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お子さんの市場価値は?
生きる力
教育に関心のある方なら一度は耳にしたことがあると思う「生きる力」。
教育の目的の「人格の完成」の最重要項目の1つです。
生きる力を育むこと。
これこそ教育である。
それは学校教育はもちろんのこと、家庭教育でも、地域教育でも同じ。
スポーツの世界では最近よく聞きます。勝つことが最終目的ではないと。勝つことを通じて、生きる力を育む。
あなたはお子さんの「生きる力を育む」ために何をしていますか?
論理的思考力
プログラミング教育とも表されます。
AするとBが起きる。Bが起きるとCになる。だから、Cを目指すとき、Aをすればよい。スクラッチとかマイクラとかのゲームで身につくとされ、最近ではそういった専門の塾もあります。
学校の勉強での応用問題といわれる系の問題を解くには、この力が必要とされます。
学校教育の教育課程にも、実は導入されました。小学校では算数と理科にその単元が増えているのです(結構やっかいというのが正直な感想・・・)。
そして先ほどと同じように学校教育だけでなく、家庭教育、地域教育でも同じです。なんせお子さんに必要な力ですから。
あなたはお子さんの「論理的思考力を育む」ために何をしていますか?
コミュニケーション能力
もはや説明不要な力ですよね。人間社会で生きる上で避けては通れません。一部の職業を除き、働く上で必須です。幸福な人生かどうかは人間関係の良さで決まるともいわれています。
学校の中は多くの人が集まっています。やはり欠かすことはできないかと思います。ではまたしても同種の問い。
あなたはお子さんの「コミュニケーション能力を育む」ために何をしていますか?
能力至上主義
さて、今、生きる力、論理的思考力、コミュニケーション能力と3つの力を取り上げました。文を読み進めた感想はいかがでしょうか。
世間ではやたらと、スキル、能力がもてはやされています。「終身雇用が崩壊した今、あなたにはどんなスキルがありますか?」とか「あなたの市場価値は?ビ〇リーチ!」とか。
でも・・・能力って固有のもので固定なものなのですかね・・・?
今私は4クラスに対して授業をしています。同じように授業をしても上手くいくときと上手くいかないときがあります。同じ人が同じ学年の授業を同じようにしても、能力が発揮されるときと発揮されないときがあります。
また、教員の世界には(特に小学校)学級経営力というのもあります。今風に言うと、チーム作り。これもそこまで力的には毎年そんなに変わらないはず。
しかし、私が同じ学年を同じように学級づくりをしても、同じような学級にはなりません。それこそ上手くいくときもあれば、上手くいかないときもあります。
教員ばかりの話もあれなので、一般的でみなさんにもなじみのあるコミュニケーション能力で考えてみます。
コミュニケーション能力が高い人なら、どんな人とでも話ができるでしょうか。逆に、コミュニケーション能力が低い人はどんな人とでも話ができないでしょうか。そんなことはないですよね。
もううすうすお気づきかと思いますが、能力さえあれば、いつでも誰に対してもその力を発揮できるというわけではありません。
能力は相性や環境で大きくも小さくもなります。だから能力というものは固有のものでも固定のものでもないというのが持論です。だからこそ個人の能力は正確に測れない。
正確に測れないものにそこまで価値を置きすぎるのはいかがなものでしょうか。市場価値も曖昧で、評価する人・場所・状況が変われば、簡単に変わると思うのです。
とはいえ、能力というものが全くないともいえないと思えます。やっぱり、授業力がある人はない人よりもよい授業ができます(何をもってよい授業かという議論は要議論)。学級経営力がある人はない人よりもよいクラスをつくれます(何をもってよいクラスかという議論はまた今度)。コミュニケーション能力がある人はない人よりも話ができます(これはいっか笑)。
身に付けてはほしいけれど、曖昧で正確ではないから身に付いているか分からない。それが現実だと思います。
結局
これをお読みのあなたもいろいろな能力をおもちですよね。その能力ってどうやって身に付けましたか?能力の話ですよ。資格ではありません。何か具体的な目標ではありません。
たとえば、上述した「生きる力」。あなたの生きる力はどれほどでしょうか。生きる力という言葉は2008年から学習指導要領に載りましたが、大人だったら生きる力ありますよね。生きる力はどうやって身に付けましたか?
生きる力という言葉は曖昧で難しいという方は、論理的思考力で結構です。どうやってあなたは身に付けましたか?
それもちょっと・・・という方は、コミュニケーション能力でいいです。いつどうやって身に付けましたか?
どの能力も「日々繰り返すうちに身に付いた」のではないでしょうか。いろいろな目標なり課題なりをクリアしていく過程で身に付いたのがほとんどだと思います。意識的に身に付けた能力もあるかもしれませんが、ほとんどは結果的に身に付いたものではないでしょか。
能力は身に付けるものではなく、自然と身に付くもの。一旦そう考えてみると見方が変わってきます。むしろ今の私は意識的に身に付けようと思っても結局やることは日々の繰り返しなのではないかと思います。
学校、仕事、家事、恋愛、友人、趣味など。
日々私たちはいろいろな種類の活動をしています。学校を一つとっても、様々な教科や行事があります。それは仕事、家事などの他の種類でも同じです。だからどれか一つの活動が一つの能力を伸ばしているとは考えにくいです。
一つの活動が生きる力を伸ばしているし、論理的思考力を伸ばしているし、コミュニケーション能力を伸ばしていることだってある。
だから能力を高めなきゃと焦るよりも、子どもとの日々の暮らしを楽しむ。
だから一つの能力をあげる練習をするよりも、子どもといろいろ遊ぶ。
そういったことでよいのではないでしょうか。
意外な場面でやっていたことが活きてくるものです。今をいろいろ楽しむと結果的に将来のためにもなる。可能性が無限の子ども時代はそんな風に考えてもよいのではないでしょうか。
能力は、NO力。力ではなく、思い出を残してはみませんか。おあとがよろしいようで。
最後までお読みいただきありがとうございました。何かの参考になれば幸いです。素敵な一日をお過ごしください。
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