マザー、ドーター、ティーチャー、サン 【6/8】
■
弘は、台所の床に仰向けに横たわる全裸の奈緒美を見回していた。
台所の床には服が散乱していて、倒れたテーブルの上の牛乳パックが白い水たまりを作っている。
不思議なことに、今日外は晴れているらしい。
降りやまないかのように思えたあの雨が、止んでいる。
耳を澄ますと、学校へ向かう子供達の笑い声が聞こえた。
部屋の中では、奈緒美と、弘の息づかいの音、そして時計の秒針が時をゆっくりと刻む音しか聞こえない。
奈緒美は熱っぽい目で、弘を見上げていた。
その目には、畏れがあった。
驚きがあった。
そして、久方ぶりに弘に向けられた、悦びへの期待があった。
しかし弘の心は相変わらず、静まり返ったままだった。
「………………」
信じられないほど弘の肉棒は固くなり、ズボンの布を持ち上げている。
「……なによ……」
奈緒美が言った。
少し声が震えている。怯えているからか、興奮しているからか。
「………………」
弘は何も言わなかった。
代わりに奈緒美を強引に立たせると、ネクタイを外して、奈緒美の両手首を縛る。
「いやっ……!」
そう言いながら、あまり抵抗しない奈緒美を引っ張り、リビングまで連れていった。
テレビの前に、3人掛けのソファがある。
これは功が生まれる前、奈緒美と理恵と弘の3人で並んでテレビが見られるよう、購入したものだった。
そのソファに全裸の奈緒美を投げ出す。
あまり強く押したつもりはなかったが、奈緒美はそのまま俯せに上半身を
ソファのクッションに埋め、白い尻を弘に向けて倒れた。
倒れた瞬間、奈緒美の尻がぷるん、とプリンのように揺れる。
ここのところより少し全体的に脂肪を乗せた、芳醇な尻だった。
「なっ……何するのよっ…………」
奈緒美が俯せのまま横顔を覗かせ、弘をにらみ付ける。
「……夫婦生活だよ……」
弘は平静な声で言った。
「……え?」
「……夫婦生活だよ、久しぶりに」
弘はそのまま、妻の背中に覆い被さる。
「……あっ!!」
奈緒美の尻がくいっと持ち上がり、弘の腹を打った。
弘はそのまま、奈緒美の首筋に吸い付くと、音を立てて吸い始めた。奈緒美の躰がうねる。
「……んっ! ……あっ……」
奈緒美の横顔が、みるみる紅潮していくのが見えた。
弘は、奈緒美が首筋を吸われることに弱いことを知っている。
いくらご無沙汰だったとはいえ、やはり夫婦だから。
しかし多分、枝松もそれは知ってるんだろうな、と弘は思った。
そのまま手のひらを奈緒美の肌に当て、背中から脇腹、そして尻肉へとゆっくりと移動させながら、その感触を味わった。
むかし、二人がセックスに夢中だった頃に味わったときと変わらない、きめ細かい奈緒美の肌の感触。
これも、枝松は存分に味わっているのだろう。
そう思うと、弘のペニスはさらに固くなった。
「……うっ!!」
尻から脚の間に、弘の手が侵入する。
「……なんだ、濡れてるじゃないか……奥さん」
弘はそう言いながらも、奈緒美の身体の反応が意外だった。
「……あっ!」
弘の指が、するりと奈緒美の体内に侵入する。
まだ、ちゃんと覚えているだろうか?
ぬかるみの中で奈緒美のポイントを探すうち、弘はそんな思いにとらわれた。
こうやって妻を愛撫するのは何年ぶりだろう?
