kitoma

わたしという個性を通して体現することがヨロコビです・ 安らかさ穏やかさからの自分宇宙へ…

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わたしという個性を通して体現することがヨロコビです・ 安らかさ穏やかさからの自分宇宙への転換です ◾各snsはこちらから  https://lit.link/kitoma

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    「食」のnote記事ストック。作ってみたいレシピや素敵な記事、「食べる」のあれこれ。

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    同じモノを観ても、見え方感じ方はさまざま。 こんな風に見て感じる瞬間も。

最近の記事

いつくしむ

慈しみなさい 自分自身を 己を 慈しみなさい 誰よりも 何よりも 慈しみなさい 惜しむことなく 限ることなく 慈しみなさい それが いま 自分が出来うる 最善のことであり 最大のこと 限りあるもの から 限らないもの へ あなたのそこにねむる むげんのせかいへ

    • さあ本気と全力で

      斜面に造られた公園があって 大樹もいっぱいあるのだけれど 勾配があちらこちらにあったり池があったり急な坂道階段があったり 広さ的にはマンション1つ分くらいなのだと思うけど 近場ではちょっと珍しいタイプの公園 久しぶりに通りかかったのでちょっと休憩がてら散策していたら 小学生の男の子10人くらいが盛大に鬼ごっこをやっていた なんたってちょっとしたアスレチックみたいな場所だから 平面で逃げるとかではなくて斜面の上の方へ昇ったり池の周りの回廊を抜けたり なんだか見てるこっちの方

      • 装いを外したところにあるもの

        バスの中で着物姿のご婦人が乗られて来て 斜め前に座ったその方は 背もたれに全てを預けることもなく シャンと背筋を伸ばされて でも窮屈そうでもなく 無理のない姿で揺られていた おそらくなのだけど その方は着物を着慣れていて無理がない あー美しいなぁ と思い 失礼のない範囲で眺めていたけれど 何だろう 所作が美しいのかな 最近は若い人も着物を着てる姿よく見かけ それはそれで綺麗ではあるのだけど 美しいとはあまり感じなくて それは 洋服と同じように 着こなしているからなのかも

        • 色んな揺さぶりが起きている

          あのね どうしたらいい っていうのは ないんだヨ どうしたらいい っていうのは 思考の範囲だから じぶん じゃないよね どうしたらいいって方法の答えを貰って 安心したいんだよね そうすれば 少し楽になる気がするから でもね 本当に求めている 安心 は そういうのじゃないっていうのは もう分かっているでしょう? 心のどこかでそれが分かっているから だからなーんかチグハグになっちゃうのヨ じゃなきゃ 以前のように 何かしらの解決案を見つけて そういうのが出て来てるん

        いつくしむ

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        記事

          東京の杜 明治神宮

          結構なお久しぶり具合で明治神宮へ 今回は北参道から入ったのだけど もう入口の少し前から空気が変わり 気持がいい どの参道から入っても本殿までは だいたい10分くらい歩く 毎回すごいなーと思うのだけど この参道を歩いて行くうちに 身体の滞りがどんどん抜けて行って 本殿に着く頃にはある程度整えられている 今回は上から段々下へ通って行く感じがして 真ん中の軸がお掃除されていくような そんな感覚を味わいながら本殿スペースへ 私にとって本殿のスペースは もう異次元空間のようで

          東京の杜 明治神宮

          その奥深くではものすごい変化

          例えば今まで立ち向かえなかった事に ちょっと留まる勇気を持てて 纏わりつく今までのあれこれに絡まれながらも その一瞬の安らかさを見つけられて そこから湧き出たものを また勇気を振り絞って行動できたとき その心地よさから来たものを 取りあえずは信じてみようとなったとき その行いが 何も変わらなかったとか 何も成果がなかったとか そんな風に見えたとしても 自分の中から何か出たとか 急な変化が感じられたとか そんなものがなかったとしても 表面上は全く変わらず 何でそうしたん

          その奥深くではものすごい変化

          ありがとう が降りそそぐとき

          その日乗ったバスは心地よさであふれていて 松葉杖をついた若い女の子が乗って来て 両手ふさがっているので料金タッチするのも 一回立ち止まってとかなのだけど 運転手さんも乗客の人たちもゆっくり待っていて その子がちゃんと席に座れてから 扉が閉まってバスが走り出す 別のバス停で補助具を頼りに歩けるくらいの 老年男性がお一人で乗って来たけれど とーってもゆっくりな歩みなのだけど やっぱり席に座ったのを確認してから 扉が閉まり発車する 時折耳にする 「危ないからつかまってください

          ありがとう が降りそそぐとき

          崩れて失うのではなく 崩せて現れるもの

          本当に色んな事がその人なりに起きていて その出来事に大小は無く優劣もなく ただ分かっているのは それはその人完全オリジナルで その人にしか体験できない出来事で そして それを別の角度から観ると それをその人が経験してくれている とも観ることが出来て その人がそれを経験してくれているから 自分は別の出来事を経験する事が出来て その経験に どちらがいい というのはないのだけど そしてそれは 他の誰かからしてみてもそうな訳で 自分が出来ていない経験は 誰かを通して感じることは

