、私、投資とか経験がないし)
(大丈夫、元金は僕が保証するんだから。任せてくれたら毎月生活費くらい配当があるから、そのほうが長い目で見ても良いと思うんだ)

(でも、あれは、私達のために、あの人が残してくれた大切なお金だから)

うつむいて考えるお母さんにおじさんは再び作り笑顔を見せた。

(お姉さん、だからって使ってしまえば何にもならないけど、運用すればずーっと残るお金なんだよ、いずれこの子達を大学に行かせようと思ったら、どれだけお金がかかるか・・・)
おじさんはそう言いながら、僕とお姉さんを再び見て微笑んだ。
(お前達も大学行きたいよな・・・)

・・・・・・・・・・・・

「そう言いながら笑うおじさんの目、子供のころの僕、氷のような寒さを感じて、すごく恐かったんです」
僕はハンドルを握りながら、昔のことを銀二さんに語っていた。

「それで、お前のおふくろさん、銭わたしちまったのか?」
「はい、僕も姉もいやな感じがして、お母さんにすごく反対したんです。でもそのおじさん何度も何度も、毎日のように僕の家に現われて、結局お母さんはお父さんが残してくれたお金を・・・」

「ふーん・・・」
「でも、おじさん、お金を受け取ったとたん、急に態度を変えて・・・、そのお金も自分が株で失敗した借金につぎ込んでしまったらしくて、お母さん泣きながら、おじさんにお金を返して欲しいと頼んだんです」


(約束が違うじゃないですか、運用するって言ったのも嘘だし、元金を保証してくれるって・・・、あれも嘘じゃないですか!お願いです少しでもいいからお金、返してください、でないと私達はこれから)

「お母さん、おじさんの家で泣きながら、頭をさげていました。でも、おじさんから帰ってきた言葉は・・・」

(うぜえんだよ!てめえらが生きようが死のうが俺のしったことか)

・・・・・・

「僕、、忘れようとしても、いまだに忘れられないんです、その時のおじさんの氷みたいな恐ろしい顔」

「最低の野郎だな」
銀二さんは僕の話を聞いて鬼のような顔でつぶやいた。

「おい、その野郎、今何処にいるんだ?」
「え?」
「そういう野郎はぶっちめてやらねーと気がおさまらねー、今から俺がぶちのめしてやるから、案内しろー吉宗!!」
銀二さんは真剣に怒った顔で僕を見た。

「ぷー、ぎ、銀二さん」
僕はおもわずふきだしてしまった。
「何だよお前、何笑ってんだよ」
「すいません笑ってしまって、銀二さんも、やっぱり熱い人だな~って、そう思ったんで」
「それにそのおじさん、しばらくして別の詐欺で逮捕されて、それから行方不明なんです」 
「なんでえ、その野郎に、ボコボコにワンパンぶち込んでやりたかったんだがな」
銀二さんは、悔しそうに手のひらに拳をバシバシぶつけていた。 
「ありがとうございます、銀二さん」
「あん?バ、バカ、お礼言ったってしょうがねーだろ、でもよう世の中にはいるんだよな、そういった弱いところに付け込んで平然とど汚いことを出来るクズ野郎がよ」 
「でも、大事な銭騙し取られて、それから大変だったろな、お前のおふくろさん」
「はい、お父さんが残してくれた家も売る羽目になって、毎日遅くまで働いて僕達を育ててくれたんです。」

「けっこう苦労してんだな、お前も」

「僕は全然苦労なんて、お母さんは大変だったみたいですけど、それでも愚痴一つこぼさなかったんです」
「ふーん、すげえお袋さんだな」
銀二さんはタバコをくわえながら静かに外を見ていた。

「お母さんがいつも僕達に言ってくれたことですけど、たとへ貧しくても、こうして家族が健康に仲良く、一つ屋根の下で暖かい布団に寝れて、ご飯が食べれることって、とても幸せなことでありがたい事なんだよって・・・」

