第七章 愛梨⑧
「寮に帰らせた」
「そっか……」
涙は、寮に住んでいたから愛梨の家に入り浸っていたのか。
なるほど。
「……で、話せる?」
あたしは、優しく愛梨に問いかけた。
突然、愛梨が泣きだした。
それも、号泣といった言葉の方が似合うほどに。
あたしは、訳が分からなくなって……。
「ど、どうした?愛梨……愛梨……」
愛梨が泣き止むのを、待つ事しかできずにいた。
ソファに座る事もなく、じゅうたんの上に泣き崩れる。
あたしは、そんな愛梨に手を触れる事さえできない。
愛梨は、一向に泣き止む気配がない。
あたしは、さすがに困り果ててしまう。
「愛梨……話してくれなくちゃ、あたし何も分からないよ」
「……梨紗……あたし、HIVに感染してるんだって……」
「……え?」
「エイズって事!エイズなんだよ、あたし!」
号泣しながらも、はっきりとそう言う愛梨。
あたしは、思わず愛梨の泣き顔を凝視した。
「嘘……本当に?健康診断の結果でそう言われたの?」
「血液検査して……HIVウイルスに感染してるって……」
「……」
何の言葉も出てこない。
どう声に出したらいいのか、分からなかった。
嘘でしょう?
愛梨が?
また、身近でこんな事が起きるなんて……。
「な、何でエイズになっちゃったの……?」
自分で質問して、間抜けな質問だと思った。
「色んなホストとやってたもんあたし……誰に移されたのかも分からないし、いつ感染したのかも分からない。あたし、もしかしたらエイズを広めまくってしまったのかもしれない」
嘘……。
どうして、こんな事に……。
嘘だよね?
相手が誰かすらも分からないなんて。
いつ、感染したのかすら分からないなんて。
「涙だったら……最後にやったのは涙だから、涙から感染した事になるけど……もっと前に感染していたとしたら、あたしは涙にエイズを移した事になる。他のホストにも……ううん、涙から移ったんじゃない。潜伏期間があるんだから。もっとずっと昔の話だ……」
ホストもキャバ嬢も、風俗嬢だって、今の若い子達の間では、性交渉で簡単にHIVに感染する。
簡単にエイズになるのだ。
それも、知らないうちにどんどんどんどん感染させていく。
あたしにだって、そのくらいの知識はある。
けれども……。
信じたくない。
こんなに身近で、こうしてエイズは広まってゆくのか。
皆、自分がエイズだなんて思いもよらずに他の人とエッチして……。
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