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銀のりんご

 昔々ある国に、王さまとお妃さまがおりました。ふたりには三人の息子がおり、一番上はエオリアン王子、二番目はハックブレット王子、末っ子はフィードル王子といいました。
 三人の息子が結婚するのに良い年頃になったある日の夜、王様の夢に貧しい老婆が出てきて言いました。
 「お前の息子たちに、金よりも美しい銀のりんごを探す旅に出るように言いなさい」
 王様はとても賢い人でしたから、次の朝息子たちに、夢で言われた通りのことを命じました。息子たちは旅に必要なものと、それから旅の途中で誰かに力を借りたとき、お礼として渡すための、宝石でできた木の枝を携えて、お城を出発しました。

 三人の王子は、まずお城のずっと北にある、ガラス山を越えることにしました。何日も北に向かっていくと、透き通るガラス山にさしかかりました。山はつるつる滑って、どうにも登るのが大変です。それでも三人の王子は協力して、ようやく山を越えました。そこで三人はぴかぴかした山肌から、美しいガラスを一欠片ずつ折って、持っていくことにしました。
 さらに北へ進むと、今度はごつごつ鉱物だらけのトロール谷にさしかかりました。大勢のトロールたちが邪魔をしようとしましたが、それでも三人の王子は協力して、ようやく谷を越えました。そこで三人はぎざぎざした岩肌から、美しい鉱石を一欠片ずつ折って、持っていくことにしました。
 
 さらに北へ進むと、"昼"と出会いました。
 「私たちは、金よりも美しい銀のりんごを探しているのです」
 王子たちが尋ねると、昼は言いました。
 「お気の毒だが知らないね。"夜"なら知っているかも知れないよ。それからお役に立てないのは申し訳ないから、これを持っていくといい」
 昼は、温かな木漏れ日をくれました。三人はお返しに、宝石でできた美しい木の枝を昼に渡しました。

 さらに北へ進むと、"夜"と出会いました。
 「私たちは、金よりも美しい銀のりんごを探しているのです」
 王子たちが尋ねると、夜は言いました。
 「お気の毒ですが知りません。でもそれなら氷の女王様が知っているかもしれませんよ。それからお役に立てないのは申し訳ないから、これを持ってお行きなさい」
 夜は、まばゆいばかりの星をくれました。三人はお返しに、昼にもらった温かな木漏れ日を夜に渡しました。

 さらに北へ進むと、氷の女王様と出会いました。
 「私たちは、金よりも美しい銀のりんごを探しているのです」
 王子たちが尋ねると、氷の女王様は言いました。
 「お気の毒だけど知らないわ。そういうことなら火の王様が知っているかもしれません。それからお役に立てないのは申し訳ないから、これを持って行きなさい」
 氷の女王様は、決して溶けない氷をくれました。三人はお返しに、夜にもらったまばゆい星を氷の女王様に渡しました。

 ところでこの女王様のお城には、白くきらきらした肌を持つ妖精たちがたくさんいて、女王様のお世話やお城の手入れをしていました。三人の王子がお城をあとにする時、庭で氷の花の世話をしている、寂しそうな目をした霜の妖精を見て、一番年上のエオリアン王子は言いました。
 「なんて美しい人だろう、あなたを必ず迎えに来ます」

 さらに北へ進むと、火の王様と出会いました。
 「私たちは、金よりも美しい銀のりんごを探しているのです」
 王子たちが尋ねると、火の王様は言いました。
 「お気の毒だが知りません。小人たちのところに行ってみなさい、何か知っているかもしれないから。それからお役に立てないのは申し訳ないから、これを持って行きなさい」
 火の王様は、決して消えない灯火をくれました。三人はお返しに、氷の女王様にもらった決して溶けない氷を火の王様に渡しました。

 さらに北へ進むと、小人たちと出会いました。
 「私たちは、金よりも美しい銀のりんごを探しているのです」
 王子たちが尋ねると、小人は口々に言いました。
 「お気の毒だが知りませんね」
 「人魚ならきっと知っているよ」
 「行ってみるといい」
 「それからお役に立てないのは申し訳ないから、これを持って行きなさい」
 小人たちは、知恵を与えるきれいな石のかけらをくれました。三人はお返しに、火の王様にもらった決して消えない灯火を小人たちに渡しました。

