イチローの言葉とGoogle機械帝国
イチローの引退記者会見はリアルアイムで観ていたのですが、印象に残ったのは、メジャーリーグの野球について語っていたこの言葉です。
この言葉を聞いた糸井重里さんが、こんなツイートをしました。
イチローの発言を受けて、そして糸井重里さんの言葉も追い風になったのか、Number975号は「イチローが戦ったメジャーの「変質」」というタイトルでコラムを掲載しました。
詳しくはコラムを読んでもらいたいのですが、このコラムに書かれているのは、以前は自分のプレーの振り返りに使われていたデータ分析が、今では選手がデータ通りにプレーすることを求められていて、選手同士の駆け引きを楽しんだり、選手の特徴を活かしたプレーを披露する場ではなくなっているという、メジャーリーグの現状です。
たとえば、Number974号では、オマー・ビスケルが、セカンドフライをわざと落として、2塁に進もうとするイチローをアウトにしたというプレーに関するエピソードを披露しているのですが、こうしたプレーは今のメジャーリーグでは好まれないと思います。なぜなら、ビスケルが披露したプレーは、成功する確率が低いプレーだからです。
データやシステムにそってプレーすることが求められている
データ通りプレーすることが求められているのは、野球だけではありません。
先日Twitterで話題になった、こんなツイートがあります。
これは、NBAでシュートを打っている場所について、2001-02シーズンと、2017-18シーズンとの比較を図にしたものです。
最近のNBAは「eFG(Effective Field Goal Percentage:得点効率)」という指標が重視されており、得点効率が高いプレーが重視された結果、3PTシュートとリングから距離が近いペイントエリア内のシュートが増えました。データが重視された結果、選手のプレーが変化したことを、この図は端的に示しています。全盛期のマイケル・ジョーダンが得意としていた、ペイントエリアと3PTシュートの間で打つ「フェイダウェイシュート」は、好まれなくなりました。
データが導き出した答えを証明するために、人間がプレーする。こうした兆候は、野球やバスケットボールだけでなく、サッカーなど他のスポーツでも起きています。
ある海外でプレーするサッカー選手は、データ通りにプレーすることについて「俺たちは機械だから」と語ったと、人づてに聞きました。サッカーファンの中には、決められたシステム(敢えてこの言葉を使います)や戦術を忠実に実行する選手やチームを称賛し、少しでもシステムから外れた動きをすると批判する人が増えつつありますし、専門誌や解説者にも、同様の傾向があると感じます。
元々データ分析が活用されるようになったのは、スポーツの現場では理不尽だったり非効率な意思決定が多かったからです。
こうした決断を少しでも減らしていこうと考えた関係者が、データを用いた分析と意思決定を導入していったというのが背景にありますし、スポーツが好きだけれど、アスリートのように身体が思うように動かせない人が、なんとかしてスポーツに関わりたいと考えた結果たどりついた仕事の一つが、データ分析の仕事だと、僕は捉えています。
ネットのコンテンツはGoogleに最適化するように作られている
元々は振り返りや意思決定に利用していたデータだったのに、データ通りにプレーすることを求められ、人間はデータから導き出された仮説の正しさを証明するためにプレーする。そんな傾向はスポーツだけではありません。
例えば、Webサイトに掲載するコンテンツを最適化する手法として、「SEO」という手法があります。これは、Googleを代表とする検索エンジンでユーザーが検索した時に、上位に表示されるように、コンテンツを最適化するための手法です。企業が提供するコンテンツでは、最早SEOを考慮しないコンテンツなどありえない、というくらい、どの企業も考慮します。
ところが、SEOという手法についてよく考えてみると、これはGoogleが提供している仕組みに最適化しようとしているだけであり、人間がGoogleが提供するシステムに最適化しようとしている、とも言えるのです。すでにネットの世界では、機械のために人間が最適化しようとする動きがあるのです。
