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事業ポートフォリオ(3)

さて、これまで述べたようなポートフォリオ分析を緻密にやろうとすると、外部のマーケットリサーチ会社やコンサルティング会社の力を借りて、戦略スタッフにも多大な労力やコストが必要となる。

実際に多くの企業では、通常の中期計画や事業計画策定時にはもっと簡便な分析で代替えしているケースが多いと思う。それは各事業・製品自体の3~5か年の売上成長率と平均利益率のマトリックスで自社事業のポートフォリオを見ていこうというものだ。(利益は貢献利益、もしくは粗利)

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これならば、どの企業でも過去の部門ごと・製品ごとの財務数値がわかれば、すぐに作れるはずだ。私もいくつかの事業部門や組織、グループ会社を所掌する際には全体を俯瞰する意味でも、必ず始めに作っている。

マトリックス内各象限の名前も慣れ親しんだ、かつ関係者でイメージが共有しやすいようBCGのPPMのネーミングをそのまま使うことが多い。

売上成長率も高く、利益率も良ければ「花形」。売上成長率は低いが、利益が出ているなら(追加投資や販売コストを抑え、利益重視に舵を切れるという意味でも)「金のなる木」。売上成長率は高いが利益率が低く(かつ通常は売上規模も小さいため)ある程度投資をしつつも、今後の事業の可能性を見極める「問題児」。そして、売上成長も利益もじり貧の「負け犬」として事業や製品をカテゴリー分けできる。

事業ポートフォリオによる意思決定の難しさ

ここまでの話はある意味、教科書どおり。問題はここからだ。これですんなりと事業の方向性について、関係幹部全員が腹落ちし、合意できるのならば、後は実行あるのみだけだ。

このサンプルグラフを例にとって、実際に何が悩ましいのか、どんな論点があるのか考えていきたい。

「負け犬」に位置付けられたC事業だが、低成長かつ10%程度の粗利しか上げていないとはいえ、赤字事業ではない。一方、ここに人的リソースや製造ラインを保持されると会社全体としての利益率向上は望めない。さて、ここでバッサリとこの事業や製品から撤退する!と意思決定できるだろうか?

きっと、ほとんどの企業のトップや幹部は間違いなく躊躇するだろう。撤退による単純な売上減だけでなく、この製品を継続利用しているユーザ説明や保証の問題やこの事業に関わる要員の配置換えの問題など、撤退に関わるコストもかかるためだ。となると、「まぁ赤字でもないし、今年も頑張って利益率を少しでも上げようヨ」と、いつの間にか「金のなる木」の扱いになる。

「だから日本企業はダメなんだ、低収益の事業や製品群を温存し、それらに足を引っ張られているだけじゃないか!」経営の大御所に言われる所以でもある。

しかし一方で、そもそもPPMは独立した事業体や戦略的に相互依存のない製品群(SBU)の方向性を見極めるために開発されたため、同一業界に対して多彩な製品群を持つ日本の部品産業や、逆に同一原料やサービスを多用な業界向けに製品開発している素材産業にとって重要な対顧客戦略上のウォレットシェア、製品・サービス開発上のコア技術戦略といった観点がなく、方向性の議論を単純化しすぎているのも事実だろう。

では「問題児」に位置づけられたB事業とE事業はどうだろうか? 数年前に立ち上げたE事業は売上30まで伸びたが、成長率は3%どまり。一昨年立ち上げたB事業は成長率は高いものの、まだ売上は15。

もし、その企業に成長投資資金がふんだんにあれば問題ないが、予算制約上、資金が限られる場合はどちらに投資すべきだろうか? 

B事業はこれからもっと売上が大きくなって利益率が高まる可能性はあるのか?なければ単なる金喰い虫だ。E事業も成長の限界でこれ以上、大きくならずに利益率も上がらければ、C事業同様、負け犬領域に落ち込む可能性もある。こうした各事業の単体評価のさらに先には、企業の長期戦略との整合性、主力となる他の事業とのシナジーといった議論がなされていくことになるだろう。

いずれにせよ、事業の相対的な俯瞰図を持たずに議論するよりはPPMに限界ありと言えども、簡易的なPPMであっても、それをベースに事業戦略の議論を深めていくことが重要なのだ。


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