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コハルの食堂日記(第18回)~平成最後の桜③~

 平成三十一年、四月三日、水曜日。「味処コハル」の定休日。
 今日は前々日からの約束の通り、春子と勲の「花見デート」である。幸い天気にも恵まれはしたものの、「花冷え」のするやや寒い日でもあった。また、東京でも例年になく早く花を咲かせたので、四月に入ったばかりなのに既にどんどん散り始めていたのだ。それでも平日なのに上野の街は花見客と思わしき、人でいっぱいだ。

 春子と勲、まさに桜吹雪の中の上野公園を、人ごみの中だが、ふたり並んで歩く。
「しかし、まぁ、あと何回こうやって桜を見ることができるのやら。来年すらもどうかね」
「あなた、そんなこと考えないで。来年も一緒に見に行きましょう」
「うむ、無粋な考え方だと解ってはいるけど、ついついそう思っちゃうもんなんだよな。まぁ、『平成』の桜としてはこれで最後だが……」
「そうね、『平成』も終わっちゃうからね」
「来年は『令和』になっているのか。まぁ、花見できるような平和な世の中が続いていれば、それでいい」
 来年もまた当たり前のことが当たり前であるような平和な世でありますようにとの願いを込め、感慨深そうにその台詞をつぶやいた勲だった。そこで春子が。
「ねぇ、このあと、アメ横寄って、そして豊洲の方にも行きましょう。食材の目利きも店員さんとして重要なことよ」
「なんだ、今日は『研修』も兼ねての、なのか」
「あなたにとっては、まだまだ『これから』なのよ! ……もちろん私もまだまだ『これから』だけど」

 しばらく無言のまま、桜吹雪の中歩みを進めるふたり。それから今度は勲が口を開く。
「今日は久々のデートか。なんか学生の頃とか思い出すなぁ」
「あなた、最初っから恥ずかしがりだったよね。シャイボーイ」
「そうだったかなぁ……」
「今でもだけどね」
「そうかぁ? シャイじいさんだな、おい」
「あら、あなたは私の中ではボーイのまんまよ」
「おい、どういう意味だ、それ?」
「ねぇ、山田一浪さん」
「ああ、そう呼ばれたこともあったなぁ。今でも浪人してたら四十浪目は軽く過ぎてるな……」
「……浪人の大ベテランね」
 思わず苦笑するふたり。散りゆく桜の花びらが容赦なくふたりの服や頭の上にかかっていく。
「そこらの教授より年上かよ」
「仮に入学できたとしても、扱いにくいかもしれないわね」
「いやぁ、たまに退職後、シニアになってから大学に入学する人もいるらしいよ。俺にはちょっと難しいな……」
「今からでも学ラン着て、再入学目指してみたらどう?」
「なんで学ランなんだよ。この歳で……」
似合いそうだと思うけどなぁ」
「まぁ、俺は『味処コハル』の新入店員として新しいスタートを切ったんだけどな」
「そうよ。結局、人生『これから』なのよ」

 そんなふうに会話を交わしつつ、二人は公園を出てアメ横の方へ向かって行った。

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