見出し画像

【障害者福祉×デザインの挑戦①】真のバリアフリーに向けた湘南とまと工房の挑戦【食べるトマトジュースを全国へ】

2016年から始まった障害者福祉×デザインの挑戦

今でこそ、福祉施設の障害者が作る製品にデザイナーが介入し、商品の質を上げるということも珍しいものではなくなってきましたが、それでもまだまだ一般的になったとは言えない状況ではないでしょうか。

私たち夫婦デザイナーのNOAH-Presso(ノアプレッソ)もこれまで、一人でも多くの障害をお持ちの方の経済的自立社会全体の「心のバリアフリー化」を目指し、様々なデザインをしてきました。
そこに至るまでの要因としては、妻あゆみの弟が知的障害を持つ障害当事者であったことが挙げられます。
彼女自身が障害者の経済的自立を支援するためのコンサルタントとしてキャリアを積んできたことが大きなバックグラウンドとしてあり、NOAH-Pressoの理念すべての人が理想の人生を送れる社会」の形成に大きく影響を与えたのです。
そんな私たちのもとに、ご縁あって社会福祉法人進和学園(神奈川県平塚市)の商品デザインをご依頼いただいたのが2016年のことでした。

「知る人ぞ知る」からの脱却を目指して

「こんなに濃厚なトマトジュースがあったんですね。」
福祉工場にお邪魔して試飲させて頂いた私たちはその美味しさに思わず唸りました。「こんなに美味しいジュースが売れない訳がない。」そう思ったことを今でもよく覚えています。
地元・湘南産トマトだけを使った塩も水も加えない無添加100%のとまとジュース。

しかし、ジュースの売上げや知名度は芳しくありませんでした。私たちにご依頼いただいた時には、地元の一部スーパーレストランで使われる程度で、よく言えば「知る人ぞ知る」トマトジュース、言い換えればほとんど無名という地位にとどまっていました。ネット通販(楽天市場)での販売も開始していましたが、利益を出すには程遠い売上げでした。
その要因はやはり当時のデザイン(消費者の目に直接触れる部分)にあったというのが、私たちと進和学園の職員の皆さんとの共通する認識でした。

「なんとか売上げを伸ばして、施設を利用する障害者のお仕事として、自立就労支援につなげたいんです。利用者(※施設を利用する障害当事者の方の呼称)ご本人はとても熱心にやって下さっているのですが。」施設の職員で食品加工グループのリーダーの方が、熱い想いを伝えてくださいました。

リニューアル前のラベル

客観的な視点で現状のパッケージや商品ページを見たときに、商品の強みやトップの熱い想いが伝わってくるようなデザインになっているとは言い難いものでした。消費者に向けて自分たちの魅力をどうやって訴求していけば良いのかわからないため、ブランド全体のイメージやデザインのテイストの一貫性を取っていく。そのためにまずは、チーム全体のコンセンサス(合意)を形成していく、それが最初の重要課題でした。

障害者福祉施設に内在する課題

月1~2回開催される商品開発会議。参加者は、食品加工のチームを率いる職員の方5名。日中の仕事が終わりの謂わば「残業」の時間で開催される会議なので、職員の皆さんの負担も相当なものであったと思います。にもかかわらず、皆さんがとても熱心に意見を出し合って下さいました。

ここで、福祉施設の抱える内在的な課題というものに触れておきましょう。
一般的な企業の商品開発担当者であれば、パッケージデザインの改良によって商品の売上を伸ばすことは社員自身の実績であり、もちろん給与のアップに直接繋がりやすいことでしょう。

しかし、福祉施設の職員はそうとは限りません。
職員は利用者の日中支援(障害の程度にもよりますが、生活や身の回りのお世話という介護的な面も大きいです)と障害者の工賃(毎月支給されるお給料のようなもの)を稼ぐための支援を必要とされます。
商品パッケージのデザインを改良して例え売上げが伸びたところで、利用者の工賃は上がれど、自身の給与にはさほど変化がない。だから、そもそも職員は売上げに対する関心がない。結果として、いつまで経っても工賃アップに繋がらない。という「負の連鎖」が往々にしてありがちなのです。もちろん全ての福祉施設がそうではありませんが、一般的な福祉施設が抱える構造的な問題というものが確かに存在するのが実情なのです。

そのため、福祉施設の商品開発は職員さんのやる気に依存する面が大きいのです。

しかし、進和学園の職員の皆さんはその点、最初から非常にやる気で熱意をお持ちでした。給与とか自身の保身などは関係なく、純粋に自分たちが作るものでお客様に喜んで貰えるものをもっとたくさんの人にお届けしたいという気持ちが強かったように感じています。

進和学園「湘南とまと工房」の食品加工グループのみなさん(しんわルネッサンス)

ただし、「やる気があってもやり方がわからない」これが私たちが関わらせていただく前の、大きな課題であったように感じます。具体的にどのような改善を施せば売上げに繋がるのかが福祉の視点からだけでは見えなかったのです。