「家族で布団に寝れて飯が食える幸せか・・・、なるほどな、俺も少年院から戻ってお袋の飯食って、あったけえ布団に寝れた時ありがたかったからな」銀二さんはしみじみつぶやいていた。
「それから、お母さん、だましたおじさんを恨んじゃいけないって・・・」
僕はそう言いながら、ぐっと唇をかみ締めた。
「恨んじゃいけねえってか・・・」
銀二さんも遠くをみながら何か考え込んでいた。

それからしばらくの間、僕も銀二さんも、無言で夜の川沿いの道を走っていた。高倉さんも鉄も後部座席で気持ちよさそうに眠っていた。

そんな中、銀二さんが
「あっ!」
何かを思い出したように、いやらしい顔で僕を見た。

「そうだー、ところでお前に大事なこと聞き忘れていた」
「大事なこと?」
「どうだったんだ、初めてのあれは?」

「あれ?」

僕がボーっとした顔で銀二さんを見ると 
「初めてのエッチの感想だよ、童貞切った感想、どうだったっての?」

「あっ!そ、それですか・・・」
「それですかって?お前最後マライアとラブラブで出てきたじゃねーか、良かったんだろ・・・?ん?」

「あの、その・・・」
「何だよ、俺のお勧めマライア、パイオツもでけえし、すんげえナイスバディーだったろ」
銀二さんはいやらしーい目でにやけながら僕を見た。

「はい、すんごい、おっぱいでしたー」
僕も顔を真っ赤にしながらにやけてしまっていた。   
「その面、あのホルスタインみたいな乳にかぶりついたなーお前」
「いや、あの、それは・・・」
「馬鹿だな、ここは野郎どうしなんだから遠慮しねえで正直に言ってみ」
「あの、実は・・・」 
僕はハメリカンナイトでの出来事を、正直に銀二さんに打ち明けた。

「何ー!それじゃお前、やってないってのかー?」 

「やってないと言われれば、やってないし・・・、やったと言えば、やったし・・・」 
「なんだそれ?」
「あの、マライアさんに優しく撫で撫でされて・・・、あの、その・・・」
僕は顔を真っ赤にしながら、最後の発射事件も打ち明けてしまった。

「撫で撫でで、発射~!?」
 銀二さんは信じられない動物を見る顔で、しばらく僕を見つめたあと
「ぶうわーはハハハはハッハ、ははははっははははははあはー」
大声でお腹をかかえて笑い始めた。

「そ、そんなに笑わないでくださいよー、僕だってめちゃめちゃ恥ずかしかったんですから~」 
「笑うなっていったってよ、ぐわはは~、ははっはは~」
僕は、ぶーっと頬を膨らませて運転していた。

「撫で撫でで発射か、けひょけひょ・・・」
銀二さんは落ち着いては笑い、またしばらく落ち着いては思い出し笑いを繰り返していたが、やがてお不動さんの五重の塔が見えたとき、真剣な顔で僕に大切なことを告げてきた。

「吉宗・・・、撫で撫では別として、お前に一言いっておくぞ」
「はい?」
「風呂に行ったこと、間違っても、めぐみちゃんに話したりするんじゃねーぞ」 
「あっ!はい」 
「バカ正直なお前の事だからよ、白状せずにいられなくなっちまって口滑らすんじゃねーか、ちょっと心配になったからよ」

「それはもちろん、僕だって言いません!」
銀二さんはホッとした顔をして、後ろで寝ている高倉さんと鉄を見た。

「あれは一夜の夢だ・・・、若頭も明日になったらその話には絶対に触れねえし、鉄には後で釘をさしておくからな」
「はい、お願いします」 
「俺も、追島兄いの二の舞は、もう御免だからよ」
「は、はい・・・、え!?」 
僕は返事を返した後、はっと銀二さんを見た。

「お、追島さんの二の舞っていったい?」

「さっきの話の途中だがよ、追島の兄いがお慶さんと別れたきっかけ、俺が風呂に、つまりソープランドにさそったのがきっかけなんだよ」
銀二さんは真剣な顔で正面の景色を見ていた。

