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悪口と白飯


先日、奇妙な光景を見た。

その日、僕は昼過ぎに松のやに行った。

説明はいらないかもしれないが、松のやは松屋のとんかつバージョンで、ご飯みそ汁おかわり自由、クーポン等を駆使すればめちゃくちゃリーズナブルに腹いっぱいになれるコスパ最強のお店である。

僕は普段とんかつ定食などの定食を頼み、ご飯をおかわりしまくるのだが、その日はかつ丼を頼んだ。

松のやのかつ丼、これもまたなかなかイケるのである。

席に座り、番号が呼ばれるのを待つ。

すると僕の横のテーブルにおばちゃん2人が座った。

おばちゃん2人は仕事の昼休憩といった雰囲気で、何やら職場の話をしている。

聞き耳を立てているわけではないが自然に入ってくる会話の端々から、どうも片方のおばちゃんが「田村さん」という人の事をあまり好いてない事が伺える。

「田村さんさあ〜、私ほんと信じられなかったんだけど〜」

要は片方のおばちゃんが田村さんの悪口をひたすら言っているのだ。

僕はやれやれとため息をついた。

これはかつ丼を食べている間、おそらくずっと田村さんの悪口が聞こえてくるだろう。

他人の悪口ほど聞いていて不愉快なものはない。

僕は自分はしょっちゅう悪口を言うのに、それを棚に上げて他人が言う悪口は許せないタイプなのだ。

我ながら一番厄介なタイプなのである。

色々棚に上げすぎて、もう棚が落ちそうなのである。


ほどなくして僕のかつ丼が呼ばれ、少ししてから横のおばちゃん2人の定食も出来上がった。

食べながらも片方のおばちゃんの田村さんへの悪口は止まらない。

「田村さん昨日さ〜、最初ランチ行かないって言ってたのに結局来たじゃない?あれ信じられなかったよね〜」

「で、ランチ食べ終わった後の田村さん見た?足組んでたでしょ?あの場所で足組む!?すっごい邪魔になってたでしょ?あそこで足組むのが私信じられなくて〜」

「夕方の休憩の時の田村さん見た?みんなおにぎり食べてたのに田村さんパン食べてたでしょ?私あれ見た時ほんと信じられなくて〜」

まるでマシンガンである。

おばちゃんの悪口の連射が止まらないのだ。

そして悪口の内容が非常にくだらない。

はっきり言って全部どうでもいい。

ランチに行かん言うてたけど結局行く事の何があかんのや。

後、やたら声がデカい。

全部こっちに筒抜け。

にっしゃんに向かって言ってるんじゃないかと勘違いするぐらい。

もはやこのおばちゃんと飯食ってる気さえしてきた。


と、おばちゃんの流れ弾を浴びながらかつ丼を食べていたのだが、僕はふとある事が気になった。

"もう片方のおばちゃんはどんな表情をしているのだろう??"

座っている角度的に斜め前の悪口のおばちゃんは自然と目に入るのだが、僕の横に座っているもう片方のおばちゃんはあまり見えないのだ。

そんなに声も聞こえてこないため、一体どんな感じでこのおばちゃんの悪口を聞いているのか、妙に気になったのである。

僕はみそ汁をすすりながらチラッと横のおばちゃんを見た。

!?!?!?

そこには驚愕の光景があった。


横のおばちゃんは悪口のおばちゃんを無言で睨みつけながら、白飯をモリモリと食っていた。


僕は思った。


え、何この状態!?

これどういう状態!?

何かおばちゃんがおばちゃん睨みながらモリモリ白飯食ってんねんけど!?

見た事ないて、こんな光景!

何で無言で睨みながら白飯食ってんの!

凄い形相してるやん!

え、何、怒ってんの!?

このおばちゃんの悪口が気に食わんみたいな!?

でも何で白飯進んでんの!?

何でそんなモリモリいけんの!?

え、何これ!?

全然わからへん!!!


僕が驚愕している間も斜め前のおばちゃんの悪口は止まらない。

「あそこで足組むのは信じられないよね〜」


どんだけ足組んだ事、根に持ってんねん!

別にいいやろ、足組むぐらい!

ほんでさっき3つ目に言うてた「みんなおにぎりやのに田村さんだけパン食ってた」て何や!

どういうシチュエーションや!

小学校とかでしか聞いた事ないぞ、そんなん!


そしてその悪口おばちゃんを睨みつけながら、白飯おばちゃんの白飯は止まらない。

鬼の形相でモリモリモリモリ食べていく。

割合で言うと

とんかつ1→白飯1→悪口1→白飯5

といった所である。


とんかつより遥かに飯進んでるやん!

もはや悪口が主食と化してるやん!

何なんこのおばちゃん!?

結局悪口好きなんか嫌いなんかどっちなん!?

睨みつけてるけど、白飯進んでるし!

リアル○○だけで白飯3杯いける状態やん!


悪口おばちゃん「やっぱりあそこで足組むのは、ほんと信じられないよね〜」


まだ言うとる!!

足組んだ事何回言うねん!

あと信じられないよね〜腹立つな!!

どんだけ信じられへんねん!

てか、こんだけ自分見ながら白飯食われてんのに何とも思わへんのか!

自分で白飯モリモリいかれたら普通おかしい思うやろ!

そっちの方が信じられへんわ!


結局その後も悪口おばちゃんのしょおもない悪口は続き、白飯おばちゃんは白飯を食べ続けた。

僕は自分がかつ丼を食べていた事も忘れ、横のテーブルの様子に釘付けになっていた。

すると、ついに悪口おばちゃんの悪口が途切れ、2人の間に沈黙が訪れた。

ちなみに白飯おばちゃんはとんかつ定食が出来上がって以来、一言も言葉を発していない。

なので悪口おばちゃんが止まると自動的に沈黙がやってくるのである。

続く静寂。

しばらくして、ようやく白飯おばちゃんが腰を上げながら口を開いた。


「・・・おかわり取りにいってくるわ」


席が混み合っていたので、僕は2人より先に店を後にした。

結局白飯おばちゃんがどれだけ白飯をいったかは分からない。

というか、一体あれはなんだったのだろうか。

僕はある仮説を立ててみた。

白飯おばちゃんは悪口おばちゃんとよく飯に行くのだが、悪口おばちゃんは悪口を言い出したら止まらないので、そういう時は「無言で白飯いく」事により悪口を止めているのではないだろうか。

何かそんな気がする。

ただまあ何で悪口を止める手段が「白飯」なのかは一切分からない。

とりあえず一つ分かる事と言えば、、、

悪口よくない。

これに尽きるだろう。

僕も気をつけなければ。

そんな事を思った午後だった。




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