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【ショートショート】記憶の日記

第17回坊っちゃん文学賞で落選したショートショートです。感想がありましたら、ぜひコメントください。

私が育ったこの田舎町では十五年ほど前から都市計画によって商業地区に指定された一カ所を除き、隣家との間隔の離れた住宅や長閑な田園風景が広がっており、都会とは全く違った時間が流れているような町だった。

僕たちのような子供たちの遊ぶ場所は、小学生の頃は大きな公園であったが、中学生になると商業地区の方にも遊びに行くようになった。商業地区は新旧の街並みを共存させるまちづくりがテーマで、新しい建物と古い建物が混在しており、見栄えは良いとは言えなかったが、近隣の住民は満足しているようだった。

「あそこの裏路地行ったことある?」
「ないけど、行くなって言われてる。」
「誰に?」
「先生に。」
「タイチは真面目だな。」

ユウスケとは小学生の頃からの付き合いで、僕のことを分かっているかのように気が合うので中学生になった今でもよく一緒にいる。

新しい建物も増え始めた頃、都市計画の理想とは裏腹に、近所の商店街のシャッター街化が始まり、ほとんどの店が大型商業施設に競合できずに店を閉めた。これがキッカケで、不気味にも見える路地が増え、子供たちはそういった場所に行かないように言われていた。

確かに、人を出迎えるような店構えの割に一つも営業している店のない商店街は不気味だったし、その裏路地ともなると良くない噂が流されるのも理解ができた。僕らの同級生も、噂には敏感であったが、実際に行ったことがあると言っている人はいないようだった。

「あの通り、どの店もやってないように見えるじゃん?」
「なんかやってんの?」
「本屋があるらしい。」
「本屋?何で本屋だけ生き残ってるの?」
「分かんない。やすい漫画売れ残ってねえかなあ。」」

僕はユウスケから聞いたその情報が妙に気になった。それは漫画が売れ残っていることが気になっているわけではなく、商店街で唯一営業しているその本屋に純粋に興味を持った。

明確な目的を持って本屋に行くのだから、周囲には相談せずに裏路地に入り、一人で本屋を探した。そこで見つけた本屋は入り口が小さく、確かに誰の目にも付かないような外観の本屋だったが、散々怪しいと言われていた路地にあったその本屋は、おおよそイメージ通りだったので、そのまま入店することにした。

中は薄暗く、本の品揃えは新作よりも中古本が並んでいるようだった。僕は予算的にも中古本が手頃だったので、俄然興味が沸いた。本棚の上を見ると、ジャンル別に分けられた札が貼られており、「未来」「過去」「二ヶ月後」というように期間が記されていた。一番大きな札を見ると、「日記」と書かれていた。

日記帳の棚かと思って一つ手に取ると、その日記は既に使用済みで、日付だけのページが続いており、黄色くなっていた。そして、誰かの日々が綴られていた日記だった。

誰かが日記を売ったのか、だとしたらなぜ陳列されているのか、いや、子供である自分が知らないだけで、大人にはこういう世界があるのだろうと無理やり納得することにしたが、過去の日記だけでなく、未来の日記が陳列されている違和感だけは理解ができなかった。

開いている本を閉じて、未来の日記を手に取った。

未来の日付の書かれたページにも、誰かの日々が綴られていた。よく見ると一冊一冊には、名前が記されていた。手に取った本は知らない名前であったが、もうこの時には名前を見ることが怖かったので、他の日記の名前は見なかった。

「すいません。これいくらですか?」
次に気になるのは値段だった。

「いくらでもいいよ。」
「え?」
「何冊でも、何円でも。」
「え、じゃあこの三冊を500円でも良いですか?」
「もちろん。」

散々怪しいと言われていたあの裏路地にある本屋で、自分のしていることなんて誰も知る由もないだろうと思うと、奇妙な価格設定の本も買ってみる気になった。

レジで買い物を終えた時、旧式のレジスターが大きな音を立てて閉まると、ふと我に返りすぐに店を出たが、既に外も薄暗くなっていた。裏路地も気味の悪さが増していたので、走って家に帰った。日記を夜に見るのは怖かったので、次の日に見ることにした。

「昨日、姉貴と喧嘩してさ。マジでムカついたわ。」
毎朝一緒に登校しているユウスケが話し始めた。ユウスケに昨日の路地裏での話をしようと思ったところを遮られた。

「お前らしょっちゅう喧嘩してんな。」
「まあ、仲悪いんだわ。」

その日は一日中ユウスケの愚痴に付き合った。こういった友人との何でもない時間が好きだったが、その日は何となく昨日買った日記が気になっていた。

帰ってから食事と風呂を済まして日記を開いた。いつかは分からないが誰かの書いた不思議な日記、そう認識してはいたが、どこから見れば分からなかった。

タイトルには「二〇二〇」と書かれていたことや、一ページ毎に日付が書かれていることから、今年の日記だということが分かったが、奇妙に思ったのは、その日記の全てのページが埋まっていたことだった。

