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『配達男のおはなし』

配達男はハートを配達する仕事をしている。
ハートを両手いっぱいに抱えてふわりと空を飛ぶ 。
そして目当てのカップルを見つけると
ハートをひとつ、ぽとりと落とす。
ハートはカップルの頭上でくるくると回りだす。
配達男はそれを確認すると次のカップルのもとへと向かう 。
配達男はこの仕事が好きだった。

今日もいつものようにハートを配達するため
ふわりふわり空を飛んでいた。
でも今日はいつもよりハートの量が多かった。
こんなときは数回に分けて配達しているのだが
今日はどうしても早く配達したかった。
なぜって?
今日一番最後に配達するハートは配達男のものだったから。
少しでも早くハートを受け取りたかったから。

こぼれおちそうになるハートを抱え込みながら
危うげなバランスで空を飛んでいたそのとき、
突然1羽の鳥が目の前を横切った。
あ!
慌てた配達男は、ハートをひとつ落としてしまった。
ひゅぅぅぅぅ・・・
落ちたハートはある夫婦の頭上でくるくるとまわりはじめた。
配達男は急いで夫婦の元へ向かった。
「そのハートを返してください。
それはあなたたちに配達するハートではないのです。
それにあなたたちは夫婦だからいらないでしょう」

すると夫婦がこう言った。
「わたしたちは今までケンカばかり繰り返してきたの。
でも、このハートをもらったおかげで仲直りしたところよ。
お願いだからこのハートを持っていかないで」
夫婦はお互いの手を握りながら泣き出してしまった。
たしかにこの夫婦の頭上にはくるくると回っているハートの横に
止まってしまった古いハートがあった。
困った配達男は、しばらくしてこう言った。
「わかりました、ではこうしましょう。
そのハートは配達しなければならないハートなので
返してもらわなければなりませんが
この中にわたしのハートが入っています。
それをあなたたちにお貸しいたしましょう」
配達男はハートの中から自分のハートを取り出すと
夫婦の前に差し出した。

「その代わりあなたたちのハートを頂いて帰ります。
修理屋に頼んで修理してもらったら、またお持ちしますよ。
そしたらまた、元通りの仲良しになれますよ」
「ホントに? ホントにそんなことが出来るの?」
「はい、大丈夫ですよ」
配達男は自分のハートと引き換えに夫婦から
これから配達するハートと、夫婦の古いハートを受け取った。
夫婦の頭上で配達男のハートがくるくるとまわりはじめた。
「それでは、のちほど」
配達男はふわりと空に浮かぶと、次の配達先へと向かった。

配達男は自分以外の分のハートを配り終えると
夫婦のこわれたハートを見てつぶやいた。
「ホントはハートの修理屋なんていないんだよなぁ・・・」
そして沈んだ気持ちのまま、彼女の元へ向かった。
ハートが届くのを心待ちにしていた彼女は
配達男の手にあるこわれたハートを見て驚いた。
「それってわたしたちのハート?いったいどうしたの?」
配達男は事のいきさつを話した。
彼女は静かに聞いていたが、やがて配達男を見て言った。
「大丈夫よ ハートがなくったって大丈夫」
そして配達男を優しく抱き寄せた。
「あなたが他の人の分のハートを持ってきていたら
わたしはきっとあなたを軽蔑したでしょう。
そんなハートを受け取っても、わたしは幸せじゃない」
そして夫婦のこわれたハートを手に取った。
「このハートだって昔は輝いていたんでしょ?
その夫婦にはわたしたちのハートをあげましょうよ」
配達男は彼女を強く抱きしめた。

「あら?これは何かしら?」
こわれたハートを手にしていた彼女が、
トゲのようなものが刺さっているのに気付いた。
トゲを触ってみると突然、彼女の頭のなかに
ある光景が浮かび上がった。
それは夫婦の古い記憶のようだった。

夫婦はある些細なことでケンカをしていた。
そしてそれが元でお互いそっぽを向いてしまっていた。
ホントは二人ともが相手に悪いという気持ちを持ちつつも
言い出せないまま、仲直りできずにいた。
「これはきっと『記憶のトゲ』なんだわ」
彼女はハートからトゲを抜いた。
そのとたん、ハートはみるみる輝きを取り戻した。
「これが原因でケンカしていたのね」
ハートは今にもくるくるとまわりだしそうだった。

配達男は輝きを取り戻したハートを手に取ると
これからあの夫婦に返してくるよ、と空に浮かび上がろうとした。
しかし、その手を彼女が引きとめた。
「この記憶を思い出させない方がいいんじゃない?
お互いがもう充分に反省しているんだもの。
ただ、仲直りするきっかけが欲しかっただけなのよ。
わたしたちのハートがその役に立ったのなら
わたしはすごくうれしいわ」
配達男はもう一度彼女を抱きしめると
手にしたハートを二人の頭上に掲げた。
ハートは二人を包み込む優しい光を放つと、
二人の頭上でくるくるとまわりだした。

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