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閑静な住宅街といえば聞こえはいいが、 要は寂れて人通りがないってだけ。 少し前に区画整理がされたばかりで、 道幅は広くまっすぐで、街には清潔感が漂い、 それがまた、寂しさをさらに引き立てている。 なんだか、自分がひどく小さくなって 模型の街に迷い込んでしまったような そんな気にさえなってくる。 日曜日の早朝、空気はやや乾燥して少し冷たい。 俺はスエットの上下にサンダルというだらしない格好で 近所のコンビニまで、玉子を買いに向かっていた。 今日は息子のサッカーの試合があり、弁
真っ白な壁が朝日を受け、光り輝く。 遠くに見える山の緑が、段々と深みを増してゆく。 海からの風はやさしく草花を揺らし、 テラスにいる私の頬をそっと撫でてゆく。 少しウェーブのかかった私の髪は、 幾分、張りを失ったけれど、 それでも、風を含んで時折ふわりとなびいて 私は、風のしたいままにさせている。 この丘から見える風景は、 どこか遠く行ったこともない外国の記憶を 呼び覚ませてくれるようだ。 そこが気に入っている。 眼下に広がる海は、青く澄み、凪いでいる。 少し先の崖から、勇
小学生の娘が耳が痛いので見てくれというので、 膝枕をして耳の穴を覗き込んだ。 特に腫れている様子もなく、おかしなところは 見当たらない。 「どの辺りが痛む?」 俺は出来るだけ部屋の明かりが穴の奥に 届くようにしながら注意深く覗いた。 その時、穴の奥で何か動いたように感じた。 ん?虫? 俺は娘の頭をそっと床に下ろすと、 懐中電灯と耳かきを持ってきた。 再び膝枕をして、耳の穴を懐中電灯で照らす。 やはり奥の方で何かが動く気配がした。 「ちょっとこのまま、じっとしてな」 俺は娘に
♪1.真っ赤な夕日を 背に受けた 逆光恐れぬ その姿 胸にはうっすら 頭文字 母さん夜なべの その成果 その内側に縫い付けた その内側に縫い付けた 正義の心を忘れぬように メモした俺なり十ヵ条 俺の名は 俺の名は スーパーヒーローマン! ファイヤー!! ♪2.真っ赤なマフラー なびかせて 風向き気にせぬ その姿 腰から下は クールビズ 母さんアイデア その成果 腰のあたりにぶら下げた 腰のあたりにぶら下げた 正義の心を貫くために
晴れた朝は金属の味がする 澄み切ったとはお世辞にも言えない空は まるでカッターナイフで切ったかのように 細い筋がいくつも並んでいる あそこに赤と黒を置いてみたいね そういって空を指差した老人の手には 何も色のついていない絵筆が握られている 僕はその絵筆を取り上げてこの世界に嘘を塗りたくる 辺り一面に立ちこめる僕の匂いは この街に溶け込んで今は嗅ぎ分けることすら出来ない 老人の絵筆に残る僕の嘘 その色は街を流れる河の色に似て 何色とも答えようがない
何気ない会話にキミのキミらしさがあふれている だからボクは何を言われても平気どころか 冗談なども言ってみたりする 他人にはどう受け止められるかわからないが キミのトーンはボクの耳に心地よく それはまるでビロードを思い浮かべさせてやまない 時折声をひそめたり ボクの言葉に相づちを打ったりしながら 多分笑みを浮かべながら話すキミの声は ボクの耳にこそばい そう たまらなくこそばい
常々、この世で一番完成度の高い物語は、 Oヘンリーの「賢者の贈り物」だと思っている。 夫は、長く美しい髪を持つ妻に櫛を贈るために 懐中時計を売り、 妻は、夫に懐中時計の鎖を贈るために、 髪を売る、っていうアレだ。 俺が世界で一番好きな物語でもある。 そこで、一番完成度の高い歌は何だろうと考えた。 で、思いついたのが、童謡「やぎさんゆうびん」。 ♪白やぎさんからお手紙ついた 黒やぎさんたら読まずに食べた しかたがないのでお手紙かいた さっきの手紙のご用事なぁに ♪黒やぎさんか
