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イグジステンス あるいは存在のイっちゃいそうな軽さ 【12/13】

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 気がつくと、わたしはまだ突かれ続けていた。

 まるで夢の中で夢から覚めたときみたいに、わたしがまだ快楽の真っ只中で溺れていることを身体が教えてくれた。

 全身が船に揺られているみたいに揺れている。
 後ろからゆっくりと出し入れされている。

 飯田はもちろん、これまで誰にもされたことのない出し入れだった。
 どれだけ長い時間そうされていたんだろう? 

 一歩遅れて、あられもない声が出た。

「あっ……ああっ……あああああっ……!」

「あれ、どうしたの? ひょっとして失神してたとか?」

「……くっ……」悔しいけど、事実だ。「……ああっ……もっ……と……もっと……もっと強くして……」

 そのゆっくりした出し入れはまるで生殺しのようだった。

「いつもの俺みたいに?」

「そ、そう……」

「飯田さんに、いつもされていたみたいに?」

「えっ?」

 明らかに、声が違う。
 聞き覚えのある声。
 というか、忘れられるはずもないあの声。

 その声は、やはり……牛島の声だった。
 その声が、突き出したお尻の上あたりから響いてくる。

「あなたは飯田さんのセックスに、不満だったんじゃないんですか? ……というか、飯田さん自体に」

「あっ……やっ……や、やっぱりあんた、牛島じゃん!」

 肩ごしに振り返ろうとした……が、ぐっ、と強く突き入れられて、上半身ごとベッドに突っ伏してしまった。

「は、はうっ……んんんっ……」

「ああ…………わたしは幸せです……とても幸せです……太田結衣さん……あなたのことを、ずっと愛していたんです。飯田さんはもちん、これまであなたの身体を、無遠慮に踏みにじって きたどの男より、ずっと……」

「わ、わたしは……わたしはあんたなんか愛してないよっ!……てか、キモい! 離れろ!……あっ……」
 
 引き抜かれ、仰向けにされた。

 まるで自分からそうしたように。
 そこでわかった……牛島は、わたしの中に入り込んでいる。

 いや、身体の一部……そのアレ……は、物理的にわたしの中に入り込んでいるが、問題は彼の意識もまた、わたしの中に入り込んでいる、ということだ。

  わたしは、“しまった”と思った。

 牛島はわたしの中に入り込んで、わたしがされたいやり方、受けたい愛撫、味わいたい出し入れの感じを読み取って、わたしをおもちゃにしている……

 わたしも牛島にその方法を教 えられて、いろんな人々のセックスを味わってきた。

 それをわたしに教えたのは牛島なのだから、牛島がわたしに入ってこれないわけがない。

 気がつけば、わたしは両手を広げ、胸を晒していた。
 両脚をこれ以上ないくらい広げて、牛島を迎え入れるような格好になっていた。

 それは、わたしがそうしたかったから。
 わたしの中に入っている牛島が、わたしにそうさせたかったから。

 そんな恰好をしているだけではない。

 おっぱいを晒し、大股を開いてるバカみたいなわたしの姿を、見下ろすことができた。
まるで牛島の位置から見下ろしているみたいに。
 

 わたしは牛島の影法師を見上げた。
 大きな丸い頭が、ゆらゆらと揺れている。

 同時に、わたしを見上げるわたし自身の姿も見えている。

 牛島の目を通した、わたしの姿だった。
 いやほんと、これぞ媚態、って感じだった。
 自分で言うのもなんだけど、すっごくエロかった。

「……素敵ですよ…………ほんとうに素敵ですよ……太田結衣さん……ああ、もう離しませんよ」

「い、いやだっ……や、やめて……」

 キモいとかなんとか、愛してるとか愛してないとか、こいつのことが不気味だとかなんとか、そういう問題ではなかった。

 いま、牛島は半分ほどわたしになっている。
 ということは、牛島の姿をしたわたしが、わたし自身を犯そうとしていることになる。

 ということは、わたしはわたしが思う ように、されたいように、感じたいように、どこまでもどこまでもイきまくりたくなるように、翻弄されてしまうということだ。

 とことんまでイかされてしまう。
 自分が自分ではなくなるまで、自分というものを完全に殺されてしまうまで、狂わされてしまう。
 
 そうなると、わたし自身はどうなってしまうのだろう?
 わたし自身の意識は、存在はどうなるのか?

 恐ろしかった。
 わたしというものが、犯されることによって永久に失われてしまう。

 でも、わたしに抵抗の術があるだろうか? 
 ……なぜなら、わたしの半分はいま、牛島そのものなのだから。

 彼を跳ね除けることはもちろんできず、さらにここまで快楽に飲み込まれているわたしの身体は、もうほとんどわたしのものではなくなってしまっている。

 わたしという存在は、ちょっとしたすきま風で消えてしまう、頼りない蝋燭の火だ。

 チャチなバースデーケーキのように差し出され、貪られるしかない身体と、ちょっと息を吹きかけるだけで、永遠に消えてしまいそうなわたしの自我。
 
 やばい、やばい……このままじゃ……このままじゃ……。

 と、思っているうちに、牛島が正面からのしかかり、またするり、と入ってっきた。

「ああああんっ!」

「ああっ……太田結衣さん。素晴らしいですよ……これです……この一体感……これが極地です……」

 牛島がゆっくり、ゆっくり、解きほぐすように動き始める。

「だ……め……いや……や、やめて……と……溶けちゃうっ……」

 実際に溶けちゃいそうに気持ちよかった。
 ああはい、わたし淫乱です。スケベです。

「溶け合いましょう……ひとつになりましょう……恋人同士になるとか、夫婦になるとか、そんなの問題じゃない……わたしとあなた……わたしたちは一人になるんです……文字通り、ひとつになるんです……わたし はあなたのように感じながら生きる、あなたはわたしのように感じながら生きる……あなたがわたしになれたら、あなたにもわたしの、ほんとうの気持ちがわかるでしょう……わたしがあなたにな れたら、あなたのことはこれまで以上に……うあっ……」

