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デブスの教典 三面記事小説



1.卑屈な心


 スーパーマーケットに来ると色んな匂いがする。
土曜日の午後。お店の中は、家族連れで賑わっていた。
ある家族。お母さんはカートにたくさんの食材を乗せて店内を回っている。まだ入れる。一体あの家は何人家族なんだろう。
お父さんが六本入りのビールの袋を下げてバツ悪そうにカートに入れた。お母さんは眉を曲げて小言を言っている。お父さんは手を合わせお願いとポーズをしていた。
「ばかみたい」
うんざりする光景に思わず口にでた。
 
 うちの母は、夜のアルバイトを止めた。父はいつも家にいる。両親ともに働いていない。生活保護をもらっているくせに父はベンツを乗りまわしている。父は母の再婚相手で私のことを嫌っている。時々、汚いものを見るような目つきで私の頭からつま先に目をやる。
無理もない。私は貧乏なくせに太っている。おまけにブス。
小学生の頃につけられたあだ名は「樽女」
地元のやつらは、いまだその名で呼ぶ。

2.ブス、デブ


 何度言われたかわからない。いじめの対象になりたくない一心で、いつも笑ってごまかしていた。
私が何を言っても堪えていない態度でいると、止めるどころか、さらに酷い言葉を浴びせる男子達。それでも、私は笑っていた。

 母は父にべったりで、毎晩狭いアパートでいちゃついていた。ふすま一枚隔てた部屋から母の喘ぎ声がする。娘がいようが関係ない。本能のまま生きる動物のようだった。

 とにかく家を出たかった。お金を貯めるため、高校には進学せず地元の町工場で流れ作業の仕事に就いた。レーンから流れてくる部品を見る毎日。刺激のない日常。
 そんな時、新しく男性社員が入ってきた。彼は、25歳。この工場の跡取り息子だった。大学を卒業して、家業を継ぐため戻ってきたそうだ。
短髪で整った顔立ち。日焼けした肌はきれいな小麦色で、長袖をまくると鍛えられた腕の筋肉が筋立っている。素敵な男性だった。
 だが、私は自分が醜いことを知っている。毎日、彼から隠れるように作業をしていた。
「柳さん、バスで来たの?」
振り返ると彼が立っていた。
「は、はい」
「もうすぐ、終業時間だけど外は大雨だ。雨雲レーダーで確認しても当分止みそうにないから送るよ」
「えっ、いえ・・・。で、でも・・・その、あの・・・」
私は驚きのあまり口の中でもごもごと言った。まさか、私が声をかけられるなんて。
「着替えたら友梨ちゃんと一緒に駐車場で待ってて」
そう言って、彼はその場を立ち去った。
「ばかみたい」
言葉にならないほど小さなつぶやきは、私の口の中に留まったままだった。

3.分不相応な恋

 真一さんの車は白のレクサス。車に疎い私でもレクサスならわかる。
屋根のある駐車場から見る空は真っ黒い雲に覆いかぶさり、遠くで稲妻がピカピカと光っていた。友梨さんは、ゴロゴロという雷の音に反応していた。
「私、雷が苦手なんです」
両手で軽く耳をふさぐ仕草がかわいらしかった。バンビのようなか弱い体つき。彼女と並ぶと体格差が際立つ。
雨は真っ白になって地面を激しく打っていた。足元にまとわりつく湿気は生温かく気持ち悪かった。
 車の後部座席に二人乗り込んだ。方向から行くと私の家が先だと思ったので後から乗った。
 真一さんはうちの父と違い安全運転だった。運転中の父は、前の車が遅いと必ず舌打ちをする。時には、信号待ちでドアを開けて怒鳴り散らすこともある。父の武器は両腕に入った入れ墨だった。
義理とはいえ、そんな父の存在を真一さんには知られたくないと思った。
雨はバケツの水をひっくり返したように車体を覆う。まるで、洗車機に入ったかのように。

しばらくして、車は一軒家の前に止まった。
「ありがとうございます」
「お疲れさま、また明日」
真一さんが後部座席を振り返り言った。
友梨さんは右側のドアを少し開け、傘を開いてから飛び出し、その一軒家へ駆けて行った。
「次は柳さんちだね。住所は出る前にナビにいれたし、だいたいわかるよ」
真一さんは、友梨さんが玄関の扉を開けて家の中に入るのを見届けてからギヤをいれハンドルを右にきった。