熟れたトマトがその赤を自己主張するたびに 囁くように語りかけるように優しい歌を 抱きしめる力の加減が今ひとつ掴みきれず 瞳の色でなんとか判断するのがやっと モチベーションを保つために飲んだ カプセルがもたらすフラストレーション まぶたを閉じることができない トマトの流す赤は鉄の味がしますか? 動くはずのない絵画の中のキミに問いかける 動くはずのない写真の中のボク 気にしないで下さい 溢れているものはそのままで構いません デッサンのおかしいキミと ちょ
全てが寝静まった夜 キミは地球の自転のリズムで机を叩いている その様子をボクは頬杖をついて 何もないふうを装いながら眺めている リズムに誘われた音符たちを 集めて詞でもつけてみようかなんて ボクが企てていることなんて知らずに キミは地球の自転のリズムで机を叩いている
「君にはこれが何に見える?」 言われて初めてそこにあるものを見る。 俺は見たままを答えた。 「違うよぉ、それはこれそのものだろ? 私が言いたいのはね、これが何に見えるかってこと」 俺にはそれが、それ以外の何ものにも見えない。 俺はそれが何とか別のものに見えないか凝視した。 「いや君ね、見ようとしてもダメだよ、 見えるものを聞いてんだからさ」 俺は見ようとするのを諦めた。 「おい、勝手に諦めるんじゃないよ、 私はこれが何に見えるかって聞いてんじゃないか それに答えないとは、失
「なぁ、あいつの指、ぷくぷくしてて まるで子持ちしししゃもみたいじゃね?」 「どれ?どいつ?」 「ほら、あそこに座ってるやつ、あのメガネの隣」 「あぁ、あのサンドイッチ食ってる娘ね、 たしかに子持ちししゃもみたいな指してんな」 「あの指、切ってみたらホントに卵が ぱんぱんに入ってたりしてな」 「ははっ、案外そうかもな」 「なぁ、切ってみようか?」 「え?」 「俺ンち、医者じゃん。 メスとかそろってるし、麻酔もあるしさ、 親ふたり共、昨日からしばらくいないんだよ」 「でも、どう
「で、このトカレフで銀行強盗してみない?」 俺たちは会社からくすねた100円もしない ボールペンと新聞広告の裏の白い紙を使って 銀行強盗の計画を練った。 「たしかこの間パーティーで使った マスクがあったよな」 「着るものはお揃いのスウェットね、 グレーのやつ」 まるで旅行のスケジュールを立てているみたいだ。 「よし、完璧だ」 何枚も書き直した計画書を見つめて俺が言い、 彼女がうなづいた。 俺はクローゼットから大きな紙袋を取り出した。 中にはパーティーグッズが入っている。
週末は俺の部屋で一日を過ごす。 それが俺たちのデートの定番だ。 彼女は、俺がまだ布団に潜りこんでいるうちから 合鍵を使って部屋に上がり込むと 俺を起こさないようにそっと朝食を作るのだが、 実は俺はすでに目覚めていて眠ったふりをしている。 そして、彼女に気づかれないように薄目を開けて キッチンに立つ彼女の後ろ姿を眺めている。 トーストと目玉焼きとカリカリに焼いた ベーコンとサラダ。 お揃いの白いカップにコーヒーを注ぎながら 彼女が俺に声をかける。 「ねぇ、目玉焼きに何かける?
握りしめた手の中には、 くしゃくしゃになった紙切れ1枚。 広げてみると何かの抽選券のようだが、 いつ手にしたものか記憶がない。 「やぁ、やはりあなたも来られてましたか」 いつの間にかすぐ隣に立っていた男が話かけてきた。 どうやら俺のことを知っているらしいが、 俺にはどこの誰だかさっぱり覚えがない。 話し方からして、昔の知り合いというわけでも ないらしい。 それどころか、毎日でも会っているような感じだ。 「あぁ」 俺は曖昧に答えておいた。 しかし、これは何の抽選券なんだろう