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事業部制(5):日本企業における事業部制の弊害

前回の「経営実務のための会計(7):事業部責任会計の限界」 に続いて、今回は組織設計の面から日本企業の硬直的な事業部制運用がもたらした弊害について、最近の記事やレポートから取り上げつつ、書いてみたいと思います。

事業部門連邦制

日本において事業部制が導入されたのは1933年(昭和8年)松下電器が最初だと言われていますので、実に90年近い歴史があります。
その後、製品別事業部、地域別事業部など形態はさまざまですが、これまで多くの大手企業や中堅企業で当たり前のように導入されてきました。

事業部制の限界については以前 事業部制の組織(2)|Nobu-san|note
事業部制組織(4)|Nobu-san|note に書きましたが、
(4)の中で外資系企業の事例として、以下のような話を取り上げています。

インダストリー別にP/Lを作って、パートナーに利益目標を持たせると個々の事業やプロジェクトはそれぞれの事業環境や案件、またMDやメンバの力量等によって変動するため、本来インダストリー共通の販売費や教育費、先行投資事業まで絞って利益を確保しようとする衝動を誘発し、結果的に中長期的な事業成長を阻害してしまうからだとか。

事業部制組織(4) Nobu-san |  note

最近、これと根っこは同じと思われる話を情報システム分野の識者の記事に出ていたのを見つけました。

実は「事業部門連邦制」であり「勝手にやっている現場の集合体」である日本企業の経営者からすると、基幹系システムのデータが経営情報として使い物にならなくても、それほど困らない。
何度も書いている通り、他の役員のシマである事業部門に手を突っ込むのはご法度だから、経営者が事業部門の状況を「無断でのぞく」ようなまねはしない。そうだとすると、どうやってデータを共有するのか。もちろん、言わずと知れたExcelである。

日経xtech 木村岳史「極言暴論」より


さらに、同じような話が最近読んだマーケティング関連の書籍でも指摘されていました。

著者の庭山一郎氏によると、
マーケティングの視点から顧客情報を全社で戦略的に統合管理して効率的・効果的にアプローチしていくこと ABM(Account Based Marketing)が
なかなか日本企業に定着しない(BtoB偏差値が低い)のは
事業部が製品開発から営業・代理店販売、顧客へと強固な信頼関係を構築している一方で、事業部を横断した全社的なマーケティング視点がない。
「日本企業は縦糸ばかりで横糸無し」のためだと断じています。

これらの指摘は前回の「事業部責任会計の限界」で述べたように、多くの日本企業が予算管理面でも事業部横断・全社横串で情報システム費用やマーケティング・営業費用を把握・管理し、メリハリの効いた予算配分を全社P/Lに立ち返って、戦略的な意思決定をして来なかったことと、ほぼ同義の話だと考えられます。

事業ポートフォリオ管理の軽視

さて、前回の「事業部責任会計の限界」の中で
事業部業績尺度を考える際の鳥居教授の説として
 業績評価としての事業部長評価は残余利益(EVA)
 ポートフォリオ経営のための事業部評価は投資利益率(ROI)
があることを紹介しました。

前項の話は事業部P/Lや予算費用の仕組みから考えられる事業部制運用上の弊害ですが、事業部評価としては(ROI→)ROICが重要指標になると考えられています。
有価証券報告書においてもROEやROICを開示し、明記している企業は多いようですが、もう一段、落として、セグメントや事業部門ごとにROICを管理・評価・さらに開示している日本企業は意外に少ないのではないでしょうか?

この点、経済産業省 事業再編研究会が2020年7月に出した「事業再編実務指針」においても、日本企業が持続的な成長を実現していく上では、経営資源をコア事業の強化や成長事業・新規事業への投資に集中させることが必要であり、事業ポートフォリオの見直しとこれに応じた事業再編の実行が急務と指摘されています。

そして、事業ポートフォリオの見直しの中で重要となるのが、各事業ごとの成長性とともに資本収益性(ROIC)です。

経済産業省 「事業再編実務指針より」

少し前に味の素さんに関する記事が出ていましたが、今後は事業部門の資本収益性を冷静に評価・見極めるROIC経営に取り組む企業が増えていくことでしょう。

なお以前、ポートフォリオ経営の概要・課題感についても noteに記載したことがありますので、ご興味があれば、ぜひ参考にして下さい。

お雑煮組織

最後にこちらも最近の日経ビジネス誌2022年3月28日号の特集「勝ち残る変身企業」からなのですが、日本企業の事業再編・業態転換について、問題提議や成功事例の紹介をしています。

この特集の中で、早稲田大学ビジネススクールの山田英夫教授が述べられていたのは「レゴ」の欧米、「お雑煮」の日本企業 です。

事業部門をレゴブロックのように独立した組織として評価し、再編やM&Aを考える欧米企業と、事業部制を採用していても地域販売機能は共通だったり、部門間異動も多い日本企業はお雑煮のようにそれぞれの具材(機能)がお餅(会社)にくっ付いた状態だと指摘しています。
それぞれの事業部門や機能組織が(暗黙)に連携して補完しあい、多様性や持続性を生む点はメリットだったとしても、それが時代に合わせた業態変換や事業の取捨選択を難しくするデメリットでもあると。

しかし、個人的な意見としてこのメリットは日本企業が持つ事業部間・組織間連携は以前の大卒男子一括採用の中で、同じ釜の飯を食った仲間がそれぞれの組織・事業部に散らばっても、飲み会など密度の濃い人的なネットワークが企業内で重層的につながっていたからこそ、育まれたのではないでしょうか?
現在のように中途採用社員も増え、女性活用、外国人社員も増え、さらにリモートワークも増えてきた中で、暗黙の人的ネットワークだけに頼って、さらなるイノベーションや新結合による業態変革を望むのは厳しいように思われます。

となると、事業部制の本質的な課題や限界を見過ごしているいまの日本企業の組織運営はデメリットばかりが目立つような気がしてなりません。



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