 ボロアパートに住んでることを知られている。彼は社長の息子だから従業員の住所を知っていて当然だ。もちろん、家族構成も。
恥ずかしいのと同時に情けなかった。自分の生い立ち、容姿の悪さ、全てが嫌になった。
「柳さんの仕事、すごく丁寧で早いよね」
真一さんの優しい言葉に胸がドキリとし返す言葉が浮かばす黙って微笑んだ。頭の中は、さっき友梨さんが家に入っていく後ろ姿。
”だめだ、この人に見られたくない!”
 大通りを出てから一度も信号にひっかからなかった。次、信号が赤になったらドアを開けて下りる。雨に濡れてもいい。そう決めた。
 

4.友達

 
 真一さんは、修行のため現場から仕事を始めた。大卒だから、ネクタイをして事務仕事をするのかと思っていたのは私だけじゃなかった。
みんな、遠慮気味に彼に接する。
真一さんは言った。
「僕が社長の息子だからといって遠慮しないでください。僕は現場のこと何もわかっていない。僕は新入社員なんです」
「わかった、わかりましたよ。真一さん」
工場長がにっこり微笑みながら言った。
 みんなが彼に好感を抱いた。作業着を着て、一生懸命仕事をする姿は素敵だった。真一さんは、フレンドリーで誰とでも仲良くできる人だった。 
 
 初めて優しく接してくれる男性。恋心は私の胸の中で大きくなっていった。また、大雨が降らないかと期待していた。それまでには家を出る。
私はせっせと貯金した。もうすぐ50万円。時々不動産屋に行って物件を探していた。

 ある日の仕事終わり、工場の外で友梨さんが私を待っていた。
私達は近くの緑地公園まで歩いて行き、周りに人がいないベンチを探して腰を下ろした。
「柳さん、最近明るくなったね。なにかいいことあった?」
「えっ?ううん、なんにもないよ。まぁ、しいて言えばお金が貯まったことかな。私、一人暮らししようと思ってるんだ」
「へぇ、そうなんだ。いいなぁ」
「で、なに?話って」
「柳さんって好きな人とかいるの?」
「いや、いないよそんな人。私にいるわけないじゃん」
「そう、ならよかった。あのさ、合コンしない?私の友人なんだけど、一人女の子連れてきてって言われてて」
「え!私?・・・でも、私合コンなんて行ったことなくて、それに・・・」
「居酒屋でご飯食べるだけだよ。向こうは男二人だから私一人じゃなんだかねぇ。だからお願い!他に呼べる友達がいないの」
 友達。彼女は確かに友達と言った。
友梨さんが私の友達。
「あ、でも・・・私、着ていく服とか持ってないし」
「そんなこと気にしてるの?そうだ!今度、一緒に買い物行こうよ。洋服とかみて、カフェでお茶しよう」
友梨さんは明るい声で私に言った。
心が躍った。信じられない、夢みたいな出来事に私はすっかり舞い上がっていた。


5.処女喪失

 ひどい頭痛で目が覚めた。部屋に両親はいなかった。きっと二人でパチンコにいったのだろう。台所にある掛け時計に目をやるとちょうど10時だった。
蛇口をひねりグラスに一杯の水を飲んだ。今日が土曜日でよかった。
椅子に腰を下ろし、頭を垂れて記憶を呼び起す。

笑い声、もっともっとと煽る声。
途中から、記憶が全くない。
覚えていることは、男性は二人と聞いていたのに、なぜか途中で増え四人になっていた。
どうやって帰ったのかもわからない。朝になると、いつものボロアパートの部屋で寝ていた。

友梨さんは、私よりも3年前の入社で先輩だった。
きれいで親切でしっかり者の彼女。仕事も真面目でよくできることから他の社員から一目置かれる存在だった。
そんな友梨さんに誘われた初めての合コン。

「ブタさん、ブタさん、飲んで!食べて!」

「そんな大きな体なら、いくらでも入るでしょ」

埋もれていた記憶の中からよみがえった声。
「痛っ」
下腹部に痛みが走った。パンツの上に乗っかったお腹のぜい肉を手でつかみ、おそるおそる下半身を見ると出血していた。
「・・・一体、なにがあったの」
自分のからだに問いかけた。


