芸術

 昔ある音楽家に出会った。その男が謳った音楽は「病んだ魂を癒す現代の鎮魂歌」というものだった。


だから自分の楽曲を聴いて楽しい気持ちになることは求めていなかった。


僕は彼のように自分の芸術を高らかに語れる人が羨ましいと思った。彼が音楽家として大成することを心から願う。

僕はその音楽家が書いた曲を聴かせてもらった。その曲は暗く悲しげな雰囲気を帯び、それでいて僕の心をたぎらせた。そこで彼に尋ねた。

「あなたの書いたこの曲はなぜこんなに暗く悲しいのですか?」

男は答えた。

「悲しい曲は美しい。自分が求める芸術のその根本は美しいものの追求である。曲を書いているうちに気づいたのだが、私の曲を聴いた者は皆呪われたその魂にかがり火を焚かれるらしい。」

「でも悲しくて暗い曲になぜそのような効果が?」

「君は悲しい時にたくさん泣くと気持ちが晴れたりしないかね?」

「そういう時もあります。」

「そういうことだ。恐らくだが。」

「泣くという感情の爆発が魂に火を付けると言うのですか?」

「さあ、どうだろうな。少なくとも私は自分の曲にそういう力があると信じ、追い求めている。」


音楽家が語ったその話は真実かどうかは分からない。けれど僕は今でも自分が最悪の不幸に襲われたと感じるとき孤独の中で彼の曲を聴いている。いつまでも色褪せない新鮮さが消えかけた魂のかがり火が再び強い明るさを取り戻させてくれるのだ。






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