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『トカレフ』

週末は俺の部屋で一日を過ごす。
それが俺たちのデートの定番だ。
彼女は、俺がまだ布団に潜りこんでいるうちから
合鍵を使って部屋に上がり込むと
俺を起こさないようにそっと朝食を作るのだが、
実は俺はすでに目覚めていて眠ったふりをしている。
そして、彼女に気づかれないように薄目を開けて
キッチンに立つ彼女の後ろ姿を眺めている。

トーストと目玉焼きとカリカリに焼いた
ベーコンとサラダ。
お揃いの白いカップにコーヒーを注ぎながら
彼女が俺に声をかける。
「ねぇ、目玉焼きに何かける?」
俺はわざと寝ぼけたような声でその日の気分で
醤油とかソースとかケチャップとか答える。
そしてごそごそと起き出すと
2人用の小さなテーブルの青いクッションが
置かれた方の椅子に腰掛ける。
「おはよぅ」
彼女はにっこり微笑むと、
赤いクッションの置かれた椅子に腰掛けた。

俺の目の前には、醤油とソースとケチャップの容器が
並んでいる。
「気が変わるかも知れないでしょ?」
俺は先ほど答えたとおりケチャップを手に取ると
俺の目玉焼きと彼女の目玉焼きの黄身の周りを
ぐるりと円を描くように絞り出す。
「ありがと」
彼女がフォークとナイフを使って目玉焼きを食べ始める。
はじめに黄身の部分にナイフを入れてから、
白身の部分を少し切っては黄身につけて口に運ぶ。
それが目玉焼きを食べるときのマナーなのだという。
それが本当なのか嘘なのか俺は知らない。

俺は、箸で自分の目玉焼きの黄身を潰して
ケチャップとからめて白身全体に
塗りたくってから食べる。
彼女の作る目玉焼きの半熟さ加減は最高だと思う。
口に出しては言わないが。

食後は前の日に借りてきた映画を観て過ごす。
レンタルショップのDVDコーナーで
彼女が喜んでくれそうなタイトルを
探す時間が好きだ。
今日選んだ映画は、切ない恋愛映画。
俺たちはテレビの前に寄り添って
体操座りをしながら映画を観る。
ラストシーンの辺りで俺の肩に
頭をもたせかけた彼女が
小さく鼻をすすりあげた。

昼食は俺が作る。
俺の得意な料理はチキンの代わりに
ハムを使ったオムライス。
と言うより、これしか作れるものがない。
俺が料理している間に、彼女は
俺の部屋を片づけている。
テレビ台の下に乱雑に積まれた
ビデオやDVDを50音順に並べるか
ジャンル別に並べるか悩んでいるらしい。
「適当でいいよ、どうせすぐにまた
ぐちゃぐちゃになるんだから」
俺がそう言うと、わかったと言って
本当に適当に並べ出した。

「ねぇ」
背中越しに彼女が聞いてきた。
俺は卵をチキンライスならぬ
ハムライスにかぶせる作業を行っていた。
「ん?」
「これ、本物?」

大きな皿に盛ったオムライスと
2枚の取り皿をテーブルに置いてから
部屋に行くと、彼女が手にしたものを
俺に突き出してきた。
「これ、本物なの?」
彼女が先ほどと同じ質問をする。
「あぁ、本物だよ」
俺は彼女の手からそれを受け取った。

「トカレフって言うんだ。
前にちょっと流行っただろ?
あんとき買ったんだよ」
俺の手に冷たい金属の感触が心地よかった。

「へぇぇ、撃ったことあるの?」
彼女の手が俺からトカレフをさらってゆく。
「まさか、ないよ」
俺はキッチンに戻ると、テーブルにスプーンを置き
彼女を呼んだ。
「さて、冷めないうちに食べよ」
オムライスの出来は、まぁまぁだった。

「ねぇ、このピストルで銀行強盗しよっか?」
俺がテーブルで食後のコーヒーを飲んでいると、
部屋から彼女がそう話し掛けてきた。
俺はコーヒーカップを手にしたまま
部屋に移動した。
「ピストルって言い方、改めて聞くとなんだか変だな」
俺が笑うと彼女も笑った。
「そう言われるとそうね、じゃあ拳銃?
それとも、チャカ?」
「チャカはないだろ、チャカは。
 拳銃か、、、やっぱトカレフじゃねぇか?」
「トカレフねぇ、、、」
「そう、トカレフ」
「それが一番しっくりくるかもね」
彼女は改めてトカレフを見つめた。
「で、このトカレフで銀行強盗してみない?」

俺たちは会社からくすねた
100円もしないボールペンと
新聞広告の裏の白い紙を使って
銀行強盗の計画を練った。
彼女はどこかで聞いたか読んだかした
「あまりにも緻密な計画は、
ほんのわずかな狂いで脆くも崩れ去るため
ある程度の遊びの部分が必要である」
ということを言ったが、俺は完全な犯罪には
完全な計画が必要であると思う。
俺たちは分刻みの計画を
夕方までじっくりと話し合った。

「完璧だ」
何枚も書き直した計画書を見つめて俺が言い、
彼女がうなづいた。
ベランダ越しに外を見ると、
夜がすでにそこまで忍び寄ってきていた。

「お腹すいたね」
突然の彼女の言葉で、自分が空腹だと気づいた。
「そうだな」
俺たちは顔を見合わせて微笑んだ。
「さてと、どっか食べに出かけるか。
何が食べたい?」
「そうねぇ、中華なんてどう?」
「じゃ、いつもの中華料理屋にでも行くか」
「あそこ、ただのラーメン屋さんじゃない」
「でも、味はいいだろ」
そんな会話を交わしながら俺たちは
部屋を後にした。

これが俺たちのいつもの週末の過ごし方。
やりもしない計画を立てて過ごす
二人きりの午後。
今日はたまたま彼女が俺の部屋で見つけた
拳銃を使った銀行強盗の計画だったが、
先週は、行きもしない海外旅行の計画を立て、
その前は、いもしない男の殺人計画を立てた。

さて、来週は何の計画を立てようか。
どんなに豪勢な計画も
どんなに危険な計画も
嘘の計画であれば、金もかからないし
誰に咎められることもない。

ただし、このトカレフだけは本物だ。

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