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びわコラム〜その1 動機

 5月のゴールデンウィークが終ると、僕の故郷である長崎では、約2週間という短い間でのビワの収穫が始まる。兄は家業である農業を継ぎ、1年で最も忙しいこの2週間を親戚の手伝いもありながら、慌ただしくビワを全国に出荷している。最近はインターネットやSNSによる拡散効果もあり、兄が農業を継ぐ以前よりも多くの人に長崎のビワというものを知ってもらい、注文を受けていると聞いている。収穫したものが全国の家庭に届くという事は、美容師である自分が言うのもなんだが,生産者としては喜びの極みでもあることは想像できる。そしてそれが、農家としての売り上げをつくるわけだから。

 「今度、日本橋(東京)にある長崎のアンテナショップに2日間ビワ売りに行くよ。」

と兄から聞きスケジュールを見てみると、なんと自分の休みの日ではないか。

「お、手伝いに行くよ」

と即答してしまった理由が2つある。

 その一つは上京して20年以上になるが、収穫した物を毎年送ってもらっているが全然家業を手伝う事ができていないなという、何か後ろめたい気持ちが若干あるということ。もう一つは、物を売るという事を経験してみたいという好奇心みたいなもの。これら2つの理由が、自分を即答させたのだろう。兄が別段、1つ目の理由に対し期待して、自分に言ったわけではない事はわかっている。

 5月中旬を迎え少しだけ湿度を感じるようになり、30℃近く気温も上がってきていたので,室内冷房が強めに効いているであろう事を予測し、長袖を着ていった。 アンテナショップに入るお客様になったつもりで、 ビワを売る上でどのような格好が適しているのか考えてみた。店内をイメージし、どんな人がビワを売っていると良いかなとか。眼鏡をかけていた方が印象が良いのかなとか。ジェルでかちっとするよりかはワックスで自然にスタイリングしていった方が空間にとけ込めるかなとか。自分なりに「できるだけ多く売ってやるぞ」という意気込みを持ち合わせていた。買う人は生産者の顔を見る事で安心感や信用みたいなものが生まれると昔何かで読んだ事があった。 

美容師としてビワを売りにいってはいけないと、当日の朝、強く思った。


つづく


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