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コスモナウト 第一章 草原の星

<あらすじ>宇宙に人類が進出し、膨大な時が流れた。星をめぐる旅人、宇宙人と揶揄されがちの「コスモナウト」であるアポロンは様々な星を訪れ人々と触れ合う。彼は一体何のために旅を続けるのか。なぜ宇宙を行くのか。オムニバス形式SF紀行小説。

ー本編ー

宇宙船はワームホールを入った時から調子は悪かった。航海はものの1日もかからない比較的に短距離の移動にもかかわらず、これまでの酷使のためかエンジンは鈍い音を立て始めていたので、近くにあった惑星ダマナスに不時着することにした。
着いた時、空には雲一つなく、一番近い恒星がこの平坦に続く草原を照らしつけていた。
外気温はそこまで高くはなく、このままの服装で問題はなさそうだった。ひとまず空気を味わいたかった気持ちに負け、酸素濃度など気もせず外に出た。
見た事がない小さな種をつける草が視界いっぱいに広がっていた。それぞれが大地に根をしっかりと下ろしているため、たとえ自分がその草を踏みつけたとしても、問題ないとでもいうように鎮座していた。
周りを見渡したが、小屋一つ無かった。人類がいれば、工具の一つでも借りることができる、そんな期待をわずかながらしていたのだが。
さて、どうしようと非常食の乾パンを宇宙船の近くに座り込み、むしゃり、と食べていると視界の端に光が上がった。
その光は放物線を描きながら、その何もない透き通った空をずっと遠くまで飛行し、数分後にはその噴煙だけが残った。
「打ち上げか」
一人つぶやく。まるで、「そうだ」とも言うように草は風に揺られ騒いだ。
どうやら、人類はいるようである。このような機械的な現象を自然は起こすことはできないからだ。しばらく状況を観察していると、一人の老人が荷台を引きずりながら歩いているのが見えた。
「おうい」
その声に気付いたのか、老人がこちらを見て、そしてその手を大きく振った。
「兄さん、コスモナウトかね」
老人はしゃがれた声で言う。
「ああ、そうだ。この辺に町はあるのかい?」
老人はその言葉は聞こえなかったようで、ゆっくりとこちらに近づいて来た。
目の前に来ると、老人はどうやら片目が見えていないようだった。右目の瞳は白く濁っている。
「ええと、兄さん。コスモナウトなのかね」
再び彼は質問してきた。
「そうだよ。それで、この辺に町はあるのかい」
「ううむ。そうだな。たしかこの数十キロ先に町と言えるか分からないが集落がある。他に人が住む場所はここに三十年住んでおるが、見たことはないな」
顎に伸びた白いひげを時折触りながら彼は言った。実際問題として、ここで作業するには心許ない。さらに、雨の一つでも降れば、エンジンはすぐさま使い物にならなくなってしまう。
「それは困った」
自分のその表情が本当に困惑していたのか、老人は自分の家に来ないかと誘ってきてくれた。
「コスモナウトの来訪は歓迎さ。盗賊ではなさそうだしな。世界の探求者が来たとなれば、仲間の語り草が増えるものだ」
老人は顔をしわくちゃにして笑った。老人の手伝いを借り、エンジンを離すと彼の荷台に詰め込んだ。どうやら家はこの近くにあるらしい。30分も歩けば、小さな木の小屋が見えてきた。
「孫が一人いるのだが、カナリと言う。最近やっと女らしくなってきてな。彼女が君の面倒を見るよ」
「ありがとう」
扉を開けると、少し埃っぽい臭いが鼻に突いた。しかし、不快という訳ではなく、学生のころに通い詰めた図書館の匂いにそっくりだと思った。
テーブルに座るよう指示され、そこに腰を下ろす。家自体はそこまで大きくないようだ。だが、自分一人が寝泊まりしてもさほど問題はなさそうだった。
老人は、荷物を片すため物置小屋の方へ行ってしまったので、すこしばかり暇になってしまった。
時折風の音が聞こえるなか、壁にかけられた写真を眺めていると、扉がぎい、と開く。
そこには老人と同じく、白い布を体に巻き付けた長髪の女が現れた。
「あなたがコスモナウト?」
「うん。君はカナリ、であっているのかな」
彼女はそうだ、と返事をする。黒髪を揺らし、一杯の綺麗な緑色の茶を入れてくれた。見たところ自分とさほど変わらない気がする。25か、そこらだろう。
「名前は何て言うの」
「アポロン」
「へえ、かわいい名前ね」
彼女の笑い方は老人とよく似ていた。しかし、その溌剌さが、彼女の魅力として感じ取れ、思わず見蕩れてしまった。
「君の名前もね」
再び彼女は微笑んだ。二人でしばらく茶を飲んでいるとようやく老人が現れた。
「すまんね。ガラクタが崩れてしまって大変だったのだ」
老人の名前はタクヤらしい。タクゥヤ、とも聞き取れたが、そのようなニュアンスで話せば彼は振り返るので、それっぽい名で呼べばこの老人は楽しそうに「なんだ」と言うのであった。
「しばらくここにいるといい。船が直るまでの食事はカナリが作る。寝床は、こんな家だが空いている部屋がいくつかあるからな。そこを使うといい」
彼はここの太陽が地平に消えるころにそう言って再び小屋に向かっていった。自分も、今晩から作業を開始することが一番望ましいのだが、不時着した時の気苦労は体に応えたようで、気付くと寝ぼけ眼をこすっていた。
「アポロン、夕飯つくるけど」
カナリはエプロンをかけ言う。
「いや、今日は遠慮しとくよ。それより部屋を案内してくれると助かるな」
彼女はそのエプロン姿のまま、三つの部屋を案内してくれた。どれも寝るだけが目的だったので、草原を一望できる小部屋を選ぶことにした。
「兄さんの部屋ね」
「へえ、兄さんがいるのか、けど使っていいのかな」
「問題ないわ。なにしろ兄さんもあなたと同じだからね」
へえ、と気の抜けた返事をすると、彼女は明日、朝食が出来たら起こすと言い、部屋を出ていった。すぐさまベッドに飛び込むと、これまた埃っぽかったが、気付くと眠りの闇に沈みこんでいた。
次の日、寝起きで朝露に濡れる草原は宝石のように輝いていた。来た時は気付かなかったが、その草原をゆっくりと羊の群れが歩いていた。どうやら、この家族は牧畜で生計を立てているのかもしれない。だが、そんな野暮な質問をわざわざすることもないだろう。

