生まれて初めて料理をした日、僕は感動の涙を流した


毎日note更新18日目。

僕は今まで35年間生きてきて、そのうち34年半を実家で過ごしている。

残りの半年間は何なのかというと

大阪の西成で同期3人とルームシェアしていた。

今から11年前、木造2階建ての一軒家に3人で住んでいた。

メンバーは当時コンビで現在ピン芸人のボブ、現在放送作家の神庭(かんば)くん、僕の3人だった。

これから書いていくのは11年前の夏の昼下がり、この家の台所で起きた出来事である。



この日僕は生まれて初めて1人で料理をしようとしていた。

僕はそれまで本当に料理をした事がなかった。

実家でご飯を作ってもらっていたし、それ以外は外食していた。

家庭科の調理実習も基本他の人に任せていたし、包丁握った記憶も曖昧なレベルだったのである。

この家に住んでからも最初は外食したり、弁当を買ったりしていた。

しかしそうこうしてると早々にお金がやばくなってきた。

「パ」が最初の文字のあのギャンブルをして激烈に負けたからである。

あと2週間、千円で過ごさなければいけない。

絶望的な状況だった。

幸い家には謎のカップ麺「味噌煮込みうどん」が大量に備蓄されていた。

誰が持ってきたのか未だに分からないが、100個ぐらいあったように思う。

僕は昼に夜にひたすら「味噌煮込みうどん」を食べ続けた。

この「味噌煮込みうどん」名前の響きはうまそうだが味は絶妙にまずい。

とにかく腹を満たすために食う、そんな状態だった。


限界は突然訪れた。


この日の昼、さあお湯を入れるかと味噌煮込みうどんを手にした僕の体が固まり、手から味噌煮込みうどんがすり抜け床に落としてしまった。

体が震えている。

僕の体が味噌煮込みうどんを拒んでいた。

もうダメだ、もっと美味しいものが食べたい、肉肉しいものが食べたい。

僕は切実に思った。

その瞬間、ある事を思い出した。

昨日の夜、神庭くんがバイトから帰ってきた際冷凍したホルモンを持って帰ってきていた。

「食べていいよ〜」と言っていた気がする。

いや言っていたに違いない。

そういう事にしておこう。

僕は冷凍されたホルモンを取り出し、生まれて初めて料理をする決意を固めた。

ボブは2階で寝ていた。



悲壮な覚悟を顔に浮かべた僕は

「まずはこのホルモンを解凍する!」

と1人叫んだ。

レンジを開ける手が震える。

何せ僕はチンした記憶もあまりないのだ。

タイマーのツマミを力強く握る。

ツーと汗が頬をつたる。

ハアハアと息を切らしながらホルモンの解凍が始まった。



どれぐらい時間が経ったのだろうか。



僕はレンジから取り出したホルモンを前に愕然としていた。

解凍どころかアツアツのホッカホカになり袋の中に油が出まくっている。


しくじったか!?


レンジでチンしすぎたか?

それとも解凍方法が違うのか?


僕は焦った。

でも引き返す事は出来ない。

このままいくしかない。

"もう味噌煮込みうどんには戻りたくない!"

僕は顔を上げ前をキッと見据えた。

ボブは2階で寝ていた。


コンロの上にフライパンを置いた。

まずは火をつける。

カチッカチッ

火がつかない。

カチッ

焦る僕。

カチッ ボッ

火がついた。


火がついた!!

やった!!

僕は原始人ばりに火がついた事を喜んだ。


次は油だ。

ツーとフライパンに油を注いだ。

たっぷりと。

よしいい感じだ。

フライパンに油、見た事ある感じだ。

満遍なく行き渡るようにフライパンを動かす。

あ、俺いまなんか料理人っぽい。

母さん、俺いま料理やってます。

ボブは2階で寝ていた。


ここまでくれば後はホルモンを炒めるだけだ。

エバラ焼肉のたれを使おう。

こいつで炒めれば大体うまくなる。


「よし!!」

僕は大きな声で気合を入れた。

ホルモンの袋を手に取った。

そのまま豪快にフライパンにホルモンをぶち込んだ。


その瞬間


ボッッッッッッッッッ!!!!!!!


フライパンから凄まじい炎が上がった。

見た事ないレベルの炎。

マンガのような炎。

ダルシムのヨガフレイムのような炎。


炎は木造の天井すれすれまで上がっている。

僕は思った。


あ、これ終わった。


全てがスローモーションになった。

燃えさかる炎。

立ち尽くす僕。

2階で寝ているボブ。


ボブごめん、俺ら終わったわ。

おとなしく味噌煮込みうどん食べときゃよかった。

そう思った瞬間だった。


「何してんねん!!!」


背後から声が聞こえた。

振り返ると神庭くんが大急ぎで駆けつけていた。

さっきまで神庭くんは後ろにはいなかった。

まるでワープしてきたようだった。

てかワープしてきたのかもしれない。


「うおおおお!!!」

と叫び神庭くんはまずコンロの火を消し、燃え盛るフライパンをカッカッカッと高速で振り始めた。

炎はまだ天井すれすれだ。

頑張れ神庭くん!と僕は後ろで祈った。


またスローモーションになった。

Tシャツにボクサーパンツ姿の神庭くんがフライパンの炎と格闘している。

綺麗なフォームでフライパンを振っている。

フライパンを振るたびに

手首がしなる。

その手首に連動するように肘が動く。

そしてそのリズムに合わせて腰が動き、膝が屈伸する。

見事に全身が連動していた。

僕は思った。


美しい、、、!


僕は見惚れていた。


僕は頭の中でこの光景にタイトルを付けた。

タイトルは


「躍動する人体」


人間が炎を消すために全身を使って躍動している。

僕がカメラマンなら間違いなくこの瞬間をカメラに収めただろう。

そしてコンテストに出品しただろう。


躍動する肉体

奮える魂

生命の神秘


僕の頭の中ではフライパンを振る神庭くんに合わせてアメイジンググレイスが鳴り響いていた。



炎は一瞬で消えた。

人類は炎に打ち勝ったのだ!

僕は感動し、気付けば涙を流していた。


「びっくりしたわ〜」

と神庭くんは言い安堵の表情を浮かべた。

神庭くんに聞くと元々ホルモンの脂が凄いのにさらにフライパンに油をたっぷりひいた事が炎の原因だという。

ありがとう神庭くん。

君がいなければ僕も家も焼けていました。


ホルモンは黒焦げになっていた。

結局僕はこの日の昼も味噌煮込みうどんを食べた。

今日の味噌煮込みうどんはなぜかうまい。

"家を焼きかけた後に食う味噌煮込みうどんはうまい"

あの日、僕の中で謎の提言が完成した。

ボブは2階で寝ていた。





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