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コスモナウト 第二章 砂の星

「そうか、アポロンは宇宙人なのか」
宇宙人と度々コスモナウトは呼称されることが多い。
言葉がまずいが学識がそこまで高くない人、昔ながらの老人に多い印象だ。
しかし、そう呼ばれるとしても特に困りはしないので、大体は訂正することはしない。
このガムラン、と呼ばれる行商人もその類だった。

ガムランと共に行動するのには訳がある。というのも、この惑星に来たのは食料を調達するためだった。
はじめは宇宙ステーションに寄って確保しようと考えていたが、昔のコンピューターが自動で売買するので値段交渉もできず、結局高い買い物をすることになる。
そこで、この惑星に辿り着いてしまったのだが、偶然降り立った波止場にガムランの船もあり、彼が良いマーケットを教えてくれると言ったので、二人この砂漠を縦断しているのだった。
ガムランは40歳ごろの背の高い男だった。この星の出身であるらしく、当然地理にも詳しかった。時折見える砂原にそびえたつ巨大なサボテンは、百年に一度しか花を咲かせないことや、この地下には広大な鉱物資源が眠っていること、最近、四人目の子供が生まれたのだが、その性別がまだ分からないらしく、名前を決めかねていることを楽しそうに語りかけてきた。
「まだつかないのか?」
時折休みながらも2日も足を動かしているにもかかわらず、辿り着かないことに耐えかね、つい尋ねてしまった。
ここまで、遠いならばもっとマーケットの近くの波止場に停めればよかった気がしてくる。
これでは、帰りも沢山歩かなくてはならないので少し気が滅入ってきた。
「まあまあ、落ち着いてくれ。あと数時間の辛抱だ」
「ガムランさんが実は奴隷商人なんて言わないでくれよ」
コスモナウトが奴隷として捕まるという話はよくある。もしかしたら、この男はその可能性もあるのでは、と思い始めていた。
「なに、奴隷商人なら、こんな陶器を持ち運ばないだろう。それに逃げられないように拘束するさ」
確かに、と小さく呟く。
しかしながら彼も少し不安になってきたのか、家族が住む町について語り始めた。
砂漠はまだ続き、体力の心配が自分としてはあったのだが、聞く分にはそこまで力は使わないし、この淡々と続く景色と、照り付ける恒星の暑さを紛らわすのにはちょうど良かった。
「街は、オアススと言う。もともとのオアシスからなまってできた街なのだが、その名残もあって大きな街さ。沢山の物が行き交いとても面白い。値切る声が心地よいんだ」
ガムランは約三年ぶりに帰るようだ。だからこそ子供の性別が分からないのも納得だった。度々メールが来るには来るそうなのだが、やはり時間差がある。だからこそ、大きくなった子供達や、愛すべき妻と会うことを楽しみにしているようだった。
「妻とは、まだ十歳に満たないころに知り合ってね、そのころから惚れてたんだ。俺は商人の出でね、彼女は酒場の娘だったのさ。よく親父に連れられて会っていくうちに好きになってしまったんだな」
他人の馴れ初めを聞くのは嫌いじゃなかった。なにしろその話し手が楽しそうに話すからだ。その気分が周りを明るくし、気付くと自分の心も高まるのだった。
「アポロンは結婚しているのか?」
「いや、僕は未だしていない。それに僕はコスモナウト、ええと宇宙人だからね。流浪人が家族を持つのは悲しませるだけだから」
「そうか? まあ。若いからそう思うのは仕方ないな。だがな、家族っていうのはお前が思うほど弱いものじゃない愛し合う関係者というのは時間も場所も超えるものさ、たとえ何年会わなかろうがその存在は変らない。自分にとっても相手にとってもだ」
「そういうものなのか?」
「そういうものだ。家族はいいぞ。ありきたりではあるが、帰れる場所があるということだからな」
彼は白い歯を見せ、高らかに笑った。
コスモナウトにとってそんな場所は存在するのか分からない。だからこそ「ああ」と返事するしか無かった。
そのまま、ガムランと話を続けると、ようやく町が見え始めた。しかし、その街は彼の言う通りならば、明るくオアシスの名残を持つほどの美しい街であるはずなのだが、自分にはどうも寂れた集落にしか見えなかった。
「なあガムラン本当にここなのか?」
「ああ、そのはずなんだが。早く行こう」
彼もその様子がおかしいことを不安に思っているようで自然とその足は速くなった。
