気付きって不意に見つけるよねって話

どうも、やまりょーです。ここ最近は梅雨と日々の不完全燃焼からくるストレスでなかなか寝付けません。いつになれば寝られるのやら、気になるばかりです。

それはどうでもいいんですが、先日あることに気付いたんですよ。

「自分にとってのありきたりは、誰かにとっての新しいなんだろうな」

なんでこの気付きがあったかというと、この気付きに繋がる体験が数日前にあったからです。

その日の夜、私がお風呂の準備をしていたとき。

母親がとあるアニメを見ていました。なろう系で異世界ファンタジーものでした。タイトルまでは覚えてませんが比較的最近のものらしく、私も横目で流し見していました。

最近はまるっきりアニメは見なくなりましたが、5年くらい前までは私自身もアニメをよく見ていました。特に熱中して見ていたのが俺妹や変猫、SAOなど。ライトノベル系アニメが深夜帯を占めていたころでした。もしこの時にアニメと出会ってなかったら間違いなく今の私はいないと思いますし、いろいろな経験をする動機にもならなかったと思います。

しかし、その流し見していたアニメについて感じたことは「なんか、ありきたりだな」でした。もっと直接的な感想でいうと、面白味を見つけられず興味を持てなかったのです。ハーレム系にあるラッキースケベ演出や、かっこいいアクションシーンなど、見どころはあるけどいまいち魅かれない。アニメやライトノベルで育ってきたというのに。

先ほどアニメはまるっきり見なくなったと記述しましたが、そういったものから完全に離れたという意味ではありません。最近流行りの「ウマ娘」には熱中していますし、本屋へ立ち寄った時にコミックコーナーに足を向ける癖は定着したままです。アニメについても、何が放映されるのかは今でも確認してたりもします。

だけど、なんでこんな気持ちになってしまったんだろう。母親はあんなに面白がって見ていたのに。わずかな自己嫌悪と共に、この原因を自分なりに考えるようになりました。

ちょうどその頃、私の友人が「ウマ娘」を始めたというのを見かけました。それと同時に、「このゲームではどうやってうまく育成するんだ」と悩んでいることも知りました。「やっとこれでウマ娘の話ができる」という嬉しさもあり、私は友人にゲームの仕組みについて簡単に説明しました。

育てるならこの子がやりやすいよ、育てるときはここに着目するといいよ、それはこういう意味なんだよ等々、説明をしていった中で私は行き止まりに突き当たってしまいました。

それは「なんとなくわかったけど、俺は俺のやりたいように遊ぶから」という友人からの一言。

「せっかく育てるのに困ってるっていうから、やりやすい方法を教えているのに」という腹立たしさと、「まぁ人にはそれぞれの遊び方があるからな」というあきらめの気持ち、それに「どうにか友人にウマ娘の面白さをもっと体験してもらえないか」という期待、他にもいろいろな思いがぐるぐると私の頭の中を駆け回るようになりました。

そして友人へかける言葉を探していた最中、先述したアニメでの出来事を思い出しました。そこであることに気付いたわけです。

「自分にとってのありきたりは、誰かにとっての新しいなんだな」

思い返せば、私がアニメにはまった時に見ていたのがSAOであり、涼宮ハルヒであり、Angel Beats!でした。今日テレビで放映されているなろう系ではありませんが、ファンタジーがあり、異世界があり、アクションがありました。そういったものを経てきた私からすると、「前にも見たなコレ」となるのも仕方ありません。だけど、これを経ていない視聴者からすると未知の体験であることもわかります。だからこそ、この初体験をしている相手に過去のことを話すのは野暮なことではないか。これは全てにおいて言えることですが、そういう気持ちがあるかないかでも態度は変わるのかもしれません。

また逆に未知の体験をする立場で考えてみると、右も左もわからないなかで、遊ぶ余地がなくなってしまうとやり辛さを感じてしまう。特にゲームなんかはそうですが、先人の堅苦しい洗礼があるのを感じ取ると距離を置かれてしまう。私自身もこういった経験をしてきました。先人の役割とは、あくまでアドバイザーであり、同じプレイヤーでい続けること。相手の意思を尊重し、その人にあった遊び方に付き添うことが大事なんじゃないかと思います。

全てを自分基準にしてしまうと、他の物差しで測れなくなるな、そんなことを痛感しました。これを読んでくださった皆様も、誰かと同じ物差しで測る日がいつか来るのではないでしょうか。

私は偶然にも、二つの出来事が重なったことでこの気付きに目を向けることができました。気付きって気まぐれなもので、ほんとにいつ顔を出すかわからないものです。ですが、気づきの方から顔を出してくれたことが何よりの縁だと思いますし、それを逃さず覚えていくことも大切なことだと私は考えています。読者の皆様にも素敵な気付きの出会いがあることを願っています。

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