6.亀裂

月曜日。
友梨さんに会うのが怖かった。
私の身になにが起きたのか、彼女は知っているはず。
「おはよ、金曜日はありがとうね」
「あ、う、うん。こちらこそありがとう」
「どうしたの?家でなにかあった?」
「あ、いや・・・。私、どうやって帰ったのか覚えてなくて」
「そっかぁ」
そう言って友梨さんは下を向いた。
「ねぇ、なにか知ってるんでしょ。もしかして、私あの男の人達に」
「えっ?男の人達がどうしたの?」
「その、あの・・・私、しょ、しょ・・・だから、えっと・・・」
「柳さんが気にするから言わないでおこうと思ってたんだけど・・・。柳さん、店をでて路上に座り込んじゃって」
「路上で寝てたってこと?でも、朝起きたら自分の部屋にいたのよ」
「それは・・・」
「ねぇ、なにがあったのか教えてよ。友梨さん、知ってるんでしょ!もしかしてあなた」
私は彼女に詰め寄った。
「おい、君たち!」
真一さんだった。
「始業時間だぞ。柳さんも早く着替えて」
「は、はい。すみません」
この日、友梨さんとは一言も口をきかず終業時間をむかえた。


7.ストーカー


 高校生の時。アルバイト代が入ると必ず義父に金の無心をされた。8万円ほどのバイト代から両親のスマホ代も払わされる上に、生活保護費がなくなると酒代、パチンコ代を要求される。

「お前は容姿が悪いからなぁ」
義父は、お酒を飲むと決まってこう言った。
自分が嫌になる。美人に生まれていたら、どんなに幸せな人生を送れていただろう。
 友梨さんは休んでいる。本人から会社に電話があって病院で検査するとインフルエンザだったようだ。しばらく会うことはない。私はどこかほっとした。
 合コンの日、記憶がなくなるくらいお酒を飲ませたのは二人の男達。それに友梨さんが関わっているように思えた。私と顔を合わすのが嫌で仮病をつかって休んでいるのではないか。私は友梨さんを疑っていた。

 定時になり、いつものように会社の門にいる守衛さんに挨拶をする。
「お疲れさん。さっき、男の人が近づいてきて柳さんのこと聞かれたけど、知らないって言っといたよ」
「・・・男の人?ですか?」
「うん。知り合いかなって思ったけど、柳さんの仕事が終わる時間を教えてくれって。どなたですか?って聞いたら急にどこかに行ってしまった。最近はストーカーとか事件も多いから、気をつけて帰るんだよ」
守衛さんの優しさに心が和んだ。守衛さんからみると、私は孫ぐらいの年齢だし、からかって言っているような雰囲気ではなかった。
「ストーカーって、私に?あるわけないない!」
照れ隠し。本気にしているわけじゃないのに、なぜか恥ずかしくなって、そう言った。


8.一人暮らし


 一か月後。真一さんのはからいで会社の寮に住めるようになった私はすぐに引っ越しをした。荷物は少しの洋服だけ。寮には、共同で使えるキッチンがあり、炊飯器や冷蔵庫等を買う必要もなく、費用も浮かせた。
 
 同僚の綾乃さんは、旦那さんからDVを受けていた。小学5年生の息子さんと一緒に寮で生活をしている。私が寮に入ることになったのは、彼女が真一さんに口をきいてくれたからだった。
 真一さんは親身になって話を聞いてくれた。好きな人に家庭の事情を話すのは嫌だったが、彼の優しさに私は全てを話した。

 ただ、ひとつだけ話せないことがあった。
私が小学一年生の時、父は家を出て行った。
夏休みだった。母は宿題をしていた私に後ろから近づき首をしめた。心中しようとしたのだ。激しく抵抗する私に無表情で迫る母。
目はくぼみ、声はかすれ、髪はボサボサで木の枝のように細い腕。その細い腕が、急にだらんと下がると同時に母は嗚咽した。
「ごめんね、ごめんね、ごめんね」
何度もそう言って私を抱きしめた。
 その後、母は飲み屋の客と再婚した。それが義父だ。
義父はスリムで年の割には若く見える。お酒が好きでおしゃべり上手。単純な母がおちるのも無理はない。義父との生活が始まってから、母は私への関心を失くしていた。それでもいい。母が幸せなら。

 キッチンに行くと、焼けた鉄板の熱気の中にソースのいい匂いがたちこめていた。
「あ、柳さん、ちょうどいいところに来た。焼きそば作り過ぎたから、一緒に食べないか?」
真一さんがフライパンを片手に振り返り私に言った。