そのオアススといいう街は端的に言うと、荒らされ壊され無くなっていた。
「最後に連絡が来たのはいつなんだ」
「そう前じゃない。帰ることを連絡したのが三か月前だ」
彼は泣きそうな顔で歩いている。時折見える露天の店は最早人の気配などなく、埃まみれだった。
「家に行く」
そう彼は言いひとまず別れることにした。特に当てもなく、彼に何を言えばよいのか分からなかったので、その提案に了承したのだった。
街と言えるか分からないが、崩壊したレンガを見ながら食料品があるか探してみた。
この光景は何度も見たことがある。盗賊が来た後はかならず、こんな有様になるのだ。彼らは女を攫い、金目
になると分かるならば全てを盗りつくす。
しかし、それが一概に悪いことだとは思わなかった。彼らには彼らの生活がある。それで人を傷つけているだけなのだから。
街を漠然と歩いていると、食料貯蔵庫があった。扉は開けられ、無造作に投げ捨てられる保存食があった。
盗賊は基本的に保存食は盗らない、それは腹の足しにはなるが栄養価はそこまで高くないからだ。同じ荷物ならば、それこそ干し肉や、穀物を盗るものだ。今回訪れた盗賊もそう考えたのだろう。
こさえたリュックに、その保存食を失敬する。すると、ガムランが自分を見つけ出した。
「駄目だな、これは」
そういうガムランは静かに泣いた。それもそうだ。あんなにも愛していた家族がいなくなってしまったのだから。
「死んじまったか、売られちまったか。もしくは逃げることができたか」
彼は自分の考えをまとめるように言う。大事そうにもっていた陶器も最早身に着けていない、自暴自棄になりかけているのは一目瞭然だった。
「この辺に盗賊団がいる場所はないのか?」
「さあな。なにしろ最後の景色から数年経っているからな。奴らはすぐ住処を変える」
「そうか」
それ以上に彼に語ることはできなかった。家族を失った経験などない。だからこそ、彼の心に歩みよることはできるが、理解することはできないのだ。
「アポロン、俺はどうすればいいんだ」
再び泣き出す彼の顔は、地獄ここにあり、とでも言っているようであった。
夜になり、仕方なくこのさびれた街でビバークすることにした。食事はこの街に来るまでに全て食べてしまったので、せっかく手に入れた保存食に手をつけるしかなかった。
「無事なら良いんだ」
ガムランは言う。
「無事なら問題ないんだ。こんな広い星だけど、いつか会える。宇宙に行ったとしてもそこに家族がいるなら帰ることができるからだ」
それは自分に言い聞かせるようであった。
「俺はひとまず近くの街に事態を把握するために向かうとする。もしかしたら、逃げた家族もいるかも知れないからな」
そうか、と呟くとたき火のパチパチと燃える音だけがその場に残った。
次の日、二人はオアススを出ようと壊れかけた門へ向かった。
「すまなかったな。アポロン。無駄足を踏ませた」
「いいんだ気にしないでくれ」
彼は数日前に比べ、ずっと老け込んだように見えた。その瞳は暗く沈んでいる。
彼とは向かう先が真逆だったので、別れることになった。道は分からなったが、彼の使っている地図をくれたので問題はなさそうだった。
2人は分れを告げ、それぞれ歩みだすと、ガムランの驚く声が聞えて来た。
「ああ、これは」
彼のもとへ急ぎ向かう。そこにはレンガに文字が刻みこまれていた。
「何て書いてあるんだ」
「家族は無事だ。無事なんだ」
どうやら、この星の反対側に位置する親戚の家に向かうと書かれているようだった。
「無事なんだ。よかった会うのはずっと先になるかもだが、生きているんだ。良かった。愛すべき者は生きていたんだ」
泣きわめく彼は、鼻水を垂らし喜んでいた。
「おれに帰る場所はまだあるんだ」
そういう彼を見た自分に、その言葉はずっしりと響いた。
コスモナウト、宇宙の旅人。
もちろん友人も恋人も家族もいた。しかし自分は捨てたのだ。彼らは今のガムランのように便りを出したら泣いて「よかった。無事か」と喜んでくれるのだろうか。分からない。家族を慈愛し、涙する彼とその姿を見て何も言わずに立ち尽くす自分は全く違う生きものなのかもしれない、そう漠然と思った。
「戻るか」
最早自分に「帰る」という概念は無かったし、彼の言葉を聞くまで「帰る選択」そのものを忘れていた。そんな自分に少し怖くなった。


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