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〇食のコピー問題


飲食ライターになって、一番最初につまずいたのは「食に使う語彙の少なさ」だった。
お店の紹介を書くのに「こだわりの○○屋」と書いて、上司から「いやいや!大体のお店がこだわりがあるからお店やってるんよ!」とツッコミを受けたり、
「鮮度抜群の鶏刺し」と書いて、「鶏刺しは大体鮮度抜群じゃないと出せないよ!」とか言われたりした。

中でも先輩によく言われたのが、「もっとしずる感のある文章を書いて」という一言だ。
しずる感…!?とわかったようなわかっていないような反応をしていると、「食欲に直接響くような文章のこと!」と教えてくれた。

脳に直接響くような、文章。
それは、食欲にダイレクトに訴えかける文章。
それ以降、生活の中で、目に入ってくる食のコピーを逐一気にするようになった。
すると、あるわあるわ、ネットにも、街頭にも、スーパーにも、気づけば世間は食のコピーまみれだった。

驚いたのはその豊富さだ。
普段は気づかないけれど、私たちは特段意識しないまま毎日大量の食のコピーにふれている。
パン売り場に行けば「カリカリ食感のガーリックフランス」だの「ふわとろチーズの丸パン」などのコピーが目に入る。ビール売り場に行けば「ゴクゴクッ!爽快のどごし!」「きめ細やかな泡のビール」などと書いてある。
これらを浴びるように受けている私たちは、ほとんど無意識レベルで「カリカリっとした食感で、きっと香ばしいのだな」とか、「ゴクゴクのどが鳴るくらいだから、きっとキレのあるビールなんだろう」とか勝手に想像を膨らませ、まんまとそのイメージを信じて食品を購入しているのだ。

よくよく観察すると、これらにはいくつかのパターンがあるようだった。
「カリカリ」「とろとろ」など、食品の特徴を誇張した形容詞。
「のどごし」「満足感のある」など、それを食べる・飲むことで身体に起こる変化を書いた言葉。
「鮮度抜群」「期間限定」など、その食品の希少価値を押した表現。

そして、私は気付いた。食品の特徴や身体の反応を、オノマトペや丁寧な描写でひとつひとつ救っていけば「しずる感のある文章」になるんじゃないか…?
よし、それならば、自分もこうしたコピーを考えればいいのだ!

…と思って書き始めたのもつかの間、私はある問題にぶち当たった。
大体の表現が、もうすでに言い尽くされていたのだ。

考えて考えてその料理に向き合って、結果選んだ言葉が「外はサクサク、中はトロトロ」だった時、私はがっくり膝を落とす。
所詮、先人には勝てないのか…!という気持ちになる。そうした表現が的確すぎて、そして改良の余地がない程食欲を刺激するのを感じて、闘う前から負けを感じる。
そうか。思えば普段目にしている「当たり前」だと思っている食の表現も、そもそもは誰かが考えて流行らせたのだ。作者がどこかに確実にいるのだ。

ここで、個人的に「絶対かなわない…!」と思った食のコピーベスト3を発表したい。

第三位
「食材本来の旨味が味わえる」

よく焼肉屋とかで見る一言。「肉本来の」とか「野菜本来の」とかいう使い方をされる。このコピーがすごいのは、この一言で「食材の質がいい」という部分を想像させるところ。食材そのものの旨味、ってよくよく考えると変な言葉なのだけど(だって、じゃあ他の場合は食材の本来でない味を食べてるわけ?ってなるから)、食材も調理法にもよいイメージを与えられる使い勝手のいいコピーだと思う。

第二位
「噛めば噛むほど肉汁あふれる」

個人的に「わかる!!!!」と思う率NO.1のコピー。前半にすごく野性感があるのに、後半で肉汁を堪能しているような落ち着きを感じさせるのがポイント。「噛めば食材の味がどんどんわかってくる」というのは思えば当たり前なのだけど、こう書かれると特別な食べ方のような気がしてくるからすごい。「噛めば噛むほど」と消費者に食べ方を指南しているのに、まったく強制力を感じないさりげなさも見事。

第一位
「五臓六腑に染み渡る」

内臓がここまで全面に押し出されているのに全くいやらしさを感じさせないですね!?と何回見ても驚いてしまう表現。「染み渡る」のところで、全身でその食材の栄養を吸収しているような豊かさが感じられる。食べ物を表そうとしたときに、自分の内臓から発想を始めるってすごい。最初に使った人まじでどういう考え方してるんだ…!


と、突然個人的にお気に入りを3つ挙げてしまったが、もちろんここに入りきらないものですばらしい表現もたくさんある。
日頃から少し気にしてみて、そのコピーを最初に考えた人のことを想像してみる。すると、毎日の食事もますます楽しくなってくること間違いなし。


(食欲をさがして ㊳)