「銀二さん、ソープランドが原因っていったい?」

「おー、良く寝たー、うぃー」
その時、後ろで爆睡していた高倉さんが目をさました。

「銀二、今どこら辺だ?」
「若頭、もうお不動さんすぎたんで時期に若頭のマンションです」
「あー良く寝た、吉宗、運転ご苦労だったな」
「あ、はい」
銀二さんに案内されて僕は高倉さんの車を車庫に入れた。

「それじゃ、お前ら明日も頑張れよ」
高倉さんの言葉に
「すんません、今日はごちそうさまっした、おやすみなさい!!」
「ありがとうございましたー、おやすみなさい!!」
僕達は両手をひざにしっかり頭をさげた。
「おう・・・」
高倉さんはふらついた足で、マンションの中に消えていった。

高倉さんのマンションから会社までは歩いて数分、僕はその間、さっきの銀二さんの言葉が頭から離れなかった。

(追島さんが別れたのは、ソープランドが原因・・・!それっていったい・・・)
同時に僕の頭の中に泣き顔のめぐみちゃんが浮かんできた。

(信じてたのに・・・、約束したのに・・・、お風呂にいったなんて、うそつき!私、吉宗君なんて絶対に許せない!さよならー!)
頭の中のめぐみちゃんはそう叫ぶと、泣きながら走り去っていった。 
僕は青ざめた顔で銀二さんに尋ねた。

「あ、あの銀二さん」

「兄貴ー、今日はよかったっすねーだはははー」
僕の言葉をさえぎるように、鉄ががたがたに欠けた歯で話しかけてきた。

「あ!うん、そうだね・・・、鉄」

「おい、鉄!」
「何すか?銀二兄い」
「俺達は仕事が終わってから若頭と飲みに行ってただけだからな、余計なこと、べらべらしゃべんじゃねーぞ」
銀二さんは恐い顔で鉄を睨み吸えた。

「あ・・・、わ、わかってますよ~、当たり前じゃねーすか」
「当たり前って、この前もお前、近所のおっさん連中にべらべら喋ってただろうが」
「あ、あれは、あんまり嬉しかったもんで・・・、ははは」
「いいから余計なこと喋るなよ!」
銀二さんは再びそう言いながら鉄を睨むと、鬼瓦興業の門のドアを開いて中に入っていった。

そんな銀二さんの言葉に、鉄は少しふてくされた顔で僕をみると
「でも、兄貴~、せっかく高級店行ったんですからねー、ちょっとくらい自慢したいっすよね~」
そう言いながら恐ろしく不気味なウインクをすると、銀二さんに続いて門のなかに入っていった。

「うぐ!?」 
僕は鉄の気持ちの悪いウインクに青ざめた。

(ま、まずい・・・、この男、何とかしなくては、なんとか・・・)

 気がつくと僕はすごい必死の形相に変わっていた。そして門を通り越したところで、慌てて鉄に声をかけた。

「て、鉄ー!!」 
「はい?」
「お風呂のこと、誰にも言っちゃ・・・、だ、だめだよ・・・」
振り返った鉄に僕は必死の形相でそう告げた。
「ぐえ!あっ・・・、はい!」
鉄は僕をみて、なぜか恐怖におののいた顔で返事をしてきた。

僕は鉄のそんな顔に首をかしげながら、鬼瓦興業の玄関に入っていった。そしてホールのわきにある鏡を見て、思わずぎょえっと青ざめた。

そこには、めぐみちゃんにばれたらという恐怖から、鬼気迫る血走った眼で、すさまじ形相をした顔の僕が写しだされていたのだった。

「うわーーーー!!」
僕は自分で自分の顔に恐れおののいてしまった。

時計の針は深夜の一時を回っていた。鬼瓦興業の居間も台所も真っ暗で電気はすべて消えていた。
まさか、今までここで愛するめぐみちゃんが、僕の帰りを待っていたなんて・・・、僕は想像もせず銀二さんと鉄の後を追って奥の部屋へ向かって走ったのだった。

つづく

最後まで読んでいただきありがとうございます。
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※このお話はフィクションです。なかに登場する団体人物など、すべて架空のものです^^

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