今日のページを開いてみる。

「今日は朝から気分が悪い。昨日の姉との喧嘩を引きずっている。タイチに一日中話をしていたら落ち着いた。夕飯は一人で食べようと思っていたが、姉が誤って来たことが嬉しくて、一緒にご飯を食べた。気分が良くなったので、テスト勉強をした。」

自分の名前が書いてあったことに驚いたが、これがユウスケの日記だと一目で分かったことでさらに驚いた。今日の出来事を書いたのか?僕の部屋にあったこの日記になぜ今日のことが書かれているのか?

日記の次のページを見た。

「今日のテストは上手くいった。昨日の追い込みが効いたらしい。タイチは相変わらずできていなかった。いつも同じような成績だけど今回は俺の方がいいかも。」

この先のページは知ってはいけないような気がして、今日はそこまでにして日記を閉じた。


次の日の朝も、ユウスケといつも通り登校していた。

「良い朝だな。」
分かりやすくテンションの高いユウスケがそう言った。

「なんかあったの?」
「いや、別に。まあ今日のテストは何だかいけそうだな。」

日記を見たので昨日姉と仲直りしたことが嬉しいことを知っているにも関わらず、白々しくそう聞いたが、ユウスケははぐらかした。日記に書いてあることが本当だということがその様子から分かったので、特に追及はせずに、学校へ向かった。

三時間のテストを終えると、昼休みにユウスケがテストの出来を聞きに来た。

「テストどうだった?」
「いつも通り。ダメだな。」
僕は日記のことが気になっていたので、前日も当日もテストには集中できなかった。

「へー。まあタイチは悪いだろうな。」
「何で分かるんだよ。」
「まあまあ。俺ね、多分良いぜ。」

ユウスケは分かりやすい性格だった上に、日記通りの様子だったので、途中からユウスケの日記には興味がなくなった。何より友達との未来の先が見れてしまうことの方が怖かったので、見るのをやめようと思った。

残りの二冊は誰のだろうか。家に帰って最初にすることはテスト勉強ではなく、日記を見ようと決めて、家に帰った。

「あんた、路地裏の方に行ったりしてないよね?」
夕飯を食べていると、母が突然質問をして来た。

「何で?」
「いや、タイチと同じくらいの年齢の子がそこを頻繁に通っているのを見た人がいたんだって。」

「俺は行ってないよ。」
「まあ、分かってるけど。学校でも行くなって言われてるんだから、行っちゃダメよ。」

「分かっている」と言われて、行ったことがバレたのかと思って緊張していたが、平常を装った。もうしばらくあそこに行くのはやめようと決めた。同時に三冊も買っておいてよかったと思った。

今夜は別の日記の今日の日付を開いてみる。

「今日は友達とランチに来た。話題は子供たちのことばかりだったけど、結局そういう話が一番盛り上がる。ユウスケくん家は、来年転校を考えているらしい。いろいろあるわよね。」

まさかの母の日記だった。ついさっきの会話のことが書かれている。身近な人の日記は見たくないと思っていた矢先、二冊目に開いた日記は母の現在の日記だった。

もう三冊目に期待するしかないと、三冊目の日記を開いた。

「タイチと付き合って2年になった。中学生の頃からの付き合いだけど、私が考えていることもよく分かってくれるし、これからも上手くいきそう。」

そうか来年には彼女ができているのか、と読んでいる途中に興奮した上に、名前を見るとずっと好きだった女の子の日記だった。表紙には、「2022」と書かれていた。

こういうことなら先に見ておくのも悪くないと、満足しながらページをめくった。2022年は、この子との幸せな毎日が続くことが日記によって分かった。

また、あの本屋に行っても良いかもなんて考えていた。

「気分良さそうだな。」
次の日の朝も変わらずユウスケと学校へ向かっていた。昨日の日記のことで浮かれていたが、そのことが表情に出ないようにしていたにも関わらずユウスケに指摘された。

「別に。何で?」
「何となく。そんな気がした。」

ユウスケは中途半端に返答した。

「この前、路地裏の本屋の話したじゃん?」
「そういえばしたな。」
「お前、あそこ行った?」

また聞かれた。行ったことがバレているのか分からないが、とにかくこの質問をされると焦る。

「いや、行ってないよ。」
「まあ、分かってるよ。言ってみれば良いじゃん。幽霊出るかもよ。」
「怖いな。行かねーよ。」

タイチはやけに余裕そうだった。何かを知っているかのように。

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