想いを伝えられるだけで、それは特別な思い出になる
高校を卒業した次の年、母校の文化祭に行った。
所属していたダンス部の後輩たちの発表を見るためだ。
上履きとか体育館履きとか、懐かしいなーと思いながら、構内を歩く。
ふと、廊下ですれ違った制服姿の女の子が、ハッとして振り返り、わたしを凝視した。
タタタタっとわたしに駆け寄ってくる、見知らぬ女の子。
「西武バス使ってましたよね??
わたし、前学校行く時傘にいれてもらったことあって、、、
あの時はありがとうございました!!!」
「なんとなく、先輩かなあ、とは思ってたんですけど、やっぱり先輩だったんですね!!!」
と、大学生になりたて感満載の、私服のわたしを見て言った。
***
わたしの高校は、最寄駅から遠く、ほとんどの人は、駅から学校までバスを利用していた。
スクールバスもあったけれど、スクールバスはぎゅうぎゅうに混む(100人以上収容してたと思う)ので、わたしは私営バスで通っていた。
当然ながら、スクールバスは学校の敷地内まで入るけど、私営バスを利用する人は、バス停から学校までの数百メートルの距離を、バスを降りてから歩かないといけない。
だから、雨の日は傘がないと、バス停から学校までの間で結構濡れてしまう。
ある雨の日、私は傘をもっていなかった誰かを自分の傘にいれて、一緒に学校まで行った。
どうやら、彼女はその時わたしが傘にいれてあげた子らしい。
言われてみればそんなことあったな、くらいの薄い記憶。
彼女に言われなければ、忘れていたであろう出来事が、わたしの記憶に蘇る。
すごく嬉しかった。ときめきのような何かを感じ、その後に、ジュワッと心が暖かくなる。
「ありがとう」を言われるのは嬉しい。
それは、友人や家族同士の「ありがとう」とはまた違っていた。
顔も髪型も思い出せない、名前も知らない人が、自分と共有した数分の人生の交差を覚えていてくれたこと、感謝してくれたこと。
そんなこと覚えてくれていてありがとう。
そして、わざわざ伝えてくれてありがとう。
彼女がわたしに伝えてくれたことで、その出来事が特別な思い出になった。
伝えることは偉大なんだ。
心の中で思っているだけでは、いくらテレパシーしても相手には伝わらない。
何より、想いを伝えられた方はこんなにも嬉しいんだってわかった。