こんな潮流について、ニコニコ動画の生みの親でもあるドワンゴの川上量生さんは、「鈴木敏夫のジブリ汗まみれ」の中でこんなことを語っています。
ネットでGoogleのロボット相手のマーケティングをすることが当たり前のようになり、スポーツではデータやシステムが導き出した答えの通りにプレーする。人間はそのことを知らずに、当たり前のように称賛する。それが現状です。だから、糸井重里さんはこの問題を「社会全体の問題」と語ったのです。
糸井重里さんは、かなり早い段階でこうした合理性重視のマーケティングや社会に対して、疑問を抱いていたのではないかと感じます。
東日本大震災以降に設立された「気仙沼ニッティング」という会社があります。気仙沼ニッティングは、1着数万円する手編みのセーターを作っている会社です。手編みのセーターは、大量生産、大量販売を推し進めた結果、廃れた生産方法ですが、手編みのセーターにデザインや特殊な糸といった付加価値をつけることで、価値に共感してくれる人の支持を集めています。気仙沼ニッティングは、糸井さんなりの最適化への反論ではないかと、僕は考えています。
機械による最適化に「一矢報いる」
川上さんは「鈴木敏夫のジブリ汗まみれ」でこんなことを語っています。
そして、こう続けました。
川上量生さんが、こうした人間と機械と戦って「一矢報いる」ために作ったのが、「ニコニコ動画」でした。「GAFA(Google,Amazon,Facebook,Appleの略称)」による最適化が進み、多くの人々がGAFAの取り組みを当たり前のように享受するようになった2019年に、川上量生さんはドワンゴの代表取締役社長を退任すると発表しました。川上量生さんは、一矢報いることは出来たのでしょうか。もしかしたら「N校」はニコニコ動画とは異なる、川上量生さんなりの「一矢報いる」手段なのかもしれません。
ワタシをデータで測るんじゃない
僕がイチローの発言が印象に残ったのは、日本スポーツアナリスト協会という、スポーツをデータで分析する「アナリスト」の活動をサポートする協会の広報委員を務めていたからです。
スポーツアナリストを目指す人や、現場に携わる人に対してデータ分析のメリットを啓蒙したり、エンジニアなどの異業種の人にも興味を持ってもらえるような取り組みを続けていました。
ただ、SAJ2019というイベントで「10年後のスポーツアナリストについて語ろう」というセッションのモデレーターを務めると決まったあたりから、自分が取り組んできたことは、Google機械帝国への反乱ではなく、Google機械帝国の取り組みを促進していたのではないか、とも感じるようになりましたし、データ分析や戦術を重視するサッカーファンが増えていくのは喜ばしい反面、悩ましい問題でもありました。
データ分析のメリットを否定する気にはなりません。スポーツの現場でも、僕が仕事をしているWebコンテンツの現場でも、まだまだ非効率な意思決定が多く、改善すべき点はたくさんあり、データ分析が改善に大いに役立つからです。
ただ、改善に役立つからといって、データのとおりに、データの正しさを証明するために働いたり、データやシステム通りに動かない人を、むやみに批判する気にはなれないのです。僕自身が「チームビルディング」に興味を持ったり、攻撃と守備といった言葉でサッカーを語らないビジャレアルに興味を持つようになったのは、僕なりに「一矢報いる」方法を知りたいからなのかもしれません。
渋谷のラジオの人気番組「Track Town SHIBUYA」で、元800m日本記録保持者で、現在はNIKE TOKYO TCのコーチを務める横田真人さんが話してくれた、2018年に現役復帰した新谷仁美選手が語ったという言葉が忘れられません。
この新谷さんの言葉こそ、アスリートの本心だと思うのです。
僕自身は、まだ答えは出ていません。ただ、こうした考えを頭の片隅においておくのと、おいておかないのは、同じようで、決断に違いが出るのではないかと思うのです。
イチローがメジャーリーグで取り組んできたことは、振り返ってみると、様々なイチローに対する評価に対して、「一矢報いる」ことではなかったのか。そんなことを考えました。
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