見出し画像

違う角度から観察すると見えてきたこと【#2000文字のドラマ】

付き合ったばかりのハナから初デートのお誘いがあった。地下鉄天神駅の天神地下街にある「光のアート」を観に行きたいとのこと。
天神のことならば何でも知っているという自信があったのだけれど、「光のアート」の存在は知らなかった。

デート当日。
自宅でどの服を決めるのに時間が予想以上にかかったのは、きっとそれだけ今日が大事な日だと感じているからだろう。
地下鉄西新駅で待ち合わせをして、そこから天神駅へ向かった。ハナは明るいアクアブルーのワンピースの服装。
正直、緊張しすぎて、何を話したかは覚えていない。

ぼくは、駅から降り、いつもだったら階段を選ぶけれど、今日はエスカレーターを選んだ。
そして、改札のところで事前に友人からもらっていた天神地下街の手作りの地図を開く。

ハナは天神地下街が、初めてのようで興奮していた。半年前に大学進学に伴って、福岡に引っ越してきたのはいいが、緊急事態宣言中だから外出は避けていたようだ。だけど、日曜日の夜は少ないだろうという判断で今回のデートは実現した。

**

インフォメーション広場にある、円柱の天井にあるステンドグラス。そして、ヨーロッパのような雰囲気を漂わせる「からくり時計」が輝いていた。
足元は石畳の道となっていて、ゴツゴツしている感触があることが伝わってくる。

このような空間があったことにハナの感嘆する姿から気づかされた。
タルトのお店の前を通り過ぎると、その甘い香りに誘われそうになる。

「天神地下街をこんなに観察しながら歩いたことなんてなかったよ。」

ぼくは、思ったことをそのままつぶやいた。

「え、もったいないよ。眺めていたら、目的地にたどり着くまでには、まだまだ掛かりそうだね。」

とハナは、見るものすべてに感動をしているようだった。そんなハナを見て、ぼくは笑った。

話しよりも景観に夢中になって歩いていると、「光のアート」に辿り着いた。
神々しく輝いているモダンなパリの街並みが描かれていた。
天神地下街の四十周年を迎えた記念に作られたモニュメントらしい。
作品を観ていると作者の手のぬくもりを感じてしまうから不思議だ。
その作品を前に見入ってしまって、ハナから声が掛かるまで時間を忘れてしまっていた。

***

きっとこれまでは作品の良さも分からずに写真を撮って、見返すこともなかっただろう。
ここで、ぼくの心のなかで何が起こっていたのかは、わからない。

アートなんて無縁だった。
作品から伝わる思いを受け取る面白さがある。
いま、歩いてきた石畳も誰かの願いが込められているかもしれない。

気づいたのは、もう1人同じように作品の前から離れない人物がいた。高校で一緒だったナオキだ。

パーマをかけていたから、すぐにはわからなかった。高校のときから有名人。
美術部で様々な賞を獲得していて、いまは美大に通っていると聞いていたが、なんでここにいるんだろう。

そんなに、クラスも違い仲良いわけじゃなかったが、なんかこのときは話したくなったんだ。

話をかけるとナオキは、ぼくのことを覚えているようだった。

「この作品のこと好きなの?」

ナオキは尋ねてきた。

この日のナオキに話しかけたことをキッカケに、ぼくはアートの道へ踏み出すことになる。そのことをハナは知っていた。

ーーーーー

毎週テーマを決めて共同運営を続ける日刊マガジン『書くンジャーズ』。
今週のテーマは、【 2000字のドラマ 】でした。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?