しかし心配するまでもなく、弘の指先は妻の快楽の源を的確に捉える。
「んっ……くうっ!!」
奈緒美の白い背中が弓なりに反り返る。
こうした反応も、昔とかわらない。
弘はさらに激しく指を動かし、奈緒美の躰を波打たせた。
そして背中に舌をつける。
舌先が肌の熱と、うすい汗の塩味を感じ取った。
指を動かしながら、奈緒美のうきあがった脊椎に沿って舌を這わせ、腰を経て、尻に至る。
「……あっ……あっ……あっ……ああっ……」
奈緒美がビクンビクンと躰を震わせながら、腰を振り立てる。
奈緒美の顔を見ると、汗で額に張り付いた前髪が、左目を隠していた。
こちらから見える右目はしっかり閉じられ、うるんだ唇が半開きになっている。
それでも、弘の心は静まり返っている。
尻を舐めた。
昨日、枝松がしていたように。
舌先を使って、舐める。
奈緒美の尻が揺れる。
弘はこのとき、奈緒美の尻の肉に小さな黒子があることを、はじめて知った。
……はあ、なるほど。
これを枝松は舐めていたんだな。
ということは、理恵にも同じところに黒子があるのか。
「……あ……はあ……ああっ……うんっ……!」
奈緒美からあふれ出した快楽の液は、今やその内股を垂れ、いくつもの筋を作っていた。
弘の手首のあたりまで、奈緒美の熱い液は流れ出している。
穴の内壁を細いひとさし指でかき回しながら、中指をのばしてクリトリスをこね続け、奈緒美の快楽を堀り起こし続けた。
奈緒美はクッションに顔を埋めて、くぐもった鳴き声を上げている。
たっぷりと湿らせた指でさらに蜜をすくい取り、弘は奈緒美の肛門に触れた。
「なっ…………いっ? ……いやっ……!」
奈緒美が目を見開いて、弘を省みる。
「ここが好きなんだろう?」
弘は落ち着き払った声で言った。
奈緒美の肛門を見る。
昨日、枝松にはじめて犯された、第二の快楽への通路。
弘が濡れた指でその入り口をつつくと、まるでそれ自体が別個に意思を持った生物みたいに、可愛らしく収縮した。
弘はその入り口をやさしく捏ねた。
「いやっ……やあ……そんなとこっ……んっ!!」
弘の指がすんなりと奈緒美の直腸に侵入した。
昨日はじめて枝松に犯されたそれは、ものの侵入を許すことのできる穴であることを自覚しているようだった。
弘はそのまま、指をゆっくりと動かし、内側をマッサージした。
「……んあっ……や……やめっ……てっ」すっかり顔をソファに埋めた奈緒美が、肩を小刻みに振るわせている。「……おね……おねっ…が、い……」
「……枝松にもそう言ってたっけ……?」
「……いや……ゆっ……ゆる…してっ……そこはっ……」
「……許すも許さないもないよ。別に僕は怒っていないから」
ゆっくりと奈緒美の肛門から指を引き抜く……指がなんと呼ぶのかも知らない液で濡れていた。
ソファに上半身を埋めたままで息づいている奈緒美を見下ろしながら、弘は奈緒美から身体を離し、ズボンを降ろした。
奈緒美を眺めながら、弘は枝松になろうとした。
同じ欲情を持って、奈緒美を見下ろしている枝松に。
今はただ挿入を待ちわび、全ての筋肉を弛緩させて横たわっている奈緒美を見ながら、劣情を感じている枝松に。
トランクスを降ろすと、予想通り肉棒はこれまでの人生の中で一番ともいえるほど、固く反り返っていた。
「いくよ、奥さん」
弘が冷たい声で言う。
奈緒美の尻が弘の手によって引き寄せられ、高く持ち上げられる。
「……ん」
奈緒美はしっかりと目を閉じ、次の感覚を待った。
弘の亀頭の先端が、奈緒美の肛門に触れた。
「……くぅ……」
奈緒美の躰が、またぶるっと震える。
弘はゆっくりと、手を添えながら慎重に亀頭を奈緒美の肛門に沈ませていった。
「んんんんんっ……んんっ! ……は、はぁっ……」
奈緒美の尻の震えが停まる。
その瞬間に、一気に奈緒美の尻を貫いた。
「………ああああっ!!」
町内中に響き渡りそうな悲鳴を奈緒美が上げた。
思っていた以上に、奈緒美の直腸の肉は弘の陰茎をきつく締め上げてきた。
少しだけ、弘の心が揺れた。
心の中にある静かな地下湖の水面に、小さな波紋が生まれ、それが広がってゆく。
「………お……おね……お願い……動か……さない……でっ……」
昨日枝松に言ったのと同じ口調と息づかいで、奈緒美が言う。
弘は動かさなかった。
動けなかった。
これほどまでに強い感覚を感じたのは、生まれて初めてかも知れない。
さて、昨日、枝松はこれからどうしてたっけ…?
