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自由自在に 流れ 巡り

水が
柔らかくなったなぁと
感じる。

湯船につかった時もそうだけど
分かりやすいのは
脱水終わった洗濯物を取り出してる時で
先月後半あたりから
なんとなく。

からまった衣類をほどきながら
ハタハタと空気を通し
簡単に折りたたんで
干す場所に持っていくのだけど
空気を通すのに衣類を持ったときに
その柔らかさが伝わってくる。
ゴワゴワ感が ない。
寒くなってきたこの時期なら
逆にゴワゴワしてもよさそうなものなのにな
とか思いながら
その柔らかさを
愉しむ。

水というのは
ある意味すべての媒体だと思っていて

冷やせば固まるし
熱すれば気体になって
液体でもあり
あらゆる形に変化(へんげ)するから
面白い。

そして
なくならない。
常に変化しながらも
なくならない。

気体になれば
あらゆる所へひろがり
雲になったり
雨になったり
空気中にも隠れてたり
その空気を
ニンゲンは呼吸してて
つまりは
飲む という以外でも
色んな形で
身体にも入ったり出たりしてて
植物はもちろん水でも生きてるし
自然界すべても然りで。

お料理をする方のエッセイで
「お野菜の泥は無理にゴシゴシ取らないでお水につけておく。そうするとお水がゆるめてくれるから簡単に落ちる。皮との美味しいところまで落とさないですむ。」
と書かれていたのをかなり昔に読んで
ゆるめる ってすごいなぁと思ったっけ。

茹でることで
水分含んで美味しくもなれば
蒸かすことで
美味しさがギュッと詰まったりもする。
自らのカタチが変わることで
その時その食材の
つまりは相手のカタチも変えて
その よさ を引き出してもくれる。

固くなったものもゆるめるし
凍る事で
ゆるんでたものを固くすることも。
何かを温めたり冷やしたりも出来て

そして
どんなものにも所にも
寄り添うことができるもの。

自らが変化するといっても
その変化にはまわりのチカラが必要で。

そして何よりも
留まっていると
幾ら万能な水であれど
よどんでしまうということ。

よどんでしまうのが悪いことではないし
それも変化のひとつだけども
よどんだ時には
ヌメリだったりニオイだったり
何故だか
「嫌だなぁ」と感じることの方が多いから
やっぱり澄んでるほうが
気持ちいい。

流れているというのは
生きている
と言うこともできるし

常に変化し流れて
あらゆるカタチになれて
でもそれに固定はされなくて
あらゆるものに変化もほどこし
そしてすべてを繋げている。

自らに転写し
めぐらせるもの

みず。

すてきね。

ありがとうございます。 お受けしたサポートのお気持ちは、この巡りのなかで循環させられるよう、ありがたく使わせて頂きます。感謝致します。