          崩れて失うのではなく 崩せて現れるもの

          満開の姿は充分味わったからまたね

          今年も桜の季節がやって来て 花咲く桜に会いに新宿御苑まで行って来た 覚悟はして行ったけれど やっぱり凄い人出でどーにもこーにもで 桜たちは見事に綺麗だったのだけど もう来年からはいいかなとちょっと思ってる まあ来年になってみなきゃー分からないけれど 苑内であまりの疲れ具合に 人混みだけにしては何でかなーと思っていたけれど 世界各国の人たちが桜の周りに集まっていて みんな笑顔ではあるのだけれど あれだけ違う人たちが集まるとエネルギー的にもワチャワチャしてて どうもそれに当て

          満開の姿は充分味わったからまたね

          その響き始めているもの

          4月に入って暖かな日も増え 風の香りも変わり 動き というものが出て来たなあと感じます まだ本格的稼働ではないけれど 自分の中に 動きたい という そんな思いが湧いて来たり 外へ出る足取りも軽くなってきたり 暖かい ということは すごいなあーと思うのです でもこれも 寒さ というものを 感じていたからこその 暖かさ であって ずっと暖かであったならば この感覚にはならんのですから つくづく日本の四季というものの 素晴らしさに心躍ります そして動物たち等の 冬ごもりや

          その響き始めているもの

          大きなチェンジの3月暮れる

          大きなチェンジの3月暮れる

          満ちた から 満ちていた への移り変わり

          すっかり気にしなくなっていたけれど今日は天秤座満月だったのね しかも月蝕でもあるらしい 春分前からエネルギー的にもずーっとパワフルだから 新月満月とかの濃淡があまり感じられなくなっていて 今回も何かを見て満月なんだと気が付いたくらいで この前の新月からもう2週間も経ったのかと驚いちゃう データーアップデート的なものが強くて どんどん脱皮して生まれかわっているのが毎瞬繰り返されているようなそんな感じもして 夜寝て朝目覚めると ”昨日”はもうどこかへ行っちゃっている それだ

          満ちた から 満ちていた への移り変わり

          どれもこれも いま をみるためのもの

          ざっくりグルテンフリーは続いていて一ヶ月半を過ぎたくらいなのだけど 先日出先でそこしか売っていない好きなパンがあって久しぶりに買って食べた 久しぶりのパンで感激するのかと思ったらそうでもなくて あれ? という感じで 食べて少ししたらお腹が鈍くなってきてピーっとなっちゃった 結構お腹は丈夫で痛くなったりゆるくなったりすることが普段ほとんどないから 普段と違う事したっていったらパン食べた事くらいしか思い当たらなくて いや パン自体がどーだったとかいうのではなくてね でも少し

          どれもこれも いま をみるためのもの

          どちらにも傾きすぎないを感じる日

          午前中は本当にいい天気でのどかで 昼過ぎから曇り始め雨が強く降って風もぴゅうぴゅう 夕方晴れ間がまた見えてでも風は強くて なんともくるくる天気が移り変わる春分の日だった まるで一日に色んな天気をぎゅーっと詰め込んだような変わり具合 春の始まり この天気のようにくるくると色んなことが巡りそうね 昨日は初めてのお花屋さんへ飛び込んだのだけど 値段見ないで買ったら自身史上切り花の最高額で(笑)本数とかではなくて単価が高いお店だったみたい どーりでとっても素敵な元気なお花たちばか

          どちらにも傾きすぎないを感じる日

          瞬きよりも短い永遠のさなかで

          いま ここで起きていることが すべて 呼吸が出来ている あたたかな部屋に居る 美味しくご飯を食べることが出来る ネットに繋ぎ文字を打つことも出来る なによりも 生きている 生かされている 自分で頑張って来た気がしながら 実は何ひとつ 心臓ひとつ自分では動かせないのだけど けれど こうやって 何故だか いま生きている もうこれで じゅうぶん どうなるかは分からないし 分からないって事だけ知っている もう「自分」では沢山遊んだし いっぱい経験したと「思えて」

          瞬きよりも短い永遠のさなかで

          はらわれて あらわれる

          春分が近いからなのかよく分かりませんが 先週あたりからエネルギーがやたらパワフルで 日を追うごとに強くなっているように感じます 強風の日がやたら多いのも気になっていたのですが いつもの神社でわっさわっさと枝をしならせながら強風と共に動いている樹々を見ていたら 禊なんだなーと感じます 突風でもう要らんものらを禊でいる 禊と言うと何だか仰々しいですが 溜まっていたホコリを払うとか消化不良のものらを流すとかそんなイメージです 強風や突風により 奥の方に入ってしまっていたホコリ

          はらわれて あらわれる