うまや七福の暮らし
私の夏休み終了。
3日間、長野県伊那市高遠の「うまや七福」の横山さん家族と息子の家族と一緒に過ごしました。
横山さん夫妻は、日本全国から山村留学の子どもたちを受け入れたり、
様々な課題を抱えている若者を、短期長期に家族として迎え入れたりして、この気ぜわしい日本の中で、かつての日本のスローでエコロジーな生活を、
多くの人たちと一緒に、こつこつと新たに作ってこられたご夫妻です。
うまや七福での暮らしは、お金で買えないものに囲まれています。
(今、スローと書きましたが、スローというのは実はちょっと違って、企業で働くのとは異なる四季の時間の流れの中で、農の生活は忙しいものです)
空気、温かさ、水、やわらかさ、土、さわやかさ、緑、人。
ありのままを受け入れ、受け入れられる生活を作りつつ、 そのような生活を可能にする全てのものに丁寧に感謝する生活。
じつは、日本のあちこちの古民家に宿泊したことのある私。
思い出すだけでも、一生の思い出に、家づくりの参考にと泊まった元大名屋敷から、若い女性が大工さんと一緒に改修して町おこしにつなげている古民家、若手の起業家始め著名な人が集まっている古民家、山の中で暮らす家具職人夫婦の古民家、平和な暮らしを提唱するご夫妻が改築して住んでおられた古民家、秋田で増えている農家民宿、新潟や隠岐や京都や米子や尾道や萩の空き家再生民宿やゲストハウス、山形の米屋敷やローマ式千年風呂のある老舗旅館、会津の老舗旅館。四国で古民家と称していたけれど、古い民家というだけの昭和の建物で新建材を使っていて???だったところ(笑)や、訪問しただけならば、広島も、宮城も、淡路島も・・・。古民家改修の手伝いをした経験も2回(両方とも岐阜)。基本的に自分で行く旅行の宿泊は、味のあるゲストハウスなので、古い家によく泊まります(笑)。今は、あちこちに本当にたくさんの再生古民家があって、それぞれのコンセプトや状況によって、さまざまな形で注目を浴びるようになりましたが、自分たちと近所の人たちの手ですべて改修というのは、きっとそう多くはないし、ここまで古いところで、しかも人の住む家ではなかった!というのも珍しいかもしれません。
さて、うまや七福では、山村留学を受け入れていて、さまざまな子どもたちが、家族の一員として生活しています。自分の生き辛さをいろいろな形で表現していた子どもたちも、ここで自然と人に包まれた丁寧な生活を送るうちに、自他ともに認める自分らしさを愛せるようになっていきます。そのことについては、以前、クラファン(既に終了)の紹介をさせていただいたときにも書かせていただいたことがあります。
うまや七福の山村留学などに関心のある方は、こちらの動画をぜひ見て下さい。
さて、そんなところだから、私たち家族も、3日間、ゆっくりと丁寧に暮らすなかで、デトックスされていくような時間を過ごしました。
今回、一緒に行った、東南アジアの自然環境保護の仕事をしているシンガポール出身の美嘉は、同じように自然と共に生きる生活をしているアジアの国々の人たちを知っていますが、3日間の生活を終えて帰るときの感想として、「選択肢のない中で昔ながらの生活をしている貧しい人々と、日本という国でエコロジカルな生活を選択している人々には違いがあって、日本にこういう生活の選択肢があるということの持つ意味は大きい」と指摘しました。
日本に住んでいると、こういう生活を「選択」できるんだ、ここに次の時代の可能性があるんだ、と改めて思いました。
ゆったり暮らす選択肢の見えない人々は、よりスマートな生活という選択肢を求めて、産業化、工業化、情報化社会にあこがれています。長くそういう道を歩んできた今の日本は、すでに豊かな生活ができる人たちも増えたのですが、いまもなお全体としてさらにより金銭的な豊かさに価値を置き、強迫的に目指しているかのようです。まるでそこに選択肢がないかのように。
ここであえて恥ずかしげもなく金銭的なことを言えば、横山家にある骨董品のような家具、台所用品や調度品、さまざまに編まれたかごなどは、蔵の中にあったものなどからのいただきものだということですが、都会で買おうと思ったら、とても高い希少な掘り出しものです。私はそういうものが好きなので、よく見ているのですが、手が出なくて垂涎の眼なのです。
また、三度の食事に出てくる無添加の食品や生活に用いている品々の中には、知る人ぞ知る特別なルートでしか購入できないものが紛れ込んでいたり、当日の朝、ご近所の畑から直接作り手が持ってきてくれて届く野菜も、お金を出しては買えないものです。
つまり、実はすごく豊かな生活なのです。ですが、入手にあたって現金のやり取りがなかったり、あるいは、一般的な都会の家庭とはお金をかけるところが違ったりするわけです。現代社会ではお金に換算されにくい手仕事や家事など、苦労をしながらもそこに生きる悦びがあり、ものや手間を味わうことを選択した「贅沢」な生活です。
私が、横山家のように暮らす方向に舵を切れるかというと、きっと全く同じ方向には向かないと思うのだけれど、でも、東京の小さな家での一人暮らしの中で、そういう方向性で生きようとはしている私としては、選択肢のずっと先を進んでいる横山家の生活は、一幅の絵のように思えたのでした。
さて、実は、のりたけこと横山紀子さんとは、十数年ぶりの再会でした。
出会った頃はまだ若者だった彼女は、すっかりお母さんであり、大黒柱であり、地域に根ざす暮らしを営む土地の人になっていました。
ともに家族を作ってきたよっさんこと横山晴樹さんは、静かにまっすぐ上に伸びてそこにたたずむ大きな木みたいな方でした。
4歳と小学校3年生のお子さんたちは、う~ん、今どきこんな「家族の一員としての子ども」らしい姉妹がいるのね~と思える、感情と表情が豊かで、すでに家族で暮らす上で必要な家事をこなし、でも子どもでもある、個性ある一人ひとりでした。
そして、そこに来ていた大学生のインターンすずかさんと、山村留学の高校三年生かいくんも私たちも、そこにいる一人ひとりが、それぞれの色をもっていることが認められていて、ここでの暮らしは、私たちに生きることのいろいろを教えてくれるのでした。
こんな生活に共感する方、子どもの山村留学に関心のある方、短期滞在してみたい方、ボランティアしてみたい方、募集中とのことです。
https://umaya7fuku.jimdosite.com/
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