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短編小説 「アナーキー・イン・ザ・ CC(コールセンター)」

手段を考える必要がある。
目的を明確にして、それを妨害してくる奴らを特定する。
俺は中指を立てて主張する。
「お前の指図を受けるつもりはない。俺の人生は俺が決める」
毒された全ての大人達へ。
「奴らにコントロールされ尽くした気分はどうだい?AIも真っ青だろうな」
俺たちをロボットにしようとする、国家、大企業、ブルジョアジー。
金も名誉もくれてやる。
どうせ俺には無縁だからな。
でも、残念でした、俺は自由だ。
Do It Yourself。
俺は俺のやり方でお前達に宣戦布告する。
俺は弱者の言葉に耳を傾けて同志の心を解放する。
だから、この仕事に就いたんだ。
消費者を嘲笑い、ちんけな製品を大量生産するこのクソ企業。
 俺は大企業のコールセンターでフリーアルバイターとして働いている。

「お電話ありがとうございます。株式会社〇〇カスタマーサービスセンターです。」
『もしもし。おたくの商品買ったんだけど、電源すら入んないんだけど。これどう考えても不良品でしょ?昨日買ったばっかなのにありえないでしょ?』

大企業はややこしい取扱説明書を作るだけで満足しやがる。
高い金を巻き上げていながら、全然お客様のことなんか考えちゃいねぇ。
俺はこうやってお困りのお客様の魂の叫びを受け止めて一緒に解決してやりたい。

ここで大切なのは解決に急ぐことではない。
まずは、お客様の不満を全て真摯に受け止めることだ。
長い時は30分ぐらい声を荒げて訴えてくることもあるが、俺もその気持ちは分かる。
こんなクソみたいな企業がこの世界を牛耳ってるんだから無理もない。
悔しいが国家も大企業も俺の力ではぶっ潰せない。
俺が出来ることは消費者の魂の解放。
アナーキーな叫びに共感してやりたい。

でも、今回の電話はすぐ解決となった。
お買い求め頂いた商品は購入時点では充電がされていないため、ご使用前に一度充電をしないと駆動致しません。

『あっ、そうなの?でも、買う時に店員はそんなこと教えてくれなかったけどな。まぁ良いわ、ありがとう』

そういってお客様は電話を切られた。
販売員の教育もろくに出来ねぇのかよ。
俺はこのクソ企業の粗を補って消費者の不満を軽減してやりたい。
PUNK精神で上流階級に立ち向かう。
これが俺のやり方だ。

18時30分。
「お疲れ様でした」
『あら、お疲れ様〜。ちょうど良かった。またなんだけどこれ貰ってくれない?』
「ありがとうございます。いつも助かってますがこんなに良いんですか?」
『勿論よ。収穫が間に合わないぐらいだからいくらでも持ってって頂戴』

俺はオーガニックの物が好きだ。
人気俳優を起用して魅力的に取り繕った広告で消費者の目をひき、添加物まみれの商品を喰らわす食品メーカーを許すわけにはいかない。
誰が身銭を切って自分の身体を蝕みたいと願う?
確かにたまに食うカップ麺は悪くはない。
ノンフライ麺の生麺に近い食感には企業努力を感じないと言っては嘘になる。
でも、奴らに俺たちの健康を任せてたまるか。
俺の身体は俺が守る。
今、土の付いたえんどう豆とアスパラガスを紙袋に入れて手渡してくれたのは同僚のおばちゃんだ。
女性に年齢を聞くのは野暮だから知らねぇけど、多分60歳手前ってところだろう。
話によると彼女もオーガニック思考らしく畑で栽培している野菜達には農薬を使ってないらしい。
おばちゃんのにこやかな表情の裏に、俺はパンクを感じている。
親子ほど年の離れた俺たちだけどシンパシーで惹かれ合ってるんだろうな。

でも、俺が寝坊して髪をセットしなかった時に「米○玄師に似てるね」って言われた時はちょっとムカついた。
俺はシド・ヴィシャスに憧れて黒髮を貫いてるのに、あんなのと一緒にされちゃがっかりだ。
確かに米津の音楽も悪くはない。
亡き恋人への想いをスウィートなメロディーに乗せたあの曲は胸に来るものがあった。
聴き終わった時に涙が零れなかったと言えば嘘になる。
でも、一つだけ確実なことがあるぜ。
奴の音楽はパンクじゃねぇってこと。

野菜の入った紙袋を両手に持ち、帰り支度をする俺をセンター長が呼び止めた。
『ちょっと良いかな?』
奴は俺に仕事を仕込んでくれた恩師だ。
本社の人間は気にくわねぇが、奴は少し違う。
でも、勤務時間が過ぎてからの拘束はルール違反だ。
俺はいつだって縛られたくはない。
まぁ帰っても特に用事はない、仕方ねぇから要件を聞こう。