そうだ、奈緒美の前に手を回したんだ。
「……なあ、昨日、枝松はこれから君にどうしたんだっけ?」
弘が言う。少しだけ、声に熱がある。
「……ああ……んっ……」
奈緒美には、答える余裕もないようだ。
仕方ないので、弘は昨日見たとおり、奈緒美の前に手を回した。
その時枝松が何を考えていたのか、弘に知るよしもない。
予想通り愛液でぐっしょり濡れた翳りの合わせ目に、固くなったクリトリスがあった。
指でそれをしっかりと捉え、振動を加える。
「……いやあっ!!」
奈緒美が腰をくねらせた。
さらにきつく、弘の陰茎が締め付けられる。
弘はあえなく、そのまま奈緒美の肛門内に射精した。
ぐったりとソファに倒れ込んでいる奈緒美の背中に顔を埋め、しばし弘は奈緒美の鼓動と呼吸を感じていた。
自分と妻の息と鼓動がシンクロするのを感じるなんて、新婚のとき以来かも知れない。
ずっとこうしていたいな、と弘は思った。
しかし、そういう訳にはいかない。
今日は他にも、することがある。
ソファに倒れたままの奈緒美を残して、弘はパンツを上げてズボンのベルトを締めた。
奈緒美は息づいているだけで、何も言わない。
「……大人しくしてるんだぞ。夕食には帰るから」
弘は奈緒美にそう言い残すと、そのまま奈緒美を残して、家を出ていった。
奈緒美の頭は、すっかりカラッポになっていた。
家のガレージの方からエンジン音が聞こえて、車が出ていくのが判った。
今日は珍しくいい天気のようだ、と奈緒美は思った。
窓から明るい光が差し込んでくる。
奈緒美の両手首はネクタイで縛られたままだった。
自分でほどこうと思えば、すぐにでもほどけたかも知れない。
しかし、奈緒美はしばらくそのままでいることにした。
多分隣の家からだろうが、風鈴の音がかすかに、ちりん、と聞こえた。
■
頭が痛い。功は目を覚ました。
目を覚ました場所は、自分の部屋のベッドではなかった。
ということは、意識を失う前、見たあの風景は現実なんだろう。
それにしてもここは何処だ?
功は上を見上げた。ガラス窓があり、青空があった。
抜けるような青空をバック街路樹の緑が次々と通り過ぎてゆく。
いや、そうじゃなくて、自分が移動しているようだ。
功は車のバックシートに身を横たえている。
そして、後部座席の窓から、街路樹が流れてゆく。
一体どうなってんだ?
何があったんだっけ?
そうそう……確か、学校で、姉の理恵に呼び出されたんだっけ。
学校の裏にある、あの古い体育倉庫に。
昨日の口論のことだろうか?
……そう思って、放課後、旧体育館に行った。
すると、体育倉庫に、理恵じゃなくて枝松が待っていた。
いつもの、あの何の誠意も見られない薄笑いを浮かべて。
功は何か言おうとした。
と、枝松の視線が功の背後を捉えた。
思わず振り返る。
理恵が、バットを振り上げていた。
「ね、ねえ……」ちゃん……と言おうとした。
しかしその後、視界が真っ暗になった。
頭がずきずきしている。
手で頭に触れてみる。血は出ていないようだった。
かわりに大きなタンコブが出来ている。
カーステレオから、聞き覚えのある声が聞こえてきた。そえはまさしく、自分の声だった。
“……ちょっと……ヤバいよ……姉ちゃん……”
“いいからほら、じっとしてなさい。お父さんお母さんに聞かれるでしょ”
理恵の声。
身を起こさずに前を見た。
運転席には枝松が、助手席には理恵が座っている。
「……ここは……」
かすれた声で、功は言った。
理恵が功を振り向く。相変わらず、あの冷たい顔のままだった。
「あ、目が覚めた?」理恵は表情を変えずに言った。「……ごめんね。さっきは。痛かったでしょ?」
「…………なにこれ……いったい……」
功はまだ現状が理解できていなかった。
枝松は沈黙している。
「……どこに?」
功は無数にある質問の中から、最優先と思われる問いを姉に投げかけた。
「ホテル」理恵はそういうと、枝松の方を見て言った。「ね、そうでしょ。先生。お母さんと何回も行った、あのホテルに連れてってくれるんだよね?」
「……」
枝松は答えない
“ちょっと、何よ……あんた、変態じゃないの。実の姉にこんなことされて、こんなになって”
“……そんな……ああっ”
テープの声が続く。
「……そのテープ……」功は言った。「……まさか、あんたが?」
「……おれ?」と枝松「おれじゃないよ。おれは盗聴なんて、してない」
「……うん、本当らしいよ」と理恵。「だいたい先生が……あたしらの部屋に盗聴器仕掛けられるわけないじゃん……あんただって、誰がやったのか、気づいてるでしょ。子供じゃないんだから……」
「…………」
功は答えなかった。
やはり、そうだったのか。
そのことに関する確信はあったが、さっきはほんの一瞬だけ、枝松を犯人とすることで、その疑念がもたらす苦痛を払いのけることができた。
しかしそれは真実ではない。
「……そうよ。父さんだよ……」理恵が言った。「それ以外、ありえない」
「……なんで……なんで…………こんな事に?」
功は自分が泣いていることに気づいた。
と、理恵がいつにもまして厳しい表情で功に向き直った。
「なんで? ……なんで? 全部わかってるくせに知らないふりしてんじゃねーよ! バーカ!!」
「……姉ちゃん」
「……あたし、あんたのそういうところ、だいっ嫌い。ほら、テープ聞きなよ。あんたもあたしも変態じゃん。姉弟でこんなことして。先生も、母さんも、父さんも、あたしも、この近所の皆さんも、それにあんたも、みんな一緒じゃん……なに自分だけいい子になろうって思うわけ? バカじゃないの? バーーーーーーーカ!」
「……おいおい」
枝松が口を挟む。
「……黙ってろよ。この母娘どんぶりの変態教師」
理恵がぴしゃりと釘を指す。
「……姉ちゃん、これから、どうするの?」
涙声で功はいった。
涙がすごい勢いで何かを洗い流す。
「……これから?」理恵は弟をにらみ付けた。「……終わらせるのよ。全部」
「……」
それ以上、功は何も言わなかった。
この車の行き先に何が待っているのか、具体的にはわからない。
今日、全てが終わるんだろうな、ということだけは功にも何となくわかった。
恐ろしかったが、功は少しだけ奇妙な安心も感じている自分に気づく。
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ちりん、と風鈴が鳴っている。
部屋のリビング。奈緒美は全裸のまま、まだぼんやりしていた。
奈緒美は両手首をネクタイで縛られ、上半身をソファに埋めたまま、まだじっとしている。
どれくらいの時間が経っただろうか?
