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美容師の日常のこと

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髪の毛のことが日々、気になります。
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#連作短編

びわコラム〜その5 忖度

わずか数時間だが少しは家業に対し、何かしらの手伝いになったのだろうか。 帰る時間になり自分が販売できたビワの数はどれほどだったのかをか頭の中で数えてみる。片手の指で数えることができるくらいだろうか。1パック700円だとして、ざっと2100円といったところか。売るということの難しさを金額に表して見てあらためて感じた。 当然、報酬なんて全く期待はしていなかったが、兄が今日のバイト代だと言い大玉のビワ12個入りを一箱くれた。確か一箱2800円のものである。素直に嬉しかった。単純

びわコラム〜その1 動機

 5月のゴールデンウィークが終ると、僕の故郷である長崎では、約2週間という短い間でのビワの収穫が始まる。兄は家業である農業を継ぎ、1年で最も忙しいこの2週間を親戚の手伝いもありながら、慌ただしくビワを全国に出荷している。最近はインターネットやSNSによる拡散効果もあり、兄が農業を継ぐ以前よりも多くの人に長崎のビワというものを知ってもらい、注文を受けていると聞いている。収穫したものが全国の家庭に届くという事は、美容師である自分が言うのもなんだが,生産者としては喜びの極みでもある

[連載物] ダブルピン〜その3

 さて話を電車の中に戻そう。自分の目の前にいるこの女性の前髪についているダブルピンは「外し忘れ」なのかどうかである。意図的なのか、偶発的なことなのか。彼女の気持ちになって考えてみた。  朝起きて、コーヒーを入れる。卵を焼いている時間はなさそうだからトーストにバターを塗って頬張る。時計を見る。そろそろ化粧をしなければいけない。鏡を見ると生え際のクセのせいなのか、寝癖のせいなのか前髪が浮いている。1週間前に美容室にいって久しぶりに作った前髪は思うようにいかないというのがちょっと

[連載物] ダブルピン〜その2

その女性の前髪にダブルピンがついていた。  これは一般の人が見てもそんなに気にはならない事案なのかもしれない。自分は美容師である。サロンでのダブルピンの存在はカラーやパーマの施術をするときに肩にかけるタオルを首の前で合わせて止める役割を果たしている。日々使っているダブルピンを思いがけない場所で、思いがけないときに見るとやはり気になってしょうがない。気になるポイントとして2つある。まずは、 ①そのダブルピンを美容師以外の一般の人がどのようにして手に入れたのか。あと、 ②な

[連載物] ダブルピン〜その1

 電車は渋谷駅につき、その女性は電車を降りるためにスマホをポケットにいれ態勢を整えた。電車のドアは開き、その女性は自分とは逆の方の階段へと歩いていった。自分は肩を落とし階段を登った。  毎朝、9時17分発の渋谷方面行きの山手線に乗って職場へと向かう。  今日は久しぶりにジョン・コルトレーンでも聞きながら行くことに決めた。  その日は晴れているわけでもない、薄っすらと曇りの天気だった。その時間は通勤ラッシュも終え割とゆったりとした乗車率で、特別な緊張感もない空気感であった