 さらに北へ進むと海に出て、人魚と出会いました。
 「私たちは、金よりも美しい銀のりんごを探しているのです」
 王子たちが尋ねると、人魚は悲しそうな目で言いました。
 「お気の毒ですが知りません。真実の井戸を訪ねてください。」
 すると二番目のハックブレット王子が言いました。
 「なんて美しい人なんだろう、僕はあなたを必ず迎えに来ます」

 さらに北へ進むと、真実の井戸がありました。王子たちは、井戸を目覚めさせるために、小人たちにもらったきれいな石のかけらを投げ込みました。
 「私たちは、金よりも美しい銀のりんごを探しているのです」
 王子たちが尋ねると、井戸は言いました。
 「お気の毒ですが知りません。ですがお役に立てないのが申し訳ないから、せめてこれだけでも持ってお行きなさい」
 井戸は、真実を写す鏡をくれました。


 さて、三人はこれからどこへ行ったらいいでしょう。途方に暮れて鏡を眺めていると、末っ子のフィードル王子が、鏡の中にしか見えない柳の木を見つけました。王子は柳に問いかけました。
 「私たちは、金よりも美しい銀のりんごを探しているのです」
 すると柳は、微かなしわがれた声で言いました。
 「それは、空に浮かぶ雲の上にあるのだよ」
 そこで王子たちは、ガラス山のかけらと、トロール谷のかけらで小さな塔を作りました。塔はみるみるうちに大きくなって、あっという間に雲の上まで届きました。

 塔を登ると、そこはどこまでも続く静かな湖で、透き通る空を明るく映しだしていました。王子たちはようやく、銀色に輝く大きなりんごの樹を見つけました。

 ところが一人ずつりんごの実をもいだとき、末っ子のフィードル王子が、りんごを落としてしまいました。王子が湖を探していると、水の中に、銀のりんごを持って眠る女の人が浮かび上がってきました。王子はその人を樹の下に運んできました。すると女の人は、息を吹き返してこう言います。
 「このりんごを、私にひとくちくださいな」
 女の人はりんごをかじると、たちまち美しいお姫様の姿に変わりました。
 「あなたは私を永遠の夢の魔法から救ってくださいました」
 幸せな二人は永遠の愛を誓いました。

 四人はりんごの樹をあとにして、人魚のもとに行きました。
 「そのりんごを、私にひとくちくださいな」
 ハックブレット王子が人魚に銀のりんごを食べさせると、人魚はたちまち美しいお姫様の姿に変わりました。
 「あなたは私を恐ろしい魔法から救ってくださいました」

 五人はまた冷たい海をあとにして、霜の妖精のもとに行きました。
 「そのりんごを、私にひとくちくださいな」
 エオリアン王子が霜の妖精に銀のりんごを食べさせると、たちまち美しいお姫様の姿に変わりました。
 「あなたは私の心を寂しさから救ってくださいました」

 いま、昼の太陽は宝石の枝を光らせ、夜の星は木漏れ日と一つになって明るさを増し、氷はまばゆい星のようにきらきら輝き、火と氷が理解し合い、小人たちは勇気の灯火を眺め、井戸は知恵を授ける不思議な水をたたえています。王子たちは、本当の「金よりも美しい銀のりんご」を見つけました。そう、世界が少し、美しくなったのです。

 こうして六人は、王子たちの王国に帰りました。王さまとお妃さまはとても喜び、何日も続く盛大な宴と舞踏会を催しました。もしまだみんなが生きていたら、きっと今でも楽しく踊っていることでしょう。

おしまい

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挿絵No.1
「何日も北に向かっていくと、透き通るガラス山にさしかかりました」


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挿絵No.2
「火の王様は、決して消えない灯火をくれました。三人はお返しに、氷の女王様にもらった決して溶けない氷を火の王様に渡しました」

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