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【1分で読める超短編】嗤う女

 由香ゆかがめそめそと泣いている。

 また始まった。いつもの情緒不安定だ。

 この女は、ちょっとしたきっかけですぐに泣き出す。まったく、面倒なものだ。本当にうっとうしい。

 こんな時、俺はいつも、婚約者として一生懸命慰めてやらないといけない。
 週に一度、由香の家へ来て食事をするのだが、このご機嫌取りが大変な手間だ。

 この女が精神的におかしくなったのは、小学生の頃、周囲の気を引こうと思って「自分は霊が見えるし会話もできる」と口走ったことで嘘つきのレッテルを貼られ、いじめを受けたことがきっかけらしい。

 三十歳になった今でもそのトラウマに苦しめられ、気分の上下が激しく、寝る前には焼酎をあおらないと眠れない体になったと言っていた。

 まったく、とことん面倒くさい女だ。
 バカな嘘をついて構ってもらおうとするから、そういう目に遭うんだ。

 ――だが、こういうバカな女だからこそいい。カモには最適だ。

 心に傷を持つ女は、俺のようなプロの結婚詐欺師にとっては垂涎の獲物なのだから。

「どうした? 大丈夫か?」

 耳元で優しく囁いてやった。こうすれば、由香はすぐに機嫌を直す。――はずなのだが。

「全部嘘だったのね。私は、今でも大好きなのに……」

 予想外の言葉が飛んできた。

「嘘? 何がだ?」

 由香が、うらめしそうな声で呟く。

「実は、あなたのスマホを見ちゃったの。それで私、カッとなっちゃって」

 俺のスマホを見た? さっき、トイレに行った時についリビングに置き忘れていった時か?

 スマホには、見られたらまずい情報が色々ある。
 もしや、すでにバレているのか。

 困惑していると、由香がボソリと言った。「後ろを見て」

 言われるがまま振り向くと、そこには、なぜか俺が横たわっていた。

「私が霊と喋れるっていう話、本当なんだ。あなたは、さっき私が殺したの。背後からいきなり焼酎の瓶で殴ったから、まだあなたは自分が死んだことに気付いてないみたい」

 横たわっている俺の体の頭部あたりには、由香が飲み干した空の焼酎の瓶が転がっていた。

 由香が、静かに嗤う。

「でも、これでようやく、あなたは私だけのものになったね。これからもよろしくね」

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