『早速本題なんだんだけど、正社員として働いてくれないか?君の仕事ぶりは他のスタッフにも良い見本となっている。君のように若い世代が引っ張っていってほしいんだ。』
俺が正社員に?
悪い冗談はよしてくれ。
確かに、何をやっても続かなかった俺にとってこの仕事は天職だと自負している。
一般の高校に馴染めなかった俺は、定時制の学校に移りバイトに明け暮れる毎日。
そんな時に出逢ったのがリチャード・ヘルの名曲「ブランクジェネレーション」だった。
「俺は空白の世代なんだ」なんてデタラメな詩をがなり立てるヘルが発散するエネルギーに俺は励まされた。
何とか高校は卒業したが、それでも俺みたいな奴は誰からもまともに相手にはされなかった。
だからと言って、この話を易々と受け入れるのは危険だ。

「正社員になるとどのようなメリットがあるのでしょうか?」

どうせ会社の犬にされて、動けなくなれば捨てられて負け犬だ。
受話器を持つ腕も人と話すための喉も擦り切れて遠吠えすら出来なくなる。

『福利厚生については話すと、、、』

奴はベラベラと話し始めた。
そんな上手い話があるか?
会社の犬にさせるためには手段を選ばねぇのか?
奴の口から出る魅力的な安定した未来が俺の頭の中で具体し映像化され始めた。

『そして一番変わるのは、君の声が会社に通りやすくなる。要するに、この職場を君の指揮で動かせるようになるってこと。スタッフにとって、お客さまにとってより良い職場にしたいって前に言っていただろ?』

FU◯K!! 素晴らしいな。
それは俺が一番願っていたことだ。
お客様の声を邪気に扱うスタッフが多いことは前から気になっていた。
コールセンターに必要なパンクスピリッツが足りないんだ。
俺の思い通りか、畜生、乗ったよ。

『願ってもない良いお話です。是非ともお受けしたいです。』

俺もとうとうメジャーデビューか。
ピストルズだってEMIと契約したんだ。
パンクが金になるのは昔からだろ?
母ちゃんに報告してぇ。

『それは良かった。ただ、正社員になるためには本社との面接が必要だ。君の勤務姿勢と受け答えの良さから考えれば問題なく正社員になれるとは思うんだ。ただ、君も分かっているとは思うけど、社員は皆んなオフィスカジュアルな服装で出勤しなければならない。髪型もそれに見合ったものを求められる。』

何だって?

『いつも個性的なファッションをしているからこだわりがあるんだと思うけど、大丈夫だよね?』

F◯CK!!!! ふざけるな!!!!
俺にとってこれは正装であり戦闘服なんだ!!!!
マニュアル通りの対応でお客様の心の叫びに真摯に向き合えるわけがない。
何が正社員だ。
社会保険が何だ。
有給休暇が何だ。
健康診断が何だ。
資格取得支援が何だ。
提携スポーツクラブ優待割引が何だ。
まとめてドブに捨ててやる。
魂を売ってまで手に入れる価値はねぇ。
ふざけやがって。
俺は今年で25歳になる。
パンクと出会ってもう7年経つが俺のファッションは洗練されつつある。
最初は家にあったロングTシャツ適当に引き裂いて安全ピンで止める乱雑なものだったが、今では裸に革のダブルのライダースを羽織るスタイルに落ち着いた。
シルバーアクセと缶バッチはその日の気分で変えている。
今日の缶バッチはCRASSのロゴだ。

「センター長、御言葉ですが私のファッションは見かけ以上に大切なマインドが備わっています。これが私の紳士服です。さらに言わせ」
『悪い話じゃないと思うよ。すぐに答えなくて良いから少し考えてみて』

俺の言葉を遮って奴は話を切り上げやがった。
コールセンターのトップが人の話を遮るなんてあり得るか?
呆れて言葉が出ないね。
結局大手企業は形ばかりで中身がスカスカだ。
許せるはずがない。

俺は完全に頭に来ていた。
この衝動はパンクの域を超えている。
俺は携帯で開いて職場から近い美容院を調べて予約した。

美容師は何度も俺に確認したが、今の俺を止められる奴はいない。
鼻先の延長線上、5センチ幅の毛髪を残してそれ以外を0ミリで剃り上げたモヒカンスタイル。
2回のブリーチを施し、絵の具のようなオレンジ色に染めたハードコアスタイルだ。
俺はいつだって反逆者でいたい。
右向けと言われれば左を向く、頷けと言われれば顔を横に振る。
そんな男だ。

街ゆく人の視線を集めながら、帰路に着くためにバス停へ向かった。
大丈夫。
俺は一般市民を傷つけることはしない。
権力者の眉をひそめさせたい。
それだけだ。

『お!!兄ちゃん懐かしい格好してんじゃん!GHOULのMasamiみてぇなよー!』
薄くなった頭髪は白髪混じりでうねりながら肩につく程に伸びている。
履き古した黒のブーツに膝の擦り切れたタイトなジーンズ、首元が伸び切ったランニングシャツの上にオーバーサイズのミリタリージャケットを羽織った浮浪者風のおっさんに声を掛け掛けられた。

