見出し画像

「手を握る」ことのあたたかさ

先週、関西の実家に戻る機会があり、入院中の祖母に会うことになった。

前回会ったときから数か月。90歳を超えていることもあり、認知機能の低下も心配だった。担当の方から聞いた話では、やはり入院前と比べると認知機能の低下は進んでいるようだ。自分のことも忘れてしまっているのではないか、そのとき自分はどう思うのだろうか…。

考えすぎて緊張が大きくなるなか、ついにその時間が来た。
両親とともに、祖母が滞在する部屋へ入ると、そこには少し小さくなった祖母の背中があった。何から話そうか、いや前は何を話していただろうか、いっそ不安を解消するために率直に聞いてしまおうか。そんな考えが脳内で渦巻く中、身体は祖母の手を握っていた。言葉や間柄はたとえ思い出せなかったとしても、握ることによって伝わるものがあるのではないかと思ったから。

祖母の手は小さく、しわしわだった。しかし触れたときのあたたかさは、やはり祖母だった。そして手を握るというただそれだけの行為ではあるが、祖母は「ありがとう、ありがとう」と嬉しそうな表情で、どこか涙を堪えるような様子で、何度も、何度も言ってくれた。

幸いなことに、まだ顔はわかってくれたようだった。しかしながら、名前は聞けなかった。顔を分かってくれただけで、それだけで少し安心したから。通じ合えた気がしたから。「また来るでな、元気にしとかなあかんで」「頑張ってリハビリしよな」その言葉は数時間後にきっと忘れてしまうけれど、あのときの手の温もりだけは、覚えていてくれるような気がした。

※ 先週の「つぶやき」に関連する内容になります。

ここから先は

2,302字

¥ 100

期間限定 PayPay支払いすると抽選でお得に!

この記事が参加している募集

#給料の使い道

372件

よろしければサポートお願いします! いただいたサポートは日々のちょっとした幸せのために使わせていただきます!