 そうはさせるか。
 わたしは、敢えて逃げなかった。
 ぎゅっと力を込めて、牛島を捕まえた。

 その……ちょっと下品で悪いけど、ニクツボの力で。

「……そうはいかないよ……」わたしは言った。「消えるのは、わたしじゃなくて、あんた……あんたがわたしになるんじゃなくて、わたしがあんたになるの」

 ぎゅうぎゅうとしめつけられるペニスの感覚を、わたし自身も感じていた。

「ど、どういう意味ですか……う、うあああっ……」
 
 牛島の影法師が、苦しげによじれる……と、丸いシルエットが、ぐにゃり、とゆがみ始めた。

「……あんたが教えてくれたんじゃない? ……自分というカタチを保つことに、人間は余計な労力を使ってるって……あんたはどうなの? ……その、頭のデカいキモ男のカタチにとど まってる理由はあるわけ? ……くっ……んんんっ!」

「……わ、わたしは……わた、わたしは……わたしは、自由だ……」

 牛島が慌てたように腰を使い始める。
 自分のあそこのなかの感覚が、牛島のアレを通じて伝わって来た。

 ふーん……わたし、こんな具合なのか……
 めちゃくちゃ気持ちいいじゃん……てかわたし、名器だったんだ……

 いや、感心してる場合じゃない。

「あ、あああんっ……」

 だめだ。やばい。
 はやくしないとほんとうに、わたしが溶けてしまう。

 なにせ、わたし自身と牛島、二人分の快感を同時に味わっているんだから。

 早くしないと。

「俺は……」牛島の声のトーンが変わる。だいたい、“わたし”が“俺”になった。「俺はお前を愛してるんだ。世界中で誰よりも……これまでお前が過ごしてきた 人生のなかで出会った男の誰よりも……大人しく、俺とひとつになればいいんだよ……そうすれば、もっと気持ちよくしてや る。世界中の人間味わう快楽のすべてを上回る快楽を、太田結衣、おまえにくれてやる……」

「くっ……あ、愛してる? 愛してるって? ……あんたが? それじゃあんた、ぜんぜん自由じゃないじゃん。あんたは自由にはなれないよ……わたしにこだわってる限り……」

「う、うるさいっ」

「は、ああっ……ああんんっ……うあああああっ!」

 片脚が高く持ち上げられて、わたしの中に入り込んでいた牛島の肉体の一部がさらに奥へとわけ行ってくる。

 同時に、わたしと牛島が共有しているペニスが、わたしの内壁によって締め付けられ、たっぷりした蜜で歓迎する感覚が、わたし自身を追い立てる。

 正直な話、マジで気持ちよかった。

 気持ちよかったなんてもんじなくて、身体がバラバラになってしまいそうなくらい、というか、わたしの身体が爆発してこ の街ごと焼き尽くしてしまうくらいの、この世の終わりのような快楽だった。

 でも、わたしは耐えた。

 しっかり耐えて、心を身体から脱出させるための準備をする。
 喘ぎ声と泣き声の隙間に、牛島に言い放つ。

「あっ……んっ……くっ……わ、わたしは絶対、あんたなんか愛さない。わ、悪いけど……も、もう誰も、愛さない。わたしはあんたよりずっと自由だから、あんたには取り込まれない。あんたは人を……わたし愛してるから……だから……くっ……あっ……ぜ、ぜんぜん自由じゃない。そ、そんなの……ろ、牢獄にいるのと同じだよ……ん、んんっ……んあっ……」

 また四つん這いに裏返されて、後ろから突き入れられる……わたしのほうからすると。

 で、牛島のほうからすると……かっこいいけつをしたわたしを裏返して、牛島のペニスを突き入れた。

 輪をかけて致命的な快感だったけど……わたしはもうそのとき、自分の身体から逃げ出しはじめていた。

「お……おれはもうずっと昔に自分を捨てたんだ! 俺はこれからも、俺に縛られないんだ!」牛島が声を荒げる。息も絶え絶えの様子で……いい気味だった。「おれは誰にだってなれる……太田結衣、いつだってあんたになれる……おれからは、逃げられない……」

 そのときにわたしは、背後から自分の背中を見ていた。
 確かにかっこいい尻。
 バックから思いっきり、ガンガンとハメ倒したくなるエロい後ろ姿。

 すばらしい。
 でも、さよならだ。
 さよなら、わたし。

 そのわたしのぬけがらが……肩ごしに振り返って、今はお尻のうしろでカクカクと腰を動かしているわたしの顔を見る。

 大きくて、ゆらゆら揺れて、乗り心地の悪い頭。
 わたしを振り返る、わたしの顔には、汗で濡れた髪が何本も張り付いている。
 うつろで熱っぽいけれど、蔑むような目。

 にやりと笑った口。
 自分で言うのもなんだけど、ぞっとするほど色っぽかった。

「さよなら…………あんたも自分に、さよならを言いな」

 わたしの中に残っていた牛島の名残りが、“しまった”と心の中で呟いた。

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