9.束の間の幸せ


 毎日、キッチンで真一さんと一緒にご飯を食べるのが日課となっていた。真一さんだけじゃない。綾乃さんと息子さん。他の家族と一緒に食べるご飯の時間は本当に幸せだった。こんな風に誰かと一緒にご飯を食べることができるなんて夢のようだった。自分でつかんだ幸せ。そう思っていた。
 でも、その幸せな時はあっという間に消え去った。
ある夜、真一さんが友梨さんと一緒にキッチンに現れた。大きな鍋を前に二人で食材を切って煮込んでいた。
「柳さん、おでん作りすぎちゃった。一緒にどう?」
友梨さんが私に声をかけた。突然のことに私は驚き言葉がでなかった。
友梨さんと話すのは半年振りだった。仕事中は話さないし、休憩時間も別々に取っている。私が彼女から距離を取ったのだ。不信感。それが理由だった。
 真一さんがテーブルに大きな鍋を置いた。私の前のお皿に大根、はんぺん、たまごをいれた。
大根はよく煮えている。もっと前から煮込んでいたのだろう。二人っきりで料理をしていたのだろうか。私の胸がギュッとなにかに掴まれたように痛んだ。
 二人は私の前に座り、友梨さんは真一さんの取り皿をさっと取って言った。
「真一さんは、大根とごぼう天よね」
友梨さんは真一さんの好みを知ってるのよ、と言わんばかりの表情で私をチラリと見た。
「ありがとう、友梨」
真一さんが友梨と言った。
ぽかんとした私に向かって真一さんが言った。「僕達、結婚することになったんだ。友梨と一緒にこの工場を大きくしていこうって思ってる」
二人は微笑み合いながら、私を見ている。耐えられなくなり、私はその場を立ち去った。

10.デブの友達はデブ

 私は友梨さんを信用できないでいた。あの飲み会からだ。真一さんは友梨さんに騙されている。私の心はずっと乱れたままだった。仕事をしていて、どこか上の空。友梨さんは、私の楽しみを奪った。
家を出てからこの寮に入って幸せだった。私から真一さんを奪った。
”ガッシャ―ン”
大きな音が響いた。
「すみません、すみません」
ペコペコ頭を下げて謝っている男の姿が見えた。
「誰、あの人」
隣にいた綾乃さんに聞いた。
「新しく入った子みたいよ」
「ふーん。どんくさそうな顔してるわね」
「柳さん、ずっとキッチンに来ないけど、どうしたの?」
「別に」
「もしかして、真一さんと友梨ちゃん?あの二人、上手くいくのかしらね」
「真一さん、騙されてるのよ。友梨さんって猫かぶってるだけでしょ。裏では酷いことしてるって噂だよ」
私の怒りは収まることがなかった。友梨さんなんていなくなればいい。日を増すごとにその思いは強くなっていた。”真一さんも真一さんよ。二人でこの工場を大きくしたいなんてバカじゃないの”
 仕事が終わりコンビニへと向かった。覚えたてのタバコ。まだ、どれがおいしいのか味もわからないまま毎日、違う銘柄を買って吸っていた。
「15番お願い」
私の夕飯はコーヒーとタバコだけになっていた。
後ろで小銭を落とす音が聞こえた。昼間、工場にいた男だった。
太った体に作業着を着たまま、レジかごを持ちながら落とした小銭を拾い始めた。
「持ってあげる」
私は彼のカゴを取り上げた。
「あ、ありがとう」
彼を見ていると昔の自分を思い出す。邪魔なくらい大きな体にでこぼこした肌。
「同じ工場の子よね」
「あ、うん」
「私、この後公園でこれ食べるから良かったらあんたも一緒に来る?」
「えっ!いいの?ありがとう」
彼は汗でくっついた額の前髪を横に撫でつけながら恥ずかしそうに言った。

11.夜遊び

使えるお金は限られていた。どこにいても私は負け組だ。
「今日はごめんね。あんまり席につけなくて」
「お金、もっと使わないと来てくれないんでしょ」
「いや、そういう訳じゃ」
「最初だけなのね。優しくしてくれるのは。ここではお金を使わないとチヤホヤされないのよね。私、辛かったの。毎日、職場で嫌な奴の顔見てると辛くて、、、」
「あ、ごめん。そろそろあっちに行かないと」
光さんは他のブス女の席についた。
なにをしてる女だろう。高そうなお酒の名前を言って若い男で周りを固めてる。
あの女も光さん目当てだ。
さっきから私の方をチラチラ見ている。
まだ駆け出しのホストひとりにしか相手にされない私にマウントを取っているようだ。
 ブスでデブ。容姿は私の方がましだった。
「あの人、なにをしてる人。お金持ち?」
隣でドリンクを飲んでいるホストに聞いた。
「リリィさんは風俗で働いてるんですよ。この辺じゃ有名な人です。すごく人気があるらしいです」
「リリィ?あの顔で?」
人のことを言えた顔ではないことぐらいわかってるが気に食わなかった。
どいつもこいつも、私から大事な物を奪う。




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実際の事件を元にした短編小説。

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