肛門に発射された夫の精液は、プクプク音を立てて逆流し、奈緒美の太股を濡らし、最終的に床の絨毯にしみ込んでいる。
早くもその一部は、奈緒美の内股で乾燥を始めていた。
しかし奈緒美はちっとも動く気にはなれない。
なぜ、夫に枝松とのことがばれたんだろう…?
そんな当然の疑問も一瞬だけ頭の中をよぎった。
でも、ばれたということが判った瞬間、心の奥底で感じたあのかすかな安堵は何だろう。
おかしなもんね……と奈緒美は思った。
あれほどの夫からの欲情を感じたのは、ほんとうに何年ぶりだろうか?
昔、理恵や功が生まれる前、とくに弘と結婚したころの前後は、奈緒美と弘はまるでそれが、いつ下げられてしまうか判らないご馳走でもあるかのように、お互いの躰を貪り合った。
奈緒美はそれに夢中になったし、弘もそれに夢中になっているようだった。
でも、いつからかそんなことは無くなった。
いつからだろうか?
やっぱり功が産まれてから以来?
わたしは枝松に何を見て、何を求めていたんだろう、と、さらに奈緒美は考えた。
弘からは得られなくなったものだろうか。
それともわたしたち夫婦が互いに排除し、なかったことにしている何かか。
そのままの姿勢で、奈緒美はいろいろなことを考えた。
こんなにいろいろなことを考えたのは、久しぶりのことだ。
いつの間にか、奈緒美の心は、自分の少女時代から現在にかけての莫大な記憶の中から、答えを探し求めようとしていた。
とても、長い時間が掛かりそうだ。
その答えが出るまで、奈緒美はこの格好のまま、こうしていようと思った。
多分、理恵や功や弘が帰ってくるまでには、その答えが出るだろう。
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弘はこの小さな街を車でぐるぐる、ぐるぐると回り続けていた。
“ちょっと、何よ…あんた、変態じゃないの。実の姉にこんなことされて、こんなになって”
“…そんな…ああっ”
カーステレオから聞こえてくるのは、長女の理恵と長男の弘の声だった。
何度聞いても、よく録れてるな、と我ながら思う。
ダッシュボードには奈緒美と理恵がそれぞれ枝松と情事を重ねた様を撮影したモノクロ写真が散乱していた。
黄色い封筒のストックは、トランクのスペアタイヤの裏に隠してある。
カメラと一緒に。
多分、家族は誰一人として、弘が若い頃……まだ髪の毛もふさふさしており、将来に対して人並みの夢を思い浮かべることができた頃……に、写真を趣味とする青年であったこと知る者はない。
家族に限らず、恐らく今、彼を知っている周りの人たちは誰も、そのことを知らないだろう。
それが弘の、「唯一の秘密だった。
車の窓から景色。空の青と、田圃の緑。
それ以外は何も見えない。ここに弘は一家の住む家を建てた。
ローンは多分、定年を過ぎても続く。いや、そんなことは問題ではない。
この街に越してきたことが間違いだったのだろうか?
おれがこの街に家を建てたことが間違いだったのだろうか?
いつも頭は、簡単に納得できる安易な問いを繰り返す。
……いいや、そうではない。
すべてがこうなってしまったのは、自分がこの街に家を建てたからでも、自分が仕事人間で家族を省みなかったからでも、妻との性愛関係が途絶えたからでもない。
そんな理由は、すべて後付けで考えられそうなものばかりだ。
すべてが過去になって、取り返しがつなかくなってから、仕方なくこじつける言い訳に過ぎない。
今、自分を取り巻く事態はまだ終息しておらず、問題は継続中だ。
しかし、それもすぐ終わる。
今日という日が終わった時、弘はすべての問題を片づけているだろう。
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