「え、あ、ありがとうございます。グールのまさみさんとはどなたですか?」
『は!?Masami知らねぇの!?兄ちゃん見せ掛けのパンクスかよ!!俺が日本のパンクについて教えてやっからちょっと付いて来い!!』

面倒な人に絡まれた。
ただ、日本のパンクには関心がある。
おっさんに連れられて近くのファミレスに向かった。

おっさんは煮込みハンバーグにライス大とドリンクバーが付いたセットを注文し、『兄ちゃんも何か食うか!?』と聞いてきたが、今日はナチュラルなものしか口にしたくなかったからコーヒーだけにした。

食事が届くまでの間、おっさんはコーラを片手に熱弁を始めた。
『パンクっつーのはな!アメリカで生まれてイギリスに渡っただろ!その時点でな、、、、!!』
『結局ピストルズなんかはただの商業主義のバンドでよ!!マルコム・マクラーレンの奴がよ、、、、!!』
8分経ったところで煮込みハンバーグがテーブルに運ばれた。
おっさんの全神経はそのハンバーグに注がれ、さっきまでの気迫溢れる演説が嘘のように黙々と喰い始めた。
10分程でしゃっぷり上げるや否や店員の呼び出しボタンを押し、追加のフライドポテトをオーダー、俺はドリンクバーにコーラのお代わりを注いで来るように命じられた。
コーラを手渡すとおっさんはさらに気迫を増して演説を再開した。

『でも、本当の始まりはなDischargeからや!!要するに兄ちゃんがやってるその頭!!ハードコアこそが本当のパンクなんや。』
おっさんは少しトーンを落として日本に於けるハードコアの歴史をコンコンと語り始めた。
確かにおっさんはパンクからハードコアまでの歴史に関しては博学だ。
GAUZE、GISM、ZOUO、OUTO、SOB、CONFUSEなどの世界を牽引した国産のハードコアバンドについては非常に勉強になった。
俺が例えられていたMasamiさんはブルーハーツの「僕の右手」のモデルになった人らしい。

確かに勉強にはなるが、このおっさんは何なんだ?

一通り話し終えると、おっさんはとうに冷めてしまったポテトを摘まみながら自分の不幸話を始めた。
要約すると、
自分はそういうパンクスに憧れて生きてきたけど結局何も成し遂げられずに現在に至る。
ツッパって生きてきたけど何も良い事はなかったし、ろくな仕事に就くことも出来なかった。
来世は松○聖子みたいなスーパーアイドルとして生を受けたい。

『まぁそんなとこだ。授業料と思えば安いもんだろ?』
おっさんはそう言い残すと立ち上がってふらっと歩き始めた。
最初は何のこと言っているのか分からずトイレにでも行くのかと思いおっさんをぼうっと目で追っていたが、そのまま外にでやがった。
追いかけて店を出てしまうと俺まで喰い逃げになってしまうから仕方なく清算をすませた。

俺の気持ちが固まった瞬間だった。

最終バスを逃してしまった俺は40分間歩いてアパートに帰った。
都合よくバリカンなんかあるはずも無く、仕方なく文房具バサミでできるだけ短く切り落とした。
「あの美容師の奴いい仕事してくれてるな。根元までしっかり染まってるよ。」

翌朝、俺は成人式用に買ったスーツを引っ張り出した。
シワになっているがこれは仕方ねぇ。
次の休みにユ○クロで一式揃えれば良い。

通勤中のバスの中から外を眺める。
川沿いの桜は見頃を過ぎて一斉に散り始めた。
桜は本来の姿に戻ろうとしていたが、その花びらは水面に浮かび川全体をピンクに染めていた。
俺は思わず涙しスーツの袖で無理矢理染み込ませた。
畜生、人生って美しいもんだな。

変わり果てた姿に同僚は皆んな驚いていたが、俺は一目散にセンター長の元に向かった。
『えっ、とー。それはどう捉えたら良いのかな?』
オフィスカジュアルで良いって言ったのにバッチリスーツを着込んで、頭は焼いた芝生みたいにマダラな長さのオレンジモヒカンだ。
困惑するのも無理はねぇ。

「正社員として頑張らせ下さい。何故このような頭になったのかを説明させて下さい。」
俺は主任に昨日の出来事をそっくりそのまま伝えた。
奴は終始腹を抱えて笑ってやがった。
『要するにパンク卒業ってことね?』
「はい。今日中に床屋に行って丸刈りにするのでよろしくお願い致します。」

パンクは死んだ。
これから俺は新しい波を起こす。
NEW WAVEの到来さ。

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