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地域おこし協力隊としてのコラム。

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2022年4月から着任している地域おこし協力隊での活動を通じて、感じたこと・考えたことを綴っています。
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2022年4月の記事一覧

1人の100歩より、100人の1歩。

どうしても地域おこし協力隊としての「まちづくり」の話題になってしまうが、一般的に協力隊は、地域の人を“巻き込む”必要があるとされる。ものすごい経験やスキルを積んでまちの外から移り住んだとしても、既存の住民との関係性を構築できなければ、より良いプロジェクトを進められないと。まちの内側の人を変えてこそ、真のまちづくりなのではないかと。少なくとも、僕はそう解釈している。 そのために必要なのは、おそらく「できないこと」を認めることだ。たとえば僕は今、まちのnoteの更新を担わせても

「伝える」と「伝わる」。

伝えたいことは、たくさんある。 宮城県美里町の地域おこし協力隊として、日頃から多くのヒト・モノ・コトに触れている。8年ぶりに過ごす地元は、まだ着任1ヶ月を終えようとする段階とはいえ、とても刺激的だ。自分自身の価値観の変化もあり、“いちいち感動する”日々を送ることができている。 ミッションのひとつに、SNSを使った町のプロモーションがある。僕はおもにnoteを活用した取材記事を投稿する役割を担っているが、そのネタは尽きないのではないだろうか。 しかし、その全てを伝えようと

自分で定めるまちづくり。

まちを知るとは、どういうことだろう。 どうしても地域おこし協力隊としての投稿が多くなってしまうが、僕はこれから本格的に、宮城県美里町でまちづくりに取り組んでいく。3年という任期の中で町の課題を解決するイメージではあるが、1年目、というか1ヶ月目の今、必要とされているのは「まちを知る」ということだと思っている。 小学1年生から大学4年生までを過ごした地元へUターンしたとはいえ、8年ぶりに過ごしている美里町。また、当然ながら学生時代と今では価値観や感覚が異なることもあり、まち

記事にするとかしないとか。

地域おこし協力隊として、初めてイベントに参加してきた。地元の農産物直売所「花野果市場」の創業祭。事前に打ち合わせをしていた社長や専務とも顔を合わせて、社長には「SNSで記事にしてくれてありがとうね」なんてことも言われた。 美里町の協力隊として発信するnote『みさと新報』。先週からスタートしてからここまでふたつの記事を投稿しており、今後は美里で生きる人の取材記事や、イベントに関する告知およびレポート記事で満たしていく予定だ。そして今回、花野果市場の社長には、創業祭の告知に対

仕事を考える、ポジティブな週末。

地域おこし協力隊として本格始動してから、初めての週末を迎えている。今日は目覚まし時計をかけずに朝を迎えたものの、カーテンの隙間から溢れてきた朝日を感じると、ついスマホで時刻を確認してしまった。それだけ毎朝の寝坊の可能性に怯えているということだろう。 春の陽気に包まれてのんびりとした時間を過ごしていたが、自然と頭は今週の協力隊の活動を考えていた。「来週はもっとアレを詰めなきゃな」「ひょっとしたらコレもできるんじゃないか」なんていうふうに。どうやら、常に町のことを考える自分がい

今こそ、決断で得た特権を。

東京のアパートを引き払ってから、1週間が経った。当然ながら“あの街”の記憶は未だ鮮明で、頭の中なら一瞬で“あの部屋”に戻ることができる。夜の静けさに包まれると「ああ、もう東京には戻らないんだよな」なんて思わされている。 もし今なお東京にいたとしたら、僕はどんな生活を送っているのだろう。ライティングの仕事を継続しながら、宮城をはじめとする地域と関わる機会を伺っていただろうか。つまり心なしか、悶々とした日々を過ごしていただろうか。 今のところ地域おこし協力隊として地方へ入り込

かたちにならないアイデアたち。

今日も地域おこし協力隊として、各所へ挨拶回りをした。稼働初日から続いているスーツでの出勤も、もうそろそろ終わりを迎えてくれるだろうか。なんて思いながらも、とりあえず明日もネクタイを締めて行ってみようと思う。 地域で働いている人と少しでも触れてみると、誰もがその地域を良くしようと活動していることが感じられる。そして「アレも良いよね」「コレも面白そうだよね」と、新たな企画のアイデアは泉のように湧いている。特にこれまで長い時間を共にしている担当の課長は、ごく自然に次々と、我々協力

行政探検隊。

いよいよ、地域おこし協力隊としての本格始動。といっても今日は、役場庁舎の各階を挨拶に回った。それぞれの課で隊員一人がひとことずつ喋らせてもらい、これでもかと言うほど自己紹介をした日となった。 初めて行政に身を置く自分としては、各フロアの職員たちの姿を見て彼らが住民の生活を支えているのかと、ちょっと感動めいた感覚が芽生えたりもした。また、教育委員会や町議会の方々ともお会いさせてもらい、これこそが協力隊としての特権ではないかとも感じている。というのも、やはりなかなかそんな行政の

【改めて報告】宮城県美里町の地域おこし協力隊になりました。

僕のことを知ってくれていたり、このnoteを読んでくれていたりする方にとっては「改めて」となりますが、4月より地元である宮城県美里町の地域おこし協力隊となりました。1日の辞令交付式では町長から直々に雇入通知書を頂き、いよいよ新生活が始まったんだなあと身が引き締まる思いです。 なぜ東京での約5年の生活を経てUターンしたのか、その理由は大きく分けて3つあると思っています。ひとつ目は、フリーランスとして活動していく中で一人でできることの限界を感じ、誰かのために自分を活かせないかと

お風呂以外は全部ある。

きのうカギを渡された新居の整備が、着々と進んでいる。電気と水道を開けてもらい、きょうはネットも通った。あと照明やカーテンはニトリで買ってきて、あすの夜からでも“あっち”で生活しようと思っている。地元で一人暮らしすることになるとは、なんとも不思議な感覚になりそうだ。今さらながら。 ただそんな中、唯一ガスだけが通っていない。きのう管理会社に来てもらってはいたのだが、給湯器が壊れてしまっていたのだという。今週中にも新しいものに交換してもらえるらしいが、それまではお湯やコンロが使え

新生活の幕開け。

いよいよ、宮城県美里町の地域おこし協力隊として新年度を迎えた。きょうは辞令交付式。新たな道へと踏み出す職員たちの名前が読み上げられ、委任状の授与が繰り返された。僕はその様子を卒業式のようだなあとノスタルジックに眺めていて、その後、今年度から採用された我々4人の協力隊は壇上で挨拶をさせてもらった。 その4人の協力隊とは、きょうが初めての対面。みんな僕より歳下で、そんな彼らの姿を見ると、ちょっと襟を正すというか背筋を伸ばす自分もいた。が、どうせそんなメッキは簡単に剥がれていくし