見出し画像

書評「戦士の食卓」(落合博満)

「落合博満、映画を語る」というテーマで書かれた「戦士の休息」という書籍を読んだことがある人はいるだろうか。もし読んだことがない人がいたらぜひ読んで欲しい。

「戦士の休息」は、大の映画好きである落合博満が、映画を題材に自身のエンターテイメント感について語った書籍だ。「戦士の休息」に書かれているが、落合が考えるエンターテイメントとは「マンネリズム」である。水戸黄門が印籠を出すように、男はつらいよで寅さんがマドンナにフラれるように、最後はお決まりのパターンで終わる。このお決まりのパターンで終わることによって生まれる満足こそ、落合は「エンターテイメント」だと考えていた。

落合のエンターテイメント感を読み解けば、落合が監督だったときにどんな考えで采配をしていたのか読み解けるのではないか。「戦士の休息」とはそんな作品だと僕は捉えた。

本書「戦士の食卓」は「戦士の休息」に続く第二弾。テーマは「食」。落合という選手としても監督としても輝かしい成績をおさめた人物が、何を食べ、どんな考えで食に向き合ってきたのかについて書かれた書籍だ。

本書には落合の食事に対するこだわりだけでなく、落合の食生活を支えた妻の信子さんの言葉も登場する。信子さんが落合のために作ってきた手料理に関する記述を読んでいると、自然とお腹が空いてきて、料理が食べたくなる。

本書を読み進めていると、「食」を通して落合の哲学や信念を知ることができる。たとえばこんな記述がある。

「落合はこういう練習をして三冠王を獲った」
確かに、その内容は間違っていない。けれど、その練習に辿り着く前に、ファームでなかなか結果を出せず、先輩のいい部分を参考にしたり、助言をもらったりしながら試行錯誤をし、ようやく一軍でプレーできるようになったプロセスはほとんど伝えられていない。だから、若い人たちは、「こういう練習をすれば一流になれるのか」と簡単に考えてしまう。
どんな分野でも、成功を収めた人の大半は、その何倍も失敗を繰り返している。それもきちんと伝えながら、目標に向かって努力をしている若者に対して、現在はどの位置まで成長しているのか、その取り組み方は正しかったのか、次の課題は何なのかを、管理職、上司、経験者と呼ばれる人たちは教えてならなければならない。
最近、プロ野球で勝てないチームを見ていると、そうやって若手に自身の置かれている位置を教え、次のステップに導いてやれる指導者がいない。
自分の野球人生に満腹感を抱けた選手は、監督やコーチになった時も、若い選手たちに自分と同じような気持ちになってほしいと思いながら接する。一方、まだ現役を続けたいという段階でクビになった選手は、自分が監督になると、まだできると思っている選手をクビにする

落合という人は多くを語らない。プロは結果が全てで過程や信念は自分の内に秘めておけばよいと考えているような気がしている。だからこそ、落合という人の考えを知るには、一見関係ないテーマから深堀りしていくのがよいのではないか。そんなスタジオジブリ・プロデューサーの鈴木敏夫さんの考えが透けて見える。

落合という人は「分かる人だけが分かればいい」という考えの持ち主だと思うけど、「戦士の休息」「戦士の食卓」に書かれている落合の考えは、分かる人だけが分かる、だけでは惜しい。ぜひ多くの人に読んでもらいたい。

ただ、本書を読む時は一つだけ気をつけて欲しいことがある。

本書を読んでいると、登場する料理がどれも美味しそうで、読んでいるとお腹が空いてくる。空腹の時に読み始めないことをおすすめします。


この記事が参加している募集

読書感想文

サポートと激励や感想メッセージありがとうございます! サポートで得た収入は、書籍の購入や他の人へのサポート、次回の旅の費用に使わせて頂きます!