人間をやめた日
鈴木という男は変わった少年だった。一見、どこにでもいる普通の男子生徒と変わらぬはずなのだが、彼の振る舞い方にぎこちなさを見受けられることが多々あった。
彼は人の話を聞くのが苦手な傾向にあった。小学生の頃、担任の先生に授業で当てられても的外れな回答をすることも多く、教師含めクラス全員に白い目で見られがちだった。
彼は周りの生徒たちとうまく溶け込んでいるかというと実際はそうではなかった。別に彼がいじめられてたかと言うとそうでもなく、ただ、いわゆる「空気を読む」ことや「自分がされて嫌なことは相手にはしない」ということについて理解できなかった。内緒話をすぐ他人に公言してしまったり、他人が不快に感じられる行為が彼にとって決して不快なものではなかったり、他人への共感力が乏しいように感じられた。
だから周りは彼のことを面白がりはするものの一緒に遊んだり、輪の中に入れることには抵抗があったようだ。現に鈴木は小学生の頃、子供たちに遊び仲間から外されてしまうことが多かった。
小学生時代こんな事件があった。数人の男子生徒が鈴木にこう言った。
「永田、テストで0点取って兄ちゃんにバカにされたんだって、どう思う?」
この時、永田と呼ばれる少年含めてクラスの男子生徒6人が鈴木に共感や同情を求めて永田の不憫を共有しに来た。ところが鈴木は
「あはははははっ!!!!」
と大爆笑。これには永田も大泣きしてしまい、鈴木は何がなんだか分からず慌てた。6人は彼を責め立て、鈴木も泣き出す始末。この時の私は無邪気に笑った彼の号泣する不憫な姿に同情し慰めてやった。
鈴木が相手の考えや気持ち、場の雰囲気、空気というものを理解できないように、相手もまた鈴木の発する言葉や考えが理解できなかった。どこかうまくいってるようで、実際は周囲との歪なコミュニケーションによって苦しめられていた。
次第に彼は周りに溶け込めるように、自分の意見や考えを殺して、他者の声に耳を傾けることに集中した。生徒同士の会話の様子、どういった場面で生徒がどういう反応をするのか観察することに集中した。それはまるで人間の言葉を聞いてモノマネをするオウムやインコのように。
「あ、普通はここで驚くのか。」
「そうか、みんなああいうことすれば怒るのか。」
「人間はこういうところで怖がるのか。」
彼がそんな風なことを横で呟く度に私はこころの奥底がほんの少し冷える感覚に襲われていた。私たちの見えないところで鈴木は少しずつ壊れ始めていたことをどこかで勘づいていたのかもしれない。
私が鈴木に対して狂気を覚えたことを確信したのは、6年生の2学期頃。彼が所属していたクラスの悪評をなんとなく本人に聞いてみたことがあった。
「1組ってクラスで飼ってたハムスター殺したって本当なの?」
「本当だよ、僕が殺した。」
「は!?なんでそんなことすんだよ!かわいそうじゃん!」
「いやだって、みんないじめてたし。大澤なんて爪楊枝で刺して遊んでたんだよ。ペットっていじめるものなんじゃないの?」
「あいつらは楽しいからやってんだよ......お前はハムスターを殺して楽しいのか?」
「別に?なんかそうした方が良いのかなぁ〜って思って。」
中学生になれば彼の『人間の真似』は達者なものになった。しかしそこでも彼は一風変わった男子中学生として認識され、意思疎通に苦しんでいた。
そして、私が『人間』という言葉におぞましさを覚えた恐ろしい事件がこの日起きた。
河川敷にいたホームレスが1名死体で発見された。現場に多くの証拠が残されていたので、犯人はすぐに捕まった。
鈴木だった。
中学生が犯人なだけに地元の人たちは大いに驚いた。しかし本当に私たちを驚かせたのはこれからだ。人づてで聞いた、鈴木と警官との取調べでのやり取り。
「なんで殺したんだ。」
「いや、みんなやってることなんで僕もそうした方が良いのかな〜って思ってやりました。」
「は?」
「だって世界中の人達がみんなこぞって誰かを殺してるじゃないですか?昔の日本人だって沢山の人たちを殺してきたんだし。」
「君、自分が何言ってるのかわかってるのか?」
「え?僕何か変なこと言ってます?70年くらい前まで戦争してたじゃないですか。
それに警察の人だってよくあそこにいたホームレスの人立退きさせてたじゃないですか。だったら尚更殺した方が良いのかなぁ?って、居なくなった方が良いのかなぁ?って思ったんです。」
取調室で警察官とこのようなやり取りをしたらしい。
鈴木は誰よりも人間の真似をするのが得意だった。完璧な『人間』という『動物』になりきり、他の『人間』をなぶり殺しにした鈴木の見事な『模倣』を知った私は人間を辞めることを決意したのだった。
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