ベッドから立ち上がり服を着込んだ宇宙船が誰かに盗られてしまうのではと杞憂したが、羊狩りも行われていない様子から察するに治安は良い方だろうと思い、気にしないことにした。
カナリの兄の部屋は、もとの主人の趣味を分かりやすいほど表していた。ところどころに宇宙船の写真が切り取られ、額縁に入れられているのだった。どうやら、笑顔はこの一族の遺伝らしく、兄である人はすぐさま分かった。
トタトタ、と廊下を歩く音が聞こえたので扉を出る。
「あら、起きてたの」
「うん」
「そう。支度できてるわよ」
彼女の後ろを歩き、テーブルに座ると羊の乾燥肉とパンが並べられていた。
「タクヤさんは?」
「ああ、爺さんならもう荷物小屋よ」
「何をしているんだ」
彼女はその言葉を答えるのが、少し嫌そうだった。その眉の形を見ればすぐさま分かることができた。
「今はロケットを作ってると思う。ああやって時々町からガラクタを集めて来てはロケットを作って打ち上げているのよ。お爺ちゃんは昔、技巧学校にいたから」
「なんで打ち上げなんてしているんだい?」
「たぶんだけど、兄さんのためだと思う」
「ああ、コスモナウトの」
「まあ、コスモナウトだった、があっているけど」
「それは」
きっとこのカラムの兄は死んだのだろうと察することができた。宇宙を旅するコスモナウトが死ぬことは日常茶飯事だからだ。
「そうか。悪いことを聞いた。じゃあタクヤさんは彼のために今も打ち上げをしているってことか」
「そうね。遺留品がいくつか届いたのだけど、どうやらそれを打ち上げているみたい」
羊肉は存外美味しかった。噛みづらいのだが、一度柔らかくなるとその旨みが出てくる。
彼女に食事の御礼をすると、エンジンがあると言われる物置小屋に向かった。寝床となる家からはすぐそこにありらしい。カナリは羊の世話をしなければならないらしく二人で部屋を後にする。「宇宙ってそんなにいいものなの?」
小屋に向かう中、彼女は風の音と共に尋ねてきた。
「うん、まあ。命を懸ける価値はある、かなぁ」
「へえ。私にはそうは思わないけどね」
彼女はそう捨て台詞のように、言うと近づいて来た羊を優しく撫でた。
彼女と別れ、小屋に入ると、金属がぶつかりあう音が響いていた。
「おう、アポロンさん。エンジンはその布に包まれている。まあ機材はこの辺にあるものを好きなだけ使うがいい」
礼を済ますと、彼の隣にエンジンを運び一つ一つ部品を外していく。この作業は、集中してやらなければならないため、会話はほとんどしなかった。
ようやく、この問題を引き起こしたタービンを発見すると、カナリが小屋を訪れた。
「昼食の時間よ」
「もう、そんな時分か。アポロンさん、ちょっと一休みと行こうか」
わざわざ、家に戻ることもない、と判断したのか小屋の近くの草原で昼食を取ることにした。パンに朝食と同じ羊肉と近くで栽培しているレタスを挟んだサンドイッチのようなものだった。がぶり、と噛みつくとさっぱりとした味わいで次々と手をつけてしまうのだった。
「アポロン、あなたこれまでどんな星に行ったの?」
カナリは茶を飲みながら言う。
「そうだなあ、一番面白かったのは惑星ジライヤ、かな。あそこは毎日祭を行う習慣があるみたいでね。何か村人に良い事があると、何でも理由づけて祭を開くんだ。あまり僕はそういう事は好きではないのだけど、何故だか楽しくて二か月も滞在してしまったよ。毎日二日酔いで大変だった」
彼女はその話が気に入ったようで、事細かに尋ねて来た。それらを答えていると彼女はふと、悲しい顔つきになった。
「どうしたんだい」
「いえ、別に何もないわ。ただ、兄さんもそうやって楽しそうに話していたなって」
「そうか。お兄さんのこと好きだったんだ」
「そうね。魅力的だったわ。なにしろ夢をもっていたから」
「君に夢はないの?」
「夢? そうねえ」
彼女は遠くの空を眺め、呟く。空はまたもや雲一つない。これがこの惑星の気候なのかも知れない。
「ないわねえ」
彼女は自嘲するかのように言った。
「こうやって羊の世話をするのは楽しいもの。それに、旅人が訪れて色々な話を聞けるならそれだけで楽しいわ。だから、そんな夢とか、自分がこうなりたいなんて、分からないわね」
彼女はその流れる羊に視線を落とし、語った。その横顔は日の光にさらされ、きらりと輝いていた。
作業に戻ると、老人は静かに金槌を叩いていた。その近くには小さな袋がポツリと置かれていた。
「タクヤさん。これは何だい」
彼はその小包を開くと、金属のネックレスがあった。
「これは、亡くなったカナリの兄の遺物の最後だ」
「なぜ、全部打ち上げるんだい? カナリは兄を愛していたのだろう。それなのに一つも残らないのは少し可哀想だ」
「まあ、そうだろう。だがな、これは儂の務めでもあり、彼の遺言なのだ。カナリは弱い。ああやって兄の部屋を残すぐらいだ。だから、兄と決別する意味でも打ち上げなきゃならん」
気丈に振る舞う彼女がそんなに脆いものなのか、と疑問に思ったがそれ以上聞くことはしなかった。