1年の準備期間を経てブランディング「湘南とまと工房」ブランドの立ち上げ

会議を重ねた結果、チームとしてまとまったブランド名は
「湘南とまと工房」

タグラインは
「食べるトマトジュース」

新パッケージのイメージは、
「ナチュラルでロハス、鎌倉などのお洒落なセレクトショップに置かれても、見劣りしない可愛くて手に取りやすいデザイン」

どんな場所に置いてもらう商品にしたいか、どういう方が手に取ってくれるのかという具体的な最終ゴールのイメージを共有できたことで、逆算して今すべき改善策が見えてきたのです。

そしてなにより一般的な福祉施設が陥りがちな「可哀想な障害者が作ったものなので買ってください」という「お涙頂戴」を押し出さず、ジュースの味や品質という本来の魅力で勝負したいという想いが根底にありました。

それらを踏まえてNOAH-Pressoで制作したこちらのデザインができあがったのです。

NOAH-Pressoがデザインを手がけたリニューアル後の商品(ジュース・ジャム・ピューレ)

売上げの改善と知名度の上昇

デザインの改善以来、楽天ショップでの売上げは右肩上がりとなり、当初の目標としていた売上げ金額も順調に達成することができました。

楽天市場全体での清涼飲料水部門でもカゴメなどの大手メーカーを抑えて第1位を記録するほどの売上げを記録した日もありました。

湘南とまと工房のトマトジュースを持ち笑顔の職員さん

TVや雑誌で取り上げられる機会も増え、通販以外の販路も拡大していきました。箱根の星野リゾート、横浜中華街の大世界、渋谷のトランクホテル、神奈川県内の百貨店さいかや…等々。単に「障害者が作った商品」としてでは届かなかった客層にまで、あくまで「美味しいとまとジュース」として今日もお客様を魅了しています。

真のバリアフリーへ向けた挑戦は続いている

障害があろうがなかろうが、その人たちの想いが詰まったものをデザインの力でお伝えし、お客様に届ける。

それが私たちにできる本当のバリアフリーなのではないかと、私たちNOAH-Pressoは感じています。

売上げが伸び、商品作りが忙しくなることは、作り手である障害者の方のやる気や生き甲斐にも直結しているようです。忙しく充実した様子を職員さんが嬉しそうに語って下さいます。

コンテンツをつくる人と、デザインする人は分業制ではなく、共創していく関係になる。私たちにとってもそのことを再確認させて頂いた重要なプロジェクトとなりました。

まとめ -NOAH-Pressoが大切にしたこと-

Step1 (What is source of energy)
湘南とまと工房の核となる熱い想いは、
「障害の有無に関わらず、働く喜び・役に立つ喜びを感じたい。」
社会とつながっていることを実感したいという、人間の本能的な欲求でした。障害者福祉が目指す自己実現の一つのカタチ。それが湘南とまと工房の魂の声です。

リニューアル後のラベルデザイン完成で記念撮影

Step2 (What can we do by our own energy?)
世の中にどんな貢献ができるのか?
無添加100%の美味しいトマトジュースをつくることができる。障害をハンディではなく個性と捉え、チームワークや道具の工夫で補いあうことができる。指の皮が固くなるほどに、トマトのヘタを取り続ける人。大釜の熱さに負けず、何時間もかき混ぜ続けることのできる人。ラベルを正確に貼リ続けられる几帳面な人。充填、計量、打栓、拭き上げ、運搬を目にも留まらぬ速さで行っていく熟練のチームワーク。一人ひとりが誇りを持って自分の仕事に取り組む姿は、まさに日本の「職人」そのもの。世間の抱く「可哀相で無力な障害者」の姿はそこにはありませんでした。

熱さに耐え大釜をかき混ぜ続ける利用者ご本人

Step3 (The way to deliver voice) 
ラベルデザイン、WEBデザイン

ブランディングを行うときに最も気をつけたこと、それは「障害のある人が頑張って作ったものだから買ってください」という、同情に訴えかけるような、ステレオタイプな福祉像から脱却すること。あくまで純粋に高品質で美味しいトマトジュースを全国に届けたい。そんな湘南とまと工房の声を正しく届けるためのデザインを心がけました。福祉の商品であることはあくまで補足的な情報としてWEBやチラシに載せることにとどめました。

通販サイト商品ページに掲載したバナーデザイン(NOAH-Presso)

最高の人生を、最高のデザインで。

ーー自分らしい人生を送りたい。
ーー誰かの役に立ちたい。
人生の目的は人それぞれです。

これからはますます多様性の時代がやってくるでしょう。
すべての人がエネルギッシュに生きられる最高の人生を送ることができる社会。そんな社会の実現がNOAH-Pressoの願いです。

最高の人生を、最高のデザインで。
(NOAH-Presso 代表社員 大矢野範義)

こちらのYouTubeの動画で、
「湘南とまと工房」の食品加工グループの皆さんの実際の作業風景が見られます。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?