しばらく滞在をしてしまった。一周間ほど経ち、ようやくエンジンを直すことができた。その日の夕飯で、彼女に直った事を告げると、彼女は優しく微笑んだ。
「そう。行くのね」
彼女は寂しそうだった。タクヤ老人も同じ顔をしていた。
「うん。コスモナウトだからね」
「そう。やっぱりね」
彼女は「行かないで」とでも言うかのようであった。その心境は分からない。兄の姿と自分を重ねていたからだろうか、それとも。
「ねえ、どうしてあなたはコスモナウトになったの?」
その瞳はまっすぐ見つめてくる。濡れたその眼にどきり、とした。
「僕は、そうだな。これ、と言った格好良い理由はないよ。ただ、そうしなければならない気がしたんだ。言葉で言い表すのは難しいな、やっぱり。けど、ううんとごめん。自分でも分からない」
ふふ、と彼女は笑った。
「そう、私ね、夢についてアポロンに聞かれてから考えるようになったんだけど、私もいつか宇宙に出て違う星に行くことにするわ」
「何故だい?」
「理由はあなたと同じ、特にないわよ。強いて言うなら、兄さんとか、アポロンのような人を花婿として探すためかしらね」
冗談のように笑いながらも、その瞳から涙が落ちた。何故だか自分はそれに気付かないふりをしたのだった。
翌日の朝早く、彼女達が寝ている時分に家を出た。物置小屋を静かに開けエンジンを運
びだした。もとから、荷台は好きに使っていいと言われていたのでそこにエンジンを載せ宇宙船のあった方角へ向かった。
荷台を返さなくてはならなかったので、往復する運びとなったが、この美しい景色を目に焼き付けたかったので苦ではなかった。
宇宙船は主を待つことに退屈していたようで、近くのリス達と戯れていた。
彼らを優しく追い出すと、外れた甲板の中にエンジンをぐい、と入れた。
テストで乗車席からスイッチを入れると景気の良さそうな鈍い音を立て始めた。
「よかった。これなら」
エンジンに不調のランプは点灯しなかった。すこし、燃料が心許ないから、また近くの惑星に降りなければならないかもしれない。
一つ一つのスイッチを押し、最後にレバーを引くと、四角い宇宙船はゆっくりと浮かびあがった。しばらく上昇を続けると、彼女達のいる家が見えた。
目を凝らすとカナリが手を振っている様子が見えた。向こうからは見えるはずもないが、自分も手を振る。
自分の来訪は彼女にとって良いことなのか、悪いことなのかは分からない。しかし、自分にとってはこの惑星にきて美しい景色と、美しい女性と出会えたのだから良い事だと思った。
そのまま上昇を続けると、眼下が一瞬きらりと光輝いた。そのまま、灰色の存在が閃光をだしながら自分の近くまで飛んできた。
老人が打ち上げたロケットであるとすぐにわかった。彼なりの別れの言葉であるような気がして、素直に嬉しかった。
やがて、成層圏まで達すると老人の上げたロケットは二つめのエンジンを点火した。
2人のコスモナウトはゆっくりと、ただゆっくりと轟音を上げながら